サイト10000HIT記念として、連載&OFF発行をされた[SEVENTH HEAVEN]のフリーSSです。
[SEVENTH HEAVEN]は、種と運命の本編とオリジナルを組み合わせた大長編作品。


■□■□■□■□■
月光
■□■□■□■□■

「キーラ?いい加減に起きなさーい?」
「あ・・・う・・・ん」
遠くに聞こえる母の声。
カーテンの向こうから朝陽が部屋に零れ、ちゅんちゅんと小鳥の鳴く声が響く。
眼をこすりながらベッドから起き上がる。
クローゼットから取り出した洋服に着替え、階下のキッチンへと向かう。


そう、これはヘリオポリスの家。


「キラのお寝坊さんは、いくつになっても治らないわねぇ」
まだ眠そうな顔をしながら、椅子を引いて腰掛ける息子を見てくすくすと母は笑う。
そんなカリダにキラはむっと反論をする。
「何だよ。アスランみたいなこと言わないでくれる?」
「・・・だぁれ?新しいお友達?」
おっとりと問い返す母に、キラは噛み付く。
「何言ってるの。アスランだよ!ほら・・・月に居た時お隣に居た・・・僕とずっと同じクラスだっただろ!」
焼きたてのトーストを取り、バターとストロベリージャムをたっぷりとつけるとかじりつく。
「そんな子居たかしら?」
息子の様子を見ながらカリダは首をかしげる。
「それに・・・月のおうちのお隣さんはずっと空き屋だったじゃないの」
母のその様子は、いつもの彼女お得意のおとぼけとは到底思えなくて。
オレンジジュースの入ったコップに手をのばしかけたキラの手が止まる。
「・・・そんなわけ・・・ない」
慌ててキラは2階へ駆けあがる。
自室の書棚。
幼い日々を切り取ったアルバム。
それを必死で捲る。
しかし・・・開かれてゆくページの何処にも夜闇の髪と翡翠の瞳を持つ少年は居ない。
「そんなわけない・・・アスラン・・・」


『・・・キラ』


子供にしては怜悧な印象を与える濃紺の髪と美しいエメラルドの瞳。
自分の名を呼ぶ甘い声・・・すべてがリアルに思い出せるのに、彼の存在だけが何処にもない。
「キ〜〜ラ!遅れるわよ!!」
しかし、キラの動揺など全く意に介さない、普段と同じ調子の母が、時間を知らせる。
「そうだ・・・トリィ!」
脳裏にうかんだのは、若緑色のペットロボット。
彼が得意だったマイクロユニットで造られた小鳥。
それは、桜吹雪の下、再会を約して彼から託されたものだった。
「トリィ〜!!トリィ〜っ!!!」
必死にその名を呼ぶが、気まぐれなロボット鳥もまた、何処にも居ない。
まるで蒼い鳥を探す子供のように、部屋から部屋へ、扉という扉をすべて開けてキラは走る。
「・・・トリィ・・・」
両親の寝室にも、客間にも、リビングにも居ない。
ぺたん、と座り込んだキラの右肩。
耳元で響く羽音とともに、・・・何かが舞い降りる気配が届く。
「・・・トリィ?」
右肩にかかった僅かな重み。
羽を収めた小鳥が小さく啼いた。
『・・・ピィ!』
驚いて肩の上を見ると、小さな黄緑色のセキセイインコが小首をかしげてキラを見つめる。
ふれた羽はしっとりとした質感で、ぬくもりが指先に残る。
小首を傾げて啼く愛らしい仕草も、つぶらな瞳も同じなのに・・・金属とプラスチックで出来たトリィの質感とは全く違っていた。
「・・・あら。ピィちゃん、ここにいたの。キラは学校に行かなきゃいけないのよ。ママとお留守番しましょうね」
「そういえば、キラ、進路はどうするんだ?今年でカレッジも卒業だろ」
新聞を読み終えたのか、父が顔を上げる。
スーツ姿にネクタイ。
彼もまた、いつものように仕事場へと向かうのだろう。


そんな『平和で当たり前の日常』に自分だけが違和感を感じていた。


「キラ?トールくんが迎えに来てくれてるわよ!」
「此処・・・どうして・・・ヘリオポリスは戦争で壊れちゃったんじゃ・・・」
テレビから流れてくるニュースは、どこかのんびりとした今日の出来事で。
そこには戦争の影など微塵も感じられなかった。
「・・・戦争?」
カリダは不思議そうに問う。
「オルバーニ事務総長とクライン議長の10月会談で地球とプラントの間には同盟条約が調印されて・・・戦争は起こらなかったのよ」



満ち足りた世界。



理想的な、完結した平和な世界。



なのに・・・君だけが居ない。



「・・・・・嘘・・・・・」
キラの震える声が白い部屋に響く。
「・・・キラ?」
困ったような母の顔がぐにゃりと歪む。
平和な朝の光景は一転し、すべてが漆黒の渦に巻かれてゆく。



『これは嘘だ!!』



奔流の中、キラは躯中で叫んでいた。



『君の居ない世界なんて、嘘だ!!』



落下しているのか、上昇しているのか、それすら分からない。
顔を覆ってキラは叫ぶ。
ただひとりの名前を。



「・・・アスラン!!」



自分の声で目が覚めた。
喉はカラカラで、酷く気分が悪かった。
額を伝う汗を拭って躯を起こす。
「・・・っ」
体勢が変わったことで痛みを訴える躯に、少しだけ安心する。
何故なら、それは彼が僕を愛した証拠だから。
けれど、僕の隣に彼の姿はない。
「・・・アス・・・」
不安気につぶやかれるその名前は、闇に吸い込まれてゆく。
自分の躯にも、乱れたシーツにも、彼が此処に居た痕跡は刻まれている。
なのに、彼の姿だけがない。
それが恐ろしいほどの不安を掻き立てる。
夜気がむき出しの素肌から体温を奪ってゆく。
思わず小さく身震いしたのは、きっと寒さのせいだけではないだろう。
ぎゅっと掴んでいたシーツから手を離し、ベッドから床に足を下ろそうとした時・・・かちゃりという音と共に、寝室の扉が開く。
「・・・どうした?」
わずかに零れる廊下からの光を背に受け、探していた人のシルエットが浮かび上がる。
「ア・・・スラ・・・」
言葉よりも涙が先にこぼれるのを止められなかった。
たどたどしく伸ばされた指先に導かれるように歩み寄ると、彼は中途半端にはがされたロイヤルブルーのベッドカバーの上に腰掛ける。
ぎしりとベッドのスプリングが軋んだ。
「キーラ?どうした」
涙を流して彼に手を差し伸べるキラを、アスランはやわらかくその腕に閉じ込める。
細い指先が白いバスローブをきつく掴む。
そんな様子を見て、アスランは子供にするように優しく華奢な背を撫でる。
その確かな感覚に、不安が・・・こわばった躯が、ゆっくりと溶けていった。
「夢を・・・見たんだ」
ようやく、少し落ち着いたのかキラが言葉を紡ぐ。
「僕はヘリオポリスに居て・・・父さんも・・・母さんも・・・平和な世界・・・戦争なんて起こってなくて・・・幸せな日常だった。でも・・・・」
涙を浮かべたままのアメジストが、アスランを見上げる。


「君だけが居なかったんだ」


「・・・・うん」
泣きながらそういうキラの背を、アスランの手が優しく撫でる。
そのまま頭を預けた胸から、アスランの心音が響く。
「でも、俺は此処に居るだろう?キラの傍に居るだろう?」
「・・・夢じゃないよね?」
さきほどの夢があまりにもリアルだったが故に、今のこのリアルささえも夢ではないかと疑ってしまう。
「目を覚ましたら僕はまた一人で・・・そんなことにはならないよね?」
「・・・夢じゃないよ」
時に物分りの悪い恋人が一番納得のできる方法で、アスランはそれを証明する。
唇に落ちる軽いキス。
それは言葉よりも確かにキラにこれが現実であることを理解させた。
「ずっと・・・一緒に居てくれる?」
「もちろん」
世界で一番甘やかな、キラしか知らない微笑を浮かべてアスランは即答する。
「約束・・・して」
「何度でも誓うよ」
細い指先を取ると、アスランはそれに口付ける。



幸せな夢よりも、僕は残酷な現実がいい。


君が居るならば。


君が居てくれれば。



「・・・やっと眠ったな」
すうすうと、安らかな寝息を立てて眠る天使。
窓から入ってくる淡い月光に縁取られた睫が、やわらかな影を落とす。
幻想のように綺麗で儚い寝顔だった。

悪い夢を見たと、不安気に揺れていたアメジストの瞳。
涙に濡れるそれはどんな宝石よりも美しかったが、彼の泣き顔を見ると何より心が痛む。
それはアスランに庇護欲を抱かせるものだったが、時にもっと泣かせたくなる可虐心を煽るものでもあった。
しかし、今日の涙は明らかに何かに怯えている様相だった。
何度も何度も名前を呼びながら、アスランを見上げてくる。
だから、少しでも彼の涙が早く止まるよう、瞼に、頬に、額にキスを落として、アスランもまたキラの名を呼ぶ。
優しい睦言を繰り返す。
やがて・・・抱きしめていた躯から少しづつ力が抜け、ようやく眠りについたのか規則正しい寝息が聞こえるようになった。

「・・・おまえが不安になることなんて、何もないんだ」
鳶色の髪に唇を寄せて、アスランは呟く。
「何があっても・・・俺がおまえを護るから」
それは、たとえキラが望まなくともアスランの中では揺るぎのない、生きる上での最優先事項だった。
そんな彼の決意など知る素振りもなく、眠り続ける横顔はすべてを委ね切っている。
さきほども、部屋を出る前までその寝顔にアスランは見入っていたのだ。
このあどけない寝顔を、吐息までも護りたいと思う。
いや、キラという存在をこの世界から盗んで、誰の目にもつかないところに隠してしまいたいとさえも思う。
「・・・俺を靭くさせるのも、どうしようもなく心の狭い男にさせるのも・・・キラだけだよ」
眠る人に気付かれないように小さく溜息をつく。
しかし、それはアスランにとってはとても甘い理だった。
「ずっと傍に居る。どれだけ月の形が変わっても、俺の気持ちは変わらないよ。」
リネンのシーツの海。
やわらかく拡がる鳶色の髪に口接ける。
そして、キラの細い躯を抱きこんだまま、その髪に顔を埋めるようにしてアスランも瞳を閉じる。
鼻先を掠める甘い花の香りを感じながら、まどろみの中へと落ちてゆく。
できることなら、夢の中でもキラと一緒にいられるように、と手を繋いだままで。



そんな恋人たちの眠りを優しく護るように、蒼白い月光が静かに夜を照らし続けていた。


written by :綺阿様

文字でキラらぶTOPへ
TOPへ戻る


UpData 2006/11/06
(C)Copy Right, 2006 RakkoSEED.All right reserved
【禁】無断転載・無断記載