5&10万ヒットお礼小説で、前・中・後の3部作。
非幼馴染設定でキラinバルトフェルド隊。アスランはクルーゼ隊。
こちらの小説、加筆&修正したものを「桜沙の王国」とタイトルを変更しオフにて発行をされていますが、完売との事。


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Floral tribute
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Floral tribute 前編

「X−ナンバー?」


手渡されたディスク、その中身を訊いてキラは首を傾げた。

「そう、地球軍がモルゲンレーテ社と手を組んで作り上げたMSだ」
「モルゲンレーテ・・・ヘリオポリスですね」

顔を曇らせたキラに気付いているのか、いないのか。
目の前の人物は、自らブレンドしたご自慢のコーヒーの香りを嗅いだ。

『砂漠の虎』

そう称されるザフトの名将、アンドリュー・バルトフェルド。
身寄りの無いキラの、恩人であり、身元引受人でもあった。

「我がザフト軍がヘリオポリスから地球軍のMSを奪取したのは知っているな?」
「はい。それがこのX−ナンバーですか?」
鋭さを持つその瞳が、今は楽しげに細められている。

「今現在、奪取した機体は本国のエリート・パイロットが使用しているそうだ」
「実戦に投入しているのですか?ナチュラルが作ったMSで?」
信じられない、とキラは目を見開いた。

「OSは見れたものじゃなかったらしいがね、機体のスペックはザフトのジンを上回る出来だったそうだ。ああ、そのディスクにデータが入っているから、後で見ると良いだろう」

「そんなものが地球軍側で投入されたとしたら、ますます混戦になりますね」
眉根を寄せるキラをバルトフェルドは優しげな眼差しで見つめる。

「戦局も大詰めだ。近々大規模な地上戦になるだろう。それを見越しての今回の依頼なのだよ」
含み笑いを投げ掛けると、キラは困った表情をしてみせた。

「本当に僕なんかで良いのですか?」

キラの言葉に、バルトフェルドは豪快に笑う。
「君を見込んでの人選だろう。自信を持ちたまえ。なに、そんなに難しく考える必要はないさ」
「そんな、簡単に言いますけど・・・」
貴方みたいに単純に出来ていないのだとキラはこぼす。
バルトフェルドはキラのぼやきを笑って流すと、数枚に纏められた書類を投げて寄越した。

「これは?」
「参考までに目を通すと良い。彼らがX−ナンバーのパイロット達だ」

キラと同年齢のエリート・パイロット。
もっとも、キラが彼らと友人になれるかと訊かれれば難しいだろう、とバルトフェルドは内心苦笑する。
なにせあのラゥ・ル・クルーゼ子飼いの子供らだ。
プリントアウトされた書類にキラは目を通す。
本国のエリートパイロット達。
自分とさして変らない事に、驚くと同時に感心してしまう。

と、ある一人の人物に目を留めた。
キラの記憶に残るあの人に、良く似た面差しを持つ少年。

「アス…ラン・ザラ?」
ファミリー・ネームを見て核心を持った。

「なんだ?知り合いかね?」
アスラン・ザラと言えば、国防委員長であるパトリック・ザラの息子としてザフト内は勿論、プラントのアイドル、ラクス・クラインの婚約者としてプラントでは知らぬものはいない。
だが、ラクス・クラインの存在さえ知らないキラが、アスラン・ザラを知っているとは思えなかった。

興味深げなバルトフェルドに、キラはいいえと首を振る。
「彼と直接面識があるわけじゃありません。けど、一度会ってみたいと思っていたんです」
「ほう。何故だい?」

それに答える事はせず、キラは再び資料に目を落とすと口元に笑みを浮かべた。
「楽しみだな」




「全く、どうして俺達がこんな地球の僻地なんぞに行かなければならん!!」
汗で顔にまとわりつく髪をうざったそうにかき上げ、イザークは吐き捨てる。
「上からの命令だ。今更俺達がぐだぐだ言っても仕方が無いだろう」
ため息混じりにアスランが放った冷ややかな声色に、イザークは舌打ちを打った。

こいつの、優等生ぶった態度がたまらなく嫌いだ。
どこか人を馬鹿にしたような言葉遣いが勘に触る。
只でさえこの暑で不快指数がましているのに、今は顔も見たくないと思ってしまう。

今回の任務に、彼らの上官であるクルーゼはついて来ていない。
自分達の指揮――ようは纏め役だが。を任されているのはアスランだ。
その事実が、こんなにもイザークを苛立たせる最大の要因だった。

「どんだけ地上で重宝がられてるのか知らないけどさぁ、所詮、こんな場所にいた奴じゃん?そんな奴にOSを任せるなんて、上層部も何考えてんのかね」
寛げた襟元にパタパタと風を送りながら、皮肉げに笑ったのはディアッカで。

近々行われるだろう地上戦に備え、OSを整えるよう指令が下りたのは一週間前の事。
実際に地球へと降り、バルトフェルド隊に所属している整備兵に協力を仰ぐよう指示が出たのは3日前の事だった。
重力下での訓練なら本国でも可能だし、自らでOSくらい書き換えられるというのに、何故わざわざこんな辺境まで来て協力を仰がねばならないのか。

「ふん。さっさとOSを作ってしまえば良いだけの話だ」
「そりゃそうだ」
そんなイザークとディアッカのやり取りに、アスランは再びため息を吐いた。

「二人にも困ったものですね」
声がした方を振り返ると、両手にミネラルウォーターを持ったニコルが苦笑しながらやってくる。
「問題さえ起してくれなければ構わないさ。俺達もさっさと地上用に書換えよう」
ニコルから受取ったミネラルウォーターを、アスランは一気に飲み下す。

「え?向こうの整備士と共同でやるって訊きましたけど」
違うんですか?とニコルは首を傾ける。
アスランは口元の水滴を拭うと、まだ冷えている空のボトルを首元に押し付けた。

「名将と名高いバルトフェルドを疑うわけじゃないが、現地採用の兵士なんて信用がおけないだろう。良く知りもしない人物にMSを触らせるのは俺も嫌だからな。それに、自分でやってしまった方が早くて正確だ」
「それはそうですが…。上層部が直々に指定するくらいですから、それなりの実力を持つ方なのではないでしょうか」
困ったような顔をするニコルに、アスランは口角を上げてみせた。
「心配するな。向こうのメンツを潰さない程度に上手くやるさ」

そう言って、ニコルからあとの二人の分だろうミネラルウォーターを取り上げると、ディアッカに向って放り投げた。




「クルーゼ隊より、アスラン・ザラ以下三名参りました」

キッチリと敬礼をするアスラン達を、バルトフェルドは愉快そうに見やった。
「話はクルーゼ隊長より聞いている。臨時休暇だと思ってゆっくりすると良い」
バルトフェルドの言葉に、アスランは僅かに眉を動かす。
「我々はこちらで援護を行うように、とも言われて来ましたが」
「なあに。君達の手を煩わすほどでもないさ。何なら、例のOSも我々に任せてくれて構わんよ」
おどけた顔で肩を竦めて見せたバルトフェルドの態度に、アスランの横でイザークが顔を顰めさせたようだ。
バルトフェルドはアスラン達に何もするな、と言っている。

地上部隊と宇宙、即ち本国を守っている部隊とでは温度差があるのは知っていた。
正直此処までとは思っていなかったが。
さっさと用事を済ませて元の部隊に帰れ、とでも言いたいのだろう。
アスラン達に余計な事をして欲しく無いのか、それとも只単にいびって楽しんでいるのか。

名匠と謳われる『砂漠の虎』は器の狭い男のようだ。
幾ら任務とはいえ、こんな場所に来た事を少なからず後悔する。

「折角のお言葉ですが、私達も機体を任せられているパイロットとして、己の機体は自らでやるべきだと考えております」
内心の憤りなど、おくびにも出さずにきっぱりと言いきる。

「それは感心だ。流石はクルーゼ隊ご自慢の紅を纏うパイロットだな」
バルトフェルドの皮肉に「その程度の事、軍人として当然です」と涼しい顔で返してやった。



アスラン達が退室した後。
クスクスとした笑い声にバルトフェルドは顔を上げた。
「訊いていたのかい」
「少し言い過ぎじゃない?ちょっと可哀相」

そこに居るのはすらりとした肢体を艶やかな黒髪で飾った女性。
彼女――アイシャはバルトフェルドの愛人であり、彼の戦場でのパートナーでもある。

「別に構わんさ」
コーヒーを啜るバルトフェルドにアイシャは笑みを深める。

「あの子が興味を持ってるからって焼もちは良くないわね」
アイシャの言葉に片眉を上げた。

「妬いてるように、見えるかね」
「違うの?」

楽しそうなアイシャの様子に叶わない、とばかりに肩を落としてみせる。
「妬いては無いが。理由を聞いても教えてくれなくてね」
「そう。妬いてるのじゃなくて、拗ねているのね」

彼女には本当に叶わない。
バルトフェルドは苦笑を深めた。





「何だ、あれは!!」

イザークが蹴り飛ばしたダストボックスがガン、と派手な音を立てて倒れた。
「止めとけ、イザーク」
壊したらまた嫌味を言われるぜ、というディアッカもその飄々とした表情を歪ませいている。
いつもならイザークの行動に口を挟むニコルも渋い顔をして黙ったままだ。

険悪な雰囲気が漂っているメンバーを見ながら、良くあの場でイザークが我慢できたものだとアスランは考える。
「どうせ此処に居るのは長くても数週間だ。適当に聞き流せばいい」
アスランの言葉に、思いがけない場所から返答が帰った。

「そうして頂けると助かります」

まさか訊かれているとは思っていなかったアスラン達は、驚いて振り返る。
そこに居たのは良く日に焼けた一人の兵士だった。
苦笑を浮かべながら近寄ってきた彼は、アスラン達に向って小さく頭を下げてみせる。
「副官を務めているマーチン・ダコスタです。隊長の失言は気にしないで結構ですから」

「気するなだと?」
眉根を寄せたイザークをアスランは手で制す。
それを気にする風もなくダコスタは笑ってみせた。
「ええ。もはやあれは病気です」
アスラン達の事はダコスタに一任されているらしい。

「機体の輸送は完了しました。OSの整備は明日からで構いませんか?」
今日はゆっくり休んで下さい、と言うダコスタにアスランは他の三人を見た後、丁寧に返事を返した。
「いえ。出来れば今すぐにでも始めたいのですが・・・」

さっさと始めてさっさと終らせたいのだ。
勿論、口には出さないが。

「そうですか。でも、弱ったな。今キラ君いないんですよね」
彼が居ないのに始めてしまっていいのか…とダコスタは考え込む。
キラ、というのが例の整備兵の名前なのだろう。
それにしても、今日自分達が来る事は分っていただろうに居ないとはどういう事か。

「居ない奴を待つ必要は無い。さっさと案内してくれ」
「しかし・・・」
イザークの要求にダコスタは困ったようにアスランを見つめた。

「お願いします。重力下がどんなものか実際に試してみたいですから」
何事も試してみないと分らない、OSを書き換えるよりもまずはそれからだろう。と説得する。
暫く考えた後、ダコスタは了承の返事を返した。
「分りました。その程度でしたら構わないでしょう」



格納庫内での移動程度の稼働を許可してもらい、実際にMSを動かしてみる。
重力がある分、重い感じを受けたが、この分だったら少しの改良で済みそうだった。

「何だ、なんて事ないじゃんか」
「わざわざこの地に赴く必要も無かったな」

先に降りていたイザークとディアッカの会話にアスランも同感だった。
おそらく少しの書換えだけで平気だろう。
本当に何故わざわざ砂漠などに来なければならなかったのか。


「実際にその地で戦闘を行ってみないと分らないですよ」

突然割って入った声にアスラン達は振り返る。

「それに、確認するなら外に出てみないと」

微笑を浮かべながら立っていたのは同年齢の少年。
基地内だというのに私服を着ており、何故かその手には砂漠に不似合いなユリの花束を持っていた。

「何だお前は」
乱暴なイザークの物言いに少年は困った様子で小首を傾げる。

「何だ、と言われても・・・此処の整備兵です」
一応、と自身なさげに付け加えられた台詞にアスランは呆れた。
それはイザーク達も同じだったらしい。

「お前、私服でうろつくなどどういう教育を受けてる!」
「今日、私服なのはたまたまで・・・いつもは軍支給の服を着てますよ」
少年が苦笑した所でダコスタがやってきた。

「あれ?もう帰って来たのかい」
「ダコスタさん」
少年とダコスタは気安い間柄のようで、少年は安心したように笑みを浮かべる。

「これを受取りに街へ行ったら、何だか街の様子がおかしくて。予定を切り上げて戻ってきたんです」
「そうか。現地の兵士からは何も報告は無かったけど。警戒しておいた方が良いね」

ダコスタは少年の言葉に頷くと、こちらを見ていたアスラン達の事に気が付いたらしい。
「丁度良かった。まだ紹介していませんでしたよね。彼がOSを担当するキラ君、キラ・ヤマト君です」

彼が例の『キラ』なのか。
軽く会釈する少年をアスランは改めて見やる。
どう見ても軍人とは結びつかない穏やかな顔をした普通の少年だった。




「宜しくお願いします」

そう言って少年―――キラ・ヤマトに手を差し出されアスラン達は戸惑う。
おそらく握手を求めているのだろうが、この場でそんな行為をする者がいるとは思わなかった。

アスラン達の様子に、キラは不思議そうに小首を傾げて見せたが、
「キラ君。こういう場合は敬礼だよ」
ダコスタに苦笑され、キラも自分の場違いな行為に気が付いたのだろう、顔を真っ赤に染めると慌てて手を引っ込める。

「ごめんなさい。えっと、改めまして。キラ・ヤマトです」
ぎこちなく敬礼をしたキラに、アスラン達は形ばかりの敬礼を返した。


それから簡単に自己紹介を済ませると、キラはバルトフェルドに街の様子を報告するため格納庫を後にする。
「あれは、完全に呆れてたよなぁ・・・」
廊下を歩きながら、先ほどのアスラン達の表情を思い出してため息を吐いた。

キラ自身、己がこの場――軍、と云う場に似つかわしくないのは重々自覚している。
軍独特の規律がキラには重い。
最も、バルトフェルド隊は他に比べると甘いのだろう。
こんな中途半端な自分を容認して受け入れてくれているのだから。
本国のエリートパイロット。
彼らの目から見ればキラなど目障りにしか映らないのかもしれない。

「折角あの人の子供に会えたのに…話しかけづらくなっちゃったな」
ぽつり、呟いてキラは記憶の中にいる人物を思い浮かべた。
濃紺色の髪、翠色の瞳。端麗な顔立ち。
姿は彼女の生き写しなのに、纏う雰囲気は全く別物だ。

「軍人、だからなのかな」
「何が『軍人』だからなの?」
突然掛けられた声に驚いて顔を上げると、通路の先にアイシャが立っているのが見えた。
「アイシャ、どうしたの?」
問いには答えず、逆に質問をするとアイシャはうふふ、と笑う。
「クルーゼ隊のお坊ちゃん達が起動テストをしてるっていうから冷かしに、ね」
「ああ、それならもう終ったみたいだよ。まぁ外に出てみないと意味が無いだろうけど」
「それもそうね」

立ち止まったままのアイシャの傍へとキラが行くと、アイシャはキラが持っている花束に目をやった。
「それ、特別に注文していた花でしょ?供えに行ったんじゃなかったの?」
「うん。行くつもりだったんだけど、ちょっとね」

掻い摘んで街の様子を伝えると、アイシャは口元に手をあて眉根を寄せた。
「そう。確かにキナ臭いわね」
バルトフェルドの所へ戻る事にしたらしいアイシャはキラと共に来た道を取って返す。
再びキラの手にある花束を見て、笑った。
「でも折角の生花なのに勿体ないわね」

土地のものでない生花は砂漠では長持ちをせず、市場に出回っている花は品種改良された砂漠に強いものが一般的だ。
キラが持つユリは原産地から特別に取り寄せた高価なもの。
特に使い道の無いキラの給与は、毎月花代に消えている。

キラは花束から一本ユリを抜き出すと、残りの花束をアイシャに差し出した。
「このまま枯らしてしまうのも勿体ないからアイシャにあげるよ」
「あら、いいの?ありがと」

手に持った一本だけのユリはどうするのかとアイシャに言われ、キラは曖昧に微笑んだ。




「・・・あんな奴にOSを任せるために俺達わざわざこんな僻地まで来たって訳?」
ディアッカの、呆れたような、脱力したような声色があたりに響く。
アスラン達にしても全くの同感だったのだが、それに対しての返事は返さなかった。

握手を求められた事に呆れたというより驚いた。
あんな軍人としての基本中の基本が抜け、緊張感に欠けた人物を、アスランは初めて見た。
アスランの周りは軍人として誇りを持っている人物が大半だったし、本国の兵士達は軍律をアカデミーで叩き込まれている。
だが、それは地上部隊でも同様の筈なのだが。

幾ら優秀だろうと、現地採用は問題があるのだ。
彼のためにも、軍の規律を守るためにもアカデミーに入れてやればいいのに。
可憐な花束を持った争いごとがまるで無縁のような少年を思い浮かべると、何故か苦虫を噛み潰したような気持ちになった。

「ふん。さっさと終らせて引き上げるに限る」
吐き棄てたイザークに、ディアッカは肩を窄めてみせる。
「ホント。俺らの隊の整備士も見くびられたもんだ」

格納庫を見渡せば人型のジンより地上用にと開発されたバグゥが殆どだ。
これを見ても、人型MSが地上戦で向かないのが分る。
現地の整備兵に、奪取してきたMSをあてがってみようという上層部の考えも分からなくは無い。
これからの地上戦に備え、全面的に人型MSが投入できるとなれば、こちらの戦力は格段に飛躍する。

「でも、彼、外に出てみないと分らないって言っていましたね」
MSを見上げながらニコルが言った。
「ああ、それは確かに言えるだろうな。地形によって少しは変ってくるだろうし・・・」

アスランが頷いて答えれば、横目でやり取りを見ていたイザークは鼻で笑う。

「なら、外に出てみればいい」
「そりゃ良い」

ディアッカが同意して二人は自らのMSに乗り込もうとする。
「外って・・・起動許可は格納庫内だけしか出てませんよ!」
慌ててニコルが静止の声を上げるが彼らは全く聴く耳を持たないようだ。

「事後報告だ」
それだけ言うとイザークはハッチを閉める。
「ディアッカ!!」
「ま、そうゆうこと。羨ましければお前らも来れば?」
ニコルの非難の声を気にする風も無く、片目を瞑るとディアッカもハッチを閉めた。

「アスラン・・・」
縋るようなニコルの視線に、アスランは一つ息を吐く。
「言っても聞かないだろう、あいつ等は。全く世話が焼ける」

落としていた電源が入り2機のMSが起動する。
その様子を止めるでもなく見ているアスランに、ニコルはやきもきしてしまう。
「良いんですか?行かせて」
「あいつらの事だから心配は要らないだろう。向こうには目を話した隙に勝手に出て行ったとでも言い訳するさ」
「そういう意味じゃなくて・・・」
自分達の纏め役をアスランが任されている以上、事の責任は彼に行ってしまうのに。

「あいつらに借りを作っておくのも悪くないさ」

つまりアスランには全く止める気が無いのだ。
「もう!どうなっても知りませんからね」
憤慨するニコルを尻目に、デュエルとバスターが格納庫から姿を消した。



Floral tribute 中編

丁度、キラがバルトフェルドに街での様子を話している時だった。

「隊長!!」
ダコスタが珍しく慌てた様子で隊長室へと駆け込んでくる。
敬礼もそこそこに、ダコスタは状況を説明した。
街で、ブルーコスモスによる大規模テロが行われている、と。
訊かされる話の内容に、キラは動揺を隠せない。
まさか、こんなに早く。

「やれやれ。まさかこんなに早く行動に出るとはな」
予想外だ…とバルトフェルドが肩を竦める。

「アンディ」
どうするのか、とアイシャはバルトフェルドを見つめた。
その場の者達の視線がバルトフェルドに集まり、暫しの沈黙が降りる。
「ダコスタ君、全兵に伝令だ。…出るぞ」



急に外が慌しくなった事に、倉庫内に設置されている休憩用の小部屋で茶を入れていたニコルは首を傾げた。
「どうか、したのでしょうか」
「さあ?大方イザーク達の脱走がばれたんだろう」
ニコルの隣で持ち込んだパソコンを弄っているアスランは顔をあげようともしない。

「脱走って…アスラン」
他に言い方が無いのかと、ニコルがため息を付いた、その時。

『ちょっと!クルーゼ隊の坊や達は何処へ行っちゃったの?』
『それが…その…』
『デュエルとバスターが無い!?イージスとブリッツはあるのに?』
『どうやら、2機だけで基地外へ出てしまったようで…』
『仕方がない。そっちは後回しだ。急ぐぞ』

ドア越しに聞こえてきたのはバルトフェルド達の声。

「…僕達を探しているみたいですね。出て行ったほうが…」
「止めておけ。今出ると面倒だ」
「アスラン!!」
ニコルは思わず声を荒げた。

自分達が居なくなった事とは別に、何かが起った様だった。
今出て大目玉を食らうのは目に見えているが、ここで出て行かないほうがもっと悪い。
下手をすれば重大な命令違反として大事になりかねないのに。

「イザーク達の事は監視不十分で通す気かもしれませんが、今出て行かないのは完全な軍法違反です!どう言い訳するつもりです?」
既にイザーク達が勝手に基地を出た事を報告していない事だって軍法に反している。

「俺達に連絡手段を与えていない向こうのミスさ」
「アスラン・・・」
態度を変えようとしないアスランに、ニコルは困惑を隠せない。
普段の彼だったら、こんな事考えられない。
こんな、軍律を軽んじるような行為。
いつもなら、イザーク達の無茶に文句を言いながらも、ちゃんとそつなくフォローしてやるのに、何故?

今日の彼はおかしい。
けれど、今はそれに構っている場合ではない。

「もういいです!僕は行きますから!!」
「あ、おい、ニコル!?」
アスランの制止も聞かず、ニコルは部屋を飛び出した。

休憩室の周りには既に人の気配はなく。
誰かしら居るであろう格納庫へと向ってニコルは走る。
途中、違和感を感じた。

(おかしい・・・人の気配が少なすぎる・・・)

おまけに、格納庫内に置かれていたMSも無い。
「もしかして、戦闘でも始ったんでしょうか?」
もしかしなくても、この状況はそうなのだろう。
「全く…スクランブルくらい鳴らして下さいよ・・・!!」
これじゃアスランばかりを責められないではないか、と毒吐いた。



対ゲリラ戦を主としている彼らにとってみれば、急の出撃はいつもの事で、迅速に準備が整えられた。

「キラ、何をやってる。早く乗りなさい」
今だ私服姿のまま辺りを見回しているキラに、バルトフェルドが声をかける。

「でも…」
「彼らの事を気にしているのか?」

初めての地球。初めての砂漠。
それなのに、ろくに整備も済んでいないMSで出て行ってしまった。
本来ならすぐに探しに行ってやらねばならないのだろうが、今は別に優先させなければならない事がある。

「伊達に彼らだってエリートと言われてはいないさ。半日くらい放っておいても大丈夫だろう」
大体、あのお子様達が勝手に出て行っていまったのだ。
お仕置きの意味も込めて暫く砂漠に放っておいても構わないだろう。

だが、キラは首を横に振る。
「多分、彼らが出て行ってしまったのは僕のせいですから・・・」
外に出てみなければ分らない、と煽るような事を言ってしまったのだとキラは言った。

「全く・・・」
バルトフェルドは大仰にため息を吐いた。
能力と比例してプライドも高いクルーゼ子飼いのお子様達にとって、キラの台詞は煽る行為の何物でもないだろう。

「やっぱり僕、残ります」
キラが言い出したら聞かない事をバルトフェルドは良く知っている。
何度目かのため息を吐くと、バルトフェルドはキラに言った。

「分った。キラはここに残りなさい。クルーゼ隊のお子様達の捜索を一任しよう。守備に残った兵士を使うといい」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるキラを視界に納め、バルトフェルドは戦車へと乗り込んだ。



遠ざかるニコルの足音。
それを聞きながらアスランは苛立たし気に髪をかき上げた。

俺は、何をやっている?
こんな自分、らしくない。
ニコルもかなり困惑していた様子だった。
何故かは分らない。だけど、酷く苛々する。
あの少年を見てからだ。
この訳の分らない胸のもやもやが生まれたのは。


閑散とした格納庫。ぽつんと残される、二機のMSの前にキラはいた。

GAT−X303イージスと、GAT−X207ブリッツ。
4機のGの内、キラが特に楽しみにしていた機体だった。

「出て行ったのは基本形のデュエルとバスター、か。大丈夫かな・・・」
まだ街の周辺は地面が整っているが、一歩街の外に出れば砂漠が広がっている。
「下手に砂漠へ行かれたら、面倒だろうなぁ」
もうすぐ基地周辺を監視している兵士から、出て行ったMSがどちらの方向へと行ったのか報告があるだろう。
「そしたらバギーでも借りて・・・残っている兵士も少ないから、僕一人で大丈夫だよね」
取り合えず彼らと合流して、すぐ基地へと戻ってもらえば良いのだから。

「に、しても。なんでこの2機置いてったんだろう?」
4人とも出て行ってしまったと思っているキラは不思議そうに首を傾げた。

コックピットに2人は狭そうだな、と考えていると、タタタ、と軽やかな足音が聞こえてくる。
用事を頼んだ兵士が来てくれたのだと思い振り向いたが、駆け寄って来た人物を見て目を見開いた。

「君は―――・・・」
確か、ブリッツのパイロット。名前は確か―――
「ニコルです。ニコル・アマルフィー」

これから探そうと思っていた人物が現れてキラは目を瞬かせる。
「え、え?何で居るの?他の三人は?」
さっき探したときは居なかったのに、急に現れた相手に軽く混乱してしまう。
驚きのためか先ほどまで使っていた敬語が抜け落ちているが、相手はさして気にしていないようだ。

「ひとりは、居ます。あとの二人は、その…」
言いにくそうに語尾を濁した相手に、深いため息をついた。

「MSに乗って、出て行っちゃったんだね…」
「すみません…」

しゅんと項垂れるニコルに、僅かばかりの親近感を抱いてキラは首を振った。
「ううん。気にしないで。それより、何処に行くのか聞いてなかった?」
「いえ、あの。止める間も無くって」
「そっか・・・、やっぱり探すしかないかなぁ。後の一人は?一緒なの?」
「え?あ、ええ、一緒でした」

何故勝手なことをしたんだとか、何故すぐに報告しなかったのかとか、今まで何をしていたんだとか。
そういったことを詰問されると思っていたニコルは、相手ののんびりとした反応に力が抜けるのを感じた。
始めて見た時から軍人らしからぬ―…とは思っていたが、なんなのだろう。この少年は。
脱力しているニコルに気が付いているのか、いないのか。
キラが何かを言おうと口を開いたその時、今度こそキラが用事を頼んでいた兵士が慌しく駆け込んできた。



休憩室のドアは、スライド式のものではなく自ら手で開ける旧式のものだ。
どのくらい己の思考に耽っていたのだろう。

開けはなたれたままのドアから、なにやら怒鳴り声が聞こえてくる。
もしかして、もしかしなくてもニコルが怒られているのだろうか。
今更ながらに、彼に対して申し訳ない気持ちが湧いて出てくる。
アスランは腰を上げると休憩室を後にした。


怒鳴り声はMSを安置してある格納庫内から。
「無茶ですよ!!一人でなんて!それにバグゥは今、全機出払ってる!」
「使えるMSは無いんですか?」
「ジンはありますが、砂漠上では使えません!!」

声の主は、思わぬ人物だった。
一人は一般兵のもの。
もう一人は、先ほどの少年、キラ・ヤマトだった。
その傍らには、ニコルが二人のやり取りをどうしていいのか分らない、といった様子で聞いている。

「隊長に連絡して戦力を分けて貰うべきです!!」
「そんな事したら、彼らの思う壺だ!!」
「兎に角、隊長に指示を仰ぎましょう!」

終わりそうも無い言い争いに、我慢できなくなったニコルが割り込む。
「あの、イザーク達がそう簡単にやられるとは思えません。僕達も出れば…」
「砂漠でアレは無理だ!」
思っても見なかったキラの剣幕に、さしものニコルもたじろいだ。

一瞬できた沈黙に、アスランの声が響く。
「イザーク達が、どうかしたのか?」
「アスラン―――」

アスランの姿を認め、ニコルはほっとした表情を作った。
先ほどの諍いによって起ったわだかまりが消えたわけではないが、この状況は自分一人の手に余る。

「それが、イザーク達が現地のレジスタンスに襲撃されているそうなんです」
「レジスタンス?」
「ええ。丁度バルトフェルド隊長達は、街で起こったテロで出ていて…」
イザーク達の援護に割ける戦力が無い、という事らしい。

「襲撃と言ってもたかだかレジスタンスだろう。素人のナチュラルに、イザーク達がやられる筈がない」
彼らは、本国でトップクラスのエリートパイロットなのだから。
何をそんなに大騒ぎになっているのかとキラに目をやれば、思いがけず強い眼とかち合った。

「素人?彼らはずっとこの地で戦って来たんだ。昨日今日、宇から来た君たちとは違う!」
「―――それは、どういう意味だ」

キラの言葉に、アスランはやや硬い声色で意味を問うた。
自分達にはエースパイロットとしての誇りがあり、それに伴う戦績も十分過ぎるほど上げて来たのだ。

「彼らには地の理がある。砂漠での戦い方を良く知ってる。こちらの事を何も知らない君たちには不利だ」
確かにキラの言う事もわかるが、相手が同じコーディネーターならともかく、相手はナチュラルだ。
それも、組織として統一が取れているのかも怪しい現地のレジスタンスに、自分達がやられるなどと。

「馬鹿馬鹿しい。ろくな武器も持たないレジスタンスに何を恐れる?」
アスランが放った台詞は相手の逆鱗に触れるのに十分だったらしい。
わなわなと震えるキラの腕を目で捕え、アスランは少しだけ溜飲が下がるのを感じた。
アスランだって腹が立っていたのだ。
エリートパイロットとして、常に尊敬と羨望の眼差しを受けてきた自分達があんな言われ方をして気分がいい筈も無い。

ちらりとニコルに視線を走らせれば、彼は複雑そうな表情でアスランとキラを見比べていた。


俯いて肩を震わせていたキラは、ゆっくりと顔を上げると軽く息をついて首を振った。
「もういい。君と話をしていても時間の無駄だ」
言うと、アスランを見ることもせず、後ろで成り行きを見守っていた兵士に指示を出す。

「ジンが駄目ならラゴゥで出ます。隊長には戻ってきてから報告を。僕が戻らないようなら応援に来てくれるように伝えて下さい」
「ラゴゥで出るって…アレは隊長機ですよ!?」
キラはあわあわと焦る兵士に向かってにっこりと笑んで見せる。
「大丈夫。なんだかんだ言ってもあの人は僕に甘いから」

そのままその場を後にしようとしたキラだったが、腕を掴まれて阻まれ、それをした人物に目をやった。

「・・・何?悪いけど、急いでるんだ」

険悪な表情でこちらを睨んでいる翠の瞳。
キラも負けじと睨み返した。

「お前、一人で出るつもりか?」
「・・・それが?」
「人に散々無理だとか抜かしたくせに、お前一人で行くって?」
「そうだよ?」

相手は口元に嘲るような笑みを作ったけれど、キラはしれっと返して見せる。

「この件に関してはバルトフェルド隊長から一任されてるんだ。口を出されるいわれはない」
乱暴に腕を取り返すと、アスラン達に向かって指を指す。
「君たちはこの場で待機。―――これは、命令だからね?」
「―――おい!!」

アスランの怒鳴る声が聞こえてきたけれど、キラは構わずラゴゥに向かって走り出した。

「あいつ・・・」

ギリッ、とアスランは唇を噛む。
整備兵という立場のキラに命令されたのも気に入らないし、何より自分の思い通りにならない事に腹が立つ。
このまま言われた通り、ただ待機しているつもりは勿論無い。
どうしようかと考えていると、ニコルがポツリと呟いた。

「あの人・・・整備士なんですよね?MSに、乗れるんですか?」
もっともなニコルの疑問に答えたのは、脇で諦めたようにため息をついていた兵士だった。
「え?ええ、キラ君は整備士という肩書きにはなっていますが、パイロットも兼任していますから」

「パイロット・・・?あいつが?」
意外だと、顔に書いてあったのだろう。兵士が笑う。
「ああ見えて、凄腕ですよ。ウチの隊で隊長とタメを張れるのは彼くらいですから」

名将と名高い『砂漠の虎』と、あの少年が・・・?
驚きに目を見開くアスランとニコルの耳に、MS独特の機動音が聞こえてくる。
振り向けば、バグゥに似たタイプのMSが動き出そうとしていた。
キラが動かしているのだろう。

「え、アスラン!?」

ニコルの戸惑うような声が上がった時には、アスランもまた走り出していた。



口論になっていたおかげで、思ったより時間を食ってしまったことに舌打ちしたい気分になる。
私服のままラゴゥに乗込み、手早くOSを立ち上げると、犬が伏せをしているような形で置かれているラゴゥを、ゆっくりと起き上がらせた。

ラゴゥの四肢を動かそうとした時、モニターに赤い服の少年が写って、キラは今度こそ本当に舌打ちを打つ。
『君、邪魔。そんなところにいると踏み潰すよ?』
「俺を避けられない程度の腕なのか?」
紅服を纏った彼―アスラン・ザラはラゴゥの行く手を遮るように立ちはだかり、強い口調で言い返してくる。

これでは本当に埒があかない―――。
キラは苛立たしげに髪をかき回すと半ばやけになって叫んだ。

『ああ、もう。何なんだよ君は。僕一人で大丈夫って言ってんだから、大丈夫なんだよ!!』
向こうも負けじと叫び返してくる。
「ふざけるな!!そんな訳の解らない説明で納得できるわけないだろう!」
『〜〜〜っだ、から!説明なんてとっくにしたじゃないか!!これ以上何を説明するんだよ!?君らにでしゃばられても足手まといなんだよ!!』
「足手まとい!?」

一瞬、言われた言葉が理解できずアスランは呆然とする。
今まで生きてきて、そんな暴言を吐かれたのは初めてだ。
イザークあたりなら殴りかかっているかもしれない。
沈黙したアスランをラゴゥは易々と跨いで外へ向かおうとする。
が、突如ラゴゥの前脚を着こうとした箇所にアスランが踊りでて、キラは慌てて操作レバーを引いた。

「ちょっ・・・マジ!?馬っ・・・っつ!!」
何とかアスランを避けるようにして前脚を着ける事が出来たが、ラゴゥはバランスを崩し、肘部分を突くようにして地面に倒れこんだ。

「この馬鹿!!死にたいのか!?」
アスランの無事をモニターで確認すると、キラはコックピットから顔を出して怒鳴った。
一歩間違えば大変な事になっていたにも関わらず、等のアスランは険しい表情のまま、キラを見据える。

「俺も連れて行け。言葉だけで納得できるか」
「―――は?」

彼の言っている意味が汲み取れず、眉根を寄せたキラに構うことなく、アスランはラゴゥによじ登るとコックピットのハッチへと手を掛けた。
「ちょっ、ちょっと―――」
戸惑うキラの手首を掴み、アスランはキラへと顔を近づける。

「だから、俺も連れて行け。俺達が本当に足手まといになるのかならないのか。この目で確かめたい」
真剣なアスランの表情を、始めはぽかんと見ていたキラだったが、アスランの言葉の意味を理解すると口元に不敵な笑みを作った。

「―――解った。そんなに言うんなら着いて来なよ」
コックピットの中を示すようにキラは顎をしゃくると、さっさとコックピットへと戻ってしまう。

「おい!?」
それだけか?とアスランはコックピットを覗き込む。
中を見て、コックピットにしては広い過ぎはしないかと一瞬怪訝に思ったが、キラが座っているシートの更に手前にもう一つシートが見えて納得した。
どうやらこのMSは複座式になっているようだ。
開いてる方へ座れ、と言う事らしい。
キラが再びラゴゥを操り、倒れた機体を起き上がらせる。
その振動で振り落とされそうになったアスランは咄嗟にハッチへとしがみついた。

「何をしているんだよ。来るんだろう?なら早く乗れ」
ちらりと視線を向けてきたキラに、ムッとした表情を作りながらも中へ入ろうとした時、ニコルの声が聞こえてアスランは振り返る。
そういえば、すっかり彼の存在を忘れていた。
「ニコル、お前は残れ」
慌てた様子のニコルにそれだけ言い残すと、アスランはひらりとコックピットの中へ身を滑り込ませる。

「えっ、ちょっと、アスラン―――!!」

ニコルの叫び声だけを残し、ラゴゥはその外見からは想像が出来ないほど機敏な動きで外へと飛び出して行った。



4つ足のMSは、人型のMSとはまた違った振動を感じる。
そんな事に感心しながら、目の前の機器類にアスランは目を向けた。
今、この『ラゴゥ』というMSは後ろに座るキラが操縦している。
アスランが座る座席は攻撃用の機器類が揃っているから、キラが座る後方の座席が操縦を担うのだろう。

「主武装は・・・ビームキャノンと、ビームサーベル?どちらも2連装か」
MS乗りの性と言うべきか、アスランの手は自然と目の前の機器類に伸びる。
「ちょっと。勝手に弄らないでくれない?一応ラゴゥはバルトフェルド隊長の専用機なんだからさ」
ぴしゃりとキラに言われ、その隊長機を勝手に乗り回しているくせに良く言う、と毒吐いた。

そんなアスランの独り言に近い台詞はしっかりとキラに届いていたらしい。
「君って、僕が想像してた『アスラン・ザラ』と全然違う。顔はそっくりな癖に、性格はちっとも似てないね。君、本当にあの人の子供?」

キラの言葉にアスランは眉根を寄せた。
アスランから言わせて貰えば、相手がアスランにどんな印象を抱いていようがアスランの知った事ではない。
ましてや想像していたのと違う、などと文句をつけられてもそれはアスランのせいではないのだし。

それよりもアスランが気になったのは、その後の台詞だった。
『アスラン・ザラ』という人物像を想像する場合、始めにイメージとして浮かぶのはアスランの父であり、プラントの国防委員長でもあるパトリック・ザラである筈だ。
お世辞にも父と自分の外見が似ているとは言い難いが、アスランを知る者は二人の性格はそっくりだと言う。
流石親子だと。

だが、今キラが言った事はそれとは反対の事で。それの意味する所はたった一つだ。

「お前、俺の母を――」

知っているのか、とまでは言葉にならなかった。
突然今までと違う振動が身を包み、アスランは驚いてモニターに目をやると、一面の砂漠が広がっている。
どうやら整備された道から砂漠へと足を踏み入れたらしかった。

「砂に足を取られるのか・・・。なるほど、確かに足を増やして機体の圧力を分散させないと、ジンじゃ動きの取りようがないかもな・・・」
呟いたアスランに、キラが感心したような声を上げる。
「―――へぇ。振動の違いだけで良く解ったね。流石だね」
性格は置いておいて、どうやらただの坊ちゃんエリートではないらしい、とキラは満足気な笑みを浮かべた。

「でも君の仲間はちょっと問題かもね」
キラは笑みをそのまま苦笑に変え、アスランにも見えるよう望遠モニターを呼び出す。
モニターに映し出された映像を見て、アスランは目を見開いた。



Floral tribute 後編

2機のMSと、それに纏わりつくように動き回る数台のバギー。

「・・・なに、やってるんだ?」
思わず漏れ出た台詞にキラが「ねぇ?」と苦笑で返してくる。

2機のMSはデュエルとバスター。イザークと、ディアッカだ。
バギーからは幾度となくハンドランチャーが放たれ、容赦なくGへと打ち込まれている。
幸い、フェイズシストが作動しているため大したダメージは受けていないようだが・・・

「どうしたらあんな風になるんだ・・・」
呆れを含んだ口調になってしまったが、それも仕方がないと思う。
バスターは砂漠の砂に足を取られ、まともに動く事の出来ない状態だ。
反撃はしているものの、機体が安定していないせいか見当違いな場所を攻撃してしまっている。

だが、そのバスターよりも目を引くのは傍にいるデュエルだった。
どうしてそうなったのかは不明だが、全長17.50mもある機体が腰部の辺りまでものの見事に砂に埋もれていた。
勿論そんな状態で動きなど取りようが有る筈もなく、どうにか抜け出そうともがいているのが何とも滑稽に見える。
バスターがここまで翻弄されているのは、格好の的となっているデュエルを庇っているためでもあるようだった。

「う〜ん…どうしてかな。僕も、あんなのはじめて見た」
ははは。・・・と、キラも乾いた笑いを漏らす。
これがエリートと誉れ高いクルーゼ隊のエースパイロットなのだろうか。
先程キラと口論になった内容を思い出して、こめかみを押えてしまったアスランである。


「さて…っと、あのフェイズシストって、そんなに持続するものじゃないんだろ?なら、早いところ退散して貰わないとね」
言うなりキラはラゴゥのスピードを上げる。

「どうするつもりだ?バギー相手にこのサーベルは向かないぞ。ビームキャノンはこっちでやるんだろう?」
目の前の操縦桿を示しながらアスランがそう言うと、キラはにっと笑った。
「こっちから攻撃する必要は無いよ。散らせればそれで良い」
「威嚇でもなんでも発砲しないで散らせるのか?」
「そこが腕の見せ所だろ?」

そんなやり取りをしている僅かな間もラゴゥは進む。
ラゴゥの接近に気が付いたレジスタンスがラゴゥに向かってランチャーを放った。
それを軽やかに避け、あっという間に2機のGへとたどり着く。
レジスタンス達はラゴゥに標準を変えたようで、次々とランチャーを放ってきた。
キラはそれらをかわしながら、動き回るバギーの間を巧みに縫って相手を撹乱させている。

その手腕は見事だと思う。
だが。とアスランは眉根を寄せた。

これでは何の解決にもならないのではないか?
確かにこのまま撹乱を続け、相手が引くのを待つのも手だが、ここで逃がしたら彼らは再び襲撃してくるだろう。
それではいたちごっこが続くだけだ。
ならば、叩いておける時に叩いておいた方が良い。

アスランがそう言おうとした時、体制を立て直したらしいバスターがライフルを構えるのがモニター越し、視界の端に写った。

「っ…駄目だ!!」

それはキラにも見えたらしく、何を思ってかバスターの前に踊り出る。止める間も無かった。

突如射程内に現れた味方機に、バスターは慌ててライフルを上空へと逸らす。
その強大な銃口が空へと火を噴き、安定を欠いたバスターは反動で仰向けに倒れた。
肝を冷やしたが撃ったのがディアッカで良かった。下手なパイロットならもろに攻撃を受けていただろう。
ほう、とキラが安堵の息を吐いたのが耳に入ってアスランは怒鳴った。

「お前、何を考えいる!」


バスターは直ぐに起き上がれない。
レジスタンス達は完全に無防備となった2機のGへと標的を再び変えた。
通信機からはディアッカとイザークから非難の声が響く。
「ちぃ!」
キラはレジスタンスに危害を加える気がないのだ。
だが、そんな甘い事をしていたら、こちらがやられる。
ラゴゥ一機ならそれも可能だろうが、こちらにはキラの言う通り砂漠に不慣れなGがいる。

「―――ちょっと、何を?」

射撃用の操縦桿に手を伸ばしたアスランにキラは咎める声を上げたが、アスランはそれを無視した。
ビームキャノンのシステムを立ち上げ、指令格が乗っていると思われるバギーへと標準を合わせる。

「レジスタンス程度、頭を崩せば後はわけない」

それが一番手っ取り早くて確実だ。

「そんな事、させるもんか!!」

アスランはトリガーを引こうとしたが、ラゴゥ本体の操縦を握るキラが機体を転換させてしまい、的がそれる。
ラゴゥは操縦士と射撃士が一体となって初めて最高のポテンシャルを引き出せるのだ。
逆に今のアスランとキラのように互いにあべこべな行動を取れば、レジスタンスにも劣るだろう。

「お前・・・!!」
かっとなったアスランはコックピットシートから立ち上がり、後方に座るキラの元へと駆け寄った。
「いい加減にしろ!偽善的な戦いはこちらに余裕がある時にするものだ!!」
「偽善だって?」

キラの顔つきが険しいものになったがアスランは冷たく言い放つ。
「違うのか?とにかく、操縦を替われ!とてもじゃないが任せられない」
無理にでも操縦を替わろうと腕を掴んだアスランの手を、キラは乱暴に振り払う。

「ふざけるな!殺しあう事だけが戦いじゃない!!」
「これは戦争なんだぞ!?武器を取ってやりあってる以上、殺し合いでなければなんなんだ!?良いから早く替われ!!」
早く眼下の敵をどうにかせねばならないのに、キラはアスランの台詞に固執してしまったようだ。

「これは、戦争なんかじゃ、ない!!」

首を振りながら否定するキラに、アスランは何度目になるか解らない舌打ちを打った。
こんな口論をしている場合ではない。

「ザフトが戦争しているのは地球連邦軍で、彼らじゃない!!」
キラが叫んだ瞬間、突如横から激しい衝撃が襲った。



操縦が疎かになっていたラゴゥは衝撃のまま横に飛ばされる。
キラは直ぐに操縦桿を握り直し、ラゴゥの態勢を整えたが、席を立っていたアスランは体をもろに打ち付けてしまった。

「ぐっ…っ!」
咄嗟に受身を取ったものの、流石に息が詰まった。

「っ!、大丈夫!?」
我に返ったキラが声をかけて来る。
「大丈夫だ…それより前を見ろ、次が来るぞ」
再び襲ってきた攻撃を避けてかわし、バギーとGの間に割って入る。
いつの間にか、Gのフェイズシストが落ちてしまっていた。
すでに何発か食らっているようで、所々煙が燻っている。

「ごめん。言い争いをしている場合じゃ無かったよね」
キラはすまなそうに詫びたが、でも、と言葉を続ける。
「でも、できるだけ彼等を傷つけたくないんだ。僕が前に移るから、君に操縦を頼みたい」
「どうするつもりだ?」
キラが退いたシートに身を滑り込ませながらアスランは聞いた。

「なるたけ威嚇射撃で済むようにしてみる。流石に彼らも弾が切れてくる頃だと思うし。――――お願いだ」
まだそんな甘い事を、とは思ったがアスランは無言で頷き、肯定の意をキラに示した。
下手に反対し、また口論になって無駄な時間を食うだけだと思ったからだ。
そしてまた、そんな下らない事で攻撃を受ける位だったら、少々納得のいかない事でもキラの意見を受け入れレジスタンスを追っ払うべきだろう。
レジスタンス達はラゴゥが守備に徹していて、攻撃してこないと高をくくっているようだし、今、ラゴゥが撃てば十二分な威嚇になる。



こちらに向かって放たれたランチャーに対し、キラは迎撃のビームキャノンを放つ。
それらが相殺するのを見届ける前にアスランはラゴゥを駆った。
上空に大きな花火が上がった時にはバギー達の脇をすり抜け、相手の後ろを取る。
バギーが方向を変える前に再びキラがビームキャノンを放ち、辺りに砂煙が立ち上った。

砂塵は風に流されレジスタンス達を覆う。
視界を奪われた相手は撃つべき敵を探して右往左往している。

やっと砂塵が通り過ぎ、視界が戻ったレジスタンスが直後に見たものは真上にあるラゴゥの姿。
誰もが踏み潰されると覚悟を決めたが、意に反してそれはそのまま通り過ぎた。
馬鹿にするな、とランチャーを放ってみても向こうの迎撃によって相殺されてしまう。
なんとかラゴゥを捉えようとしても、素早くてとてもではないが捉えられない。

彼らの苛立ちが頂点に達した時、仲間の「虎の援軍だ!」という声が耳に届いた・・・




バルトフェルドが連れて来た援軍を見て、形勢不利と見たレジスタンス達は蜘蛛の子を散らすように撤退していく。
追撃の意思が無いバルトフェルドは、連れて来た大半の兵を引き上げさせた。
残らせた兵士に、デュエルとバスターのパイロットをコックピットから下ろすよう指令を出す。

「さて…どうしたものかね、この事態は」

大きくため息を吐き、さも大仰に言ってみせるバルトフェルドだが、言葉とは裏腹にその表情は楽し気だ。
ちらりと視線を下げれば、悪戯が見つかった子供のような表情をしたキラと、バツの悪い表情をさせているアスランが所在無さそうに突っ立っている。

「キラ」
「は、はい!」
呼べば、慌てて敬礼をしてみせる。
普段は軍律というものがすっぽりと抜け落ちている癖に、こういった時だけは反応が素早い。

「確かに少年達の探索は君に一任したが…僕が許可したのは残留兵士の扱いであってラゴゥの発進許可では無かった筈だがね」
「で、でも。出て行ったMSが攻撃を受けてると聞いて、それもレジスタンスで」
キラを軽くねめつけると、一瞬怯んだもののすぐに弁解を始めた。
「街に出たテロリストとは違うし、隊長を呼ぶわけにもいかなくて、だったら自分が出るのが一番手っ取り早いかなって…それは、勝手にラゴゥを出したのは悪かったですけど…」

「でも自分の行動は間違ってなかったと?」
ぐだぐだと言い訳を続けるキラを遮って本当は言いたいだろう結論を言ってやると、こくこくと頷いてみせる。
「キラの言い分はそれだけかな?では、アスラン・ザラ。君はどうしてあの二人を止めなかった?」
詰問の対象をキラからアスランへと移すと、アスランは敬礼の姿勢のまま上げていた腕を下ろし、姿勢を正した。

「いえ。私は止めましたが、目を離した隙に出て行ってしまいまして」
ここに来るまでに、事の事情をニコルから聞いていたバルトフェルドである。
「嘘は良くないな。止めたのは君ではなくて、ニコル・アマルフィではないのかな?」
「そうだったかもしれません」
全く悪びれる様子のないアスランの態度には内心感心した。
伊達にあの国防委員長の息子をやっているわけではないらしい。

「キラがラゴゥに乗ったのも止めなかった。ラゴゥが隊長機である事は知っていたのだろう?しかも、ちゃっかり一緒に乗ってる」
「彼が乗れと」
「ちょっと!乗せろって言ったのは君じゃないか!」
割り入ったキラに、アスランは冷たい視線を送った。
「俺は最初止めただろう。それに、隊長に一任されてる、口を出すなと言ったのはお前だ」
「そうだけど、でも、君に言われたくないよ!」

「こらこら。今は僕が詰問しているんだ。仲が良いのは結構だがね、喧嘩は後にしてくれないか」
くつくつと、バルトフェルドが押え切れない笑いを漏らす。

「別に、仲なんて良くないですけど」
ぼそぼそとキラが答え、アスランは憮然として黙り込んだ。

「まぁ、いい。今回の事は、咎めない事にしよう。幸い、大事には到らなかったようだからね」
バルトフェルドの言葉にキラの表情が緩む。
アスランもとんでもない事をやらかした自覚はあったから、顔に出しこそはしないものの胸を撫で下ろした。


バルトフェルドがキラに甘いというのは本当らしい。




「って、そんな考えは甘かったな」

砂漠特有の、焼け付くような日差しを恨めしげに見上げてアスランは一人ごちた。
日陰にいるのにも関わらず、じりじりと焼かれているような暑さ。

今、アスラン達は埋まってしまったデュエルと、パワー切れのバスターを回収すべく作業に追われている。
作業は遅々として進まず、既に作業を始めてから2日が経過していた。
なぜこんなにも作業が遅れているのかといえば、回収作業にあたっているのがアスランを含め、たったの5人だったからだ。

『今回の件に関しては咎めない。だが、事の後始末くらいは自分達でやって貰わんとな』
と、バルトフェルドは言った。

かくして炎天下の中、重労働を強いられているアスラン達である。

悪戦苦闘の末、ようやく収容できる状態まで持ってこれた。
少し離れた所で、アスラン同様慣れぬ暑さにばててしまっている同僚達が小休憩をとっている。

「何か、冷たいものでも飲みますか?」
「あーくれくれ。浴びるほどくれ」
「イザークは?」
「・・・貰う」

大元の元凶であるイザークとディアッカは、今回の処置に不満を漏らしはしたものの、思いのほか大人しく作業にあたっている。
プライドの高いイザークは今回の事を『一生の不覚』とでも思っているのだろう。口数が極端に少ない。
まぁ、MSを砂に埋めてしまったのだから分らないでも無いが。
腰部まで砂に埋まってしまったデュエルを掘り出すのがそれはもう大変だったのだ。
連帯責任として巻き添えを食ったニコルは(彼が一番の被害者かもしれない…)周囲の見張りという比較的楽な仕事が割り振られている。

「アスランも少し休みませんか?」
「ああ」
ニコルの誘いに、アスランは今まで見上げていたMSから視線を外した。
彼がそれに没頭すると、周囲の事が見えなくなるのだと知ったのは作業が始ってすぐの事だ。
「おい」
今回も例外では無いらしく、何度呼んでも無反応な彼にアスランは軽くため息をつく。
額から汗が滴り落ちて、手元のキーボードに落ちても全く気にする様子も無い。

「おいって。聞いてるのか」
ペットボトルの底を額に押し付けて無理矢理上を向かせると、不機嫌そうな表情のキラと視線が合った。

「・・・なに?もうちょっとで、終るんだけど」
「少し休んだらどうだ。水分を補給しないと、もたないぞ」
「もうちょっとマシな渡し方は出来ないわけ?君は」
文句を言いながら額に押し付けられたままのペットボトルを受取ると、今度はタオルを放りなげられる。
「だから、もうちょっとマシな渡し方が……まぁ、良いか。ありがと」
そっけなく礼を言って渡されたタオルで汗を拭う。

始めに会った時の物腰の柔らかさはどこへやら。アスランに対してだけ、キラの態度はぶっきらぼうだ。
最も、あれだけ言い争いをしたのだから無理も無いのかも知れないが。

「問題なく、終れそうか?」
やりかけのプログラムの覗き込むと、それはほぼ完成していた。
「後は微調整。デュエルはノーマルタイプだから、イージスなんかよりは簡単だよ」
キラがやっていたのはOSの再構築。
基地まで運ぶよりも、プログラムを修正して自ら動いた方が早いのだ。

作業を始めたばかりの時、キラはバスターのOSを見事なまでに組み替えてみせた。
それはアスラン達に「かなわない」と言わせるには十分な技量で。
元々、アスラン達がバルトフェルド隊に来たのはOSの調整のためだったから、一石二鳥という訳だ。
キラにOSを任せる事にプライドが刺激されない訳ではないが、優れている事を素直に認められないほど器量がないわけではない。

バスターのエネルギー補給や、デュエルを掘り起こすのに残りのG2機を使ったため、イージスとブリッツのOS調整も既に終っている。
砂漠まで来てGで砂ほりをするのは正直空しくなったが自業自得なので仕方がないだろう。



「・・・悪かったな。確かにお前の言っていた事も、間違いでは無かった」

思いもよらない台詞が聞こえて、キラはペットボトルから口を離してアスランを見上げた。
アスランは不本意そうにキラから視線を外している。

「・・・それ、悪いって言ってるようには見えないよ?」

僅かに赤らめた頬に気が付き、笑いを含んだ声で指摘すればアスランは口をへの字に曲げた。
彼が凄く不器用な感情表現をすることを、キラはここ数日、共に作業をする中で気付いていた。
―――思い出してみれば、彼の母親もそんな事を言っていたような気がする。

『不器用な子だから、なかなか人と打ち解けられないみたいで。キラ君、あの子と友達になってやってくれる?』

見れば、やっぱり似ている。その髪も、瞳も、顔立ちも。
今からでも彼と仲良くなれば、両親と同じところにいる彼女は喜ぶだろうか?
遠い記憶に想いを飛ばしていると、キラの視線に気が付いたアスランが首を傾げていた。

「ううん。僕もかっとなっちゃったから…お互い、言い過ぎちゃったかな?」
「ああ」
「もっとも、発言を覆す気はないけど」
「それは俺もだ」
「・・・君って、結構頑固だよね」
「お前も相当頑固だな」
「「・・・・・・・」」


暫く睨み合って、それからどちらとも無く笑いが漏れた。
くすくすと笑うキラを見ていたアスランの脳裏に、昨夜バルトフェルドから聞いた話が浮かぶ。
キラ・ヤマトはブルーコスモスのテロで両親を亡くしている。

どういった経緯でかは知らないが、両親以外に身寄りが無く天涯孤独になってしまった彼を、バルトフェルドが引き取ったのだ、と。
気安く聞いて良い事ではない、そんな個人的情報を本人の居ない所で聞いてしまった事に少し罪悪感を感じた。

そもそも何故その話を聞いたのだったか。
アスランは少し考えて、ああ、と思い出した。
ある程度掌握しているとはいえ、なぜレジスタンスなどのさばらせているのだと尋ねたのだ。
バルトフェルド達が街で一掃したテロリストはブルーコスモスだった。
対して、イザーク達を襲ったレジスタンスは地元の民。
コーディネーターを排除する事が目的のブルーコスモスと、自分達の土地から出て行けと抵抗するレジスタンス。

バルトフェルドは言った。

ブルーコスモスも現地のレジスタンスも我々の行動を妨げる者だが、その性格は違うものだ。
ブルーコスモスの話など聞く気は微塵も無いが、レジスタンスの連中の言い分は分らないでもない。だが我々にも我々の事情がある。
もちろんこのまま好きにさせておくつもりは無い。
向こうが諦めて我々を受け入れるのならそれで良い、このまま抵抗を続けるようなら、武力で黙らせるしかないのだろうが―――、

そこでバルトフェルドは一旦言葉を切り、アスランを見てニヤリと口角を上げた。

『まぁ、僕としてはね。いい加減ケリをつけてしまっても良いと思ってるんだよ。ただ、あの子がそれに難色を示してね』

常に支配され抑圧されてきた現地の民と、居場所を追われ両親を奪われた自分を重ねて見ているのだろう、と…



「一つ、聞いても良いか」

急に真面目な声色になったアスランに首を傾げながらも、キラは「いいよ」と答えた。
「なぜ、お前はレジスタンスを庇う?」
突然飛躍した話に、キラは目を見開く。
「確かに俺達ザフト軍が戦争しているのは地球連邦軍だ。だが、軍隊は戦争をする事だけが仕事じゃない。今回のように支配地域の治安維持に軍を動かす事だってある」
「・・・うん。それは、分ってる。バルトフェルド隊長にも、そう言われてる」
反論を食らうと思っていたが、キラはあっさりとアスランの言葉を肯定した。

哀しげに目を伏せて、薄く笑う。
長い睫毛に隠され見え隠れする紫色の瞳が、やけに綺麗だとアスランは思った。

「分ってるけど、割り切れないんだ。・・・だってさ、似てると思わない?先祖から受け継いだ土地を返せ、誰の支配も受けないって言ってる彼らと、僕ら、コーディネーター。コーディネーター…プラントも、自分達の土地が欲しい、ナチュラルの支配は受けたくないって、願った・・・」

アスランは虚を突かれた。
そう。
コーディネーターもナチュラルによる差別と抑圧から独立を願った。
・・・そうして、たどり着いた先が、この戦争。

「だから、もしかして、もしかしてだよ?彼らと分かり合えて、上手く事が収まったら。プラントと地球だって上手くいくんじゃないかって」

一息に言い切ってキラは顔を上げる。
「・・・なんて、綺麗事かも、しれないけれど。そんな簡単な問題じゃないのかも、しれないけど」
「・・・そうだな」
「だよね。ほら、僕、ちゃんと訓練受けてるわけじゃないだろ?だからさ、今言った事、聞かなかった事にしてよ」
はは、と作った笑いで話を終らそうとしたキラだったが、アスランの真剣な瞳とかち合う。

「確かに理想論かもしれないが、悪くは無いんじゃないのか」
思いもよらなかったのだろう、アスランの台詞にキラは面を食らったような表情をしてみせた。
「・・・そうかな」
「ああ、多分な」

確かに理想論。
現実はそんな簡単ではないのだろうけれど。

「そう願う事は、悪い事じゃないさ」
「うん。・・・ありがとう」

ふと、思い出す。
まだ幼かったアスランに、ナチュラルとコーディネーターはいつか必ず分かり合えると、言った母の言葉。
それと一緒に、キラに聞こうと思っていて聞きそびれていた事も思い出した。

「・・・そういえば、お前。何故俺の母を知ってるんだ?」
「え?」
「ほら、ラゴゥに乗った時に言っていただろう。あの人の子供なのかとかなんとかって。『あの人』って母上の事じゃないのか?」

キラは暫く目を白黒させていたが、やがて肩を震わせて笑い出した。
「おい…」
「ご、ごめん。だって君、話飛びすぎ」
むっとしてキラをねめつけたが、キラはまだ笑っている。
漸く笑いが収まると、ふっと表情を和らげた。

「レノアさんのことだろ?良く知ってる。・・・月にいた頃、本当に良くしてもらったから」
「月に?」
「うん。13の時まで、月に住んでたんだ。僕の母さんとレノアさんが知り合いで、それで」

キラは月に住んでいた。それも13歳の時まで。
アスランもそうだった。幼年期を月で過ごした。
タカ派の父を狙うテロリストから身を守るため、母と二人、月へと非難していたのだ。

「良く僕の家に来てたよ。そのうち君も連れてくるって言ってたけど、結局連れて来なかったな」
「・・・ちょっと、まて…」
懐かしそうに語るキラを制して、アスランは昔の記憶を手繰る。
月。幼年期。母の友人。自分と同い年の子供。・・・キラ・ヤマト。


「思い出した・・・お前が、キラ・ヤマトなんだな」
「僕の事、知っていたの?」
「ああ、名前だけ、な」


友人が出来たと、母が嬉しそうに言ったのは何時だっただろうか。

父と結婚してから、友人が作れなくなったと良く嘆いていた。
だが、それも仕方のない事で、どうしても相手は一人の人間としてではなく、プラントの国防委員長の妻としてレノアを見る。
アスランも同様に、周囲から国防委員長の息子として見られ、何でも言い合えるような友人には恵まれなかった。
それだから、友人ができ楽しそうなレノアを見て、嫉妬をしたりしたものだ。
自分だけ友人を見つけたレノアに嫉妬したのか、母親を取られた気分になって嫉妬したのかは分らないけれど。

母の友人にはアスランと同い年の子供がいて、レノアはその子供とアスランを会わせたがった。
その人の家へ一緒に行こうと何度も誘われたり、その人がアスランの自宅へと遊びに来たりしていたのだが、適当に言い訳して用事を作って、極力会わないようにと避けていた気がする。
気が合うのか合わないのか分りもしないくせに、仲良くしろと押し付けられるのが堪らなく嫌だった。
それよりもなによりも、レノアがその子供の事をベタ誉めしていたのが気に入らなかったのだ。

母の友人の名前は確か、カリダ・ヤマト。


・・・その子供の名が、『キラ』




それから更に数日後、アスラン達はバルトフェルド隊での任務を追え、再びクルーゼ隊に戻る事になった。
バルトフェルドに挨拶を済ませて、迎えに来ている艦へと向う。

「ったく、散々な目にあったぜ」
宙をこんなにも恋しく思った事は無い、とディアッカは大げさに空を仰いだ。
「全くだ」
イザークは短く同意して、さっさと艦に乗り込む。
「まったくもう。誰のせいだと…」
はあぁ、と深いため息を吐いてニコルも後に続こうとしたが、アスランがいない事に気が付いて後ろを振り返った。

辺りを見回すと、アスランは艦の脇でキラと何やら話しこんでる。
一時は一発触発の雰囲気でニコルの肝を冷やしてくれたが、随分と仲が良くなったものだ。
「やっぱり、一度腹を割ってやりあったのが良かったのでしょうか?でも、それなら何でイザークとはちっとも仲が良くならないんだろう…」
はぁ、と再びため息を吐いて、今度こそニコルもイザーク達の後に続いた。


「はい。これ、君にあげる」

艦へ乗り込もうとしていた矢先、キラに呼び止められて手渡されたもの。
始め会った時にキラが持っていた花だった。
あの時は生花の花束だったが、アスランが受取ったのはドライ加工された一輪のユリの花。

「本当は父さん達のお供え用だったんだけど、テロ騒ぎでそんな暇なくなっちゃって。残りはアイシャにあげちゃったんだ」
「なんで俺に?」
生憎、花を愛でる趣味は持ち合わせていない。
貰ったところで荷物になるだけなのだが。

「あ〜…、うん。君にって言うより、レノアさんに。僕の替わりに、供えてくれる?」
「そういう事か。分った、ありがとう」

照れたように笑うキラに、アスランもまた笑みを返した。
ハッチ近くの兵士に早く乗るようにと促され、アスランはじゃあ、と軽く手をあげる。
艦に乗り込もうと踵を返した所で再びキラに呼び止められた。

「あ、あのさ!あの…また、会えるかな?」

「ああ、またな」


出会いそこなった数年前の、やり直しをしようじゃないか。
多分、母もそれを望んでいるに違いない。


written by 駝鳥の一人旅:若桜有実様

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UpData 2006/09/12
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