サイト周年記念として公開されたフリーSS。前作「トワイライト」とは別物、との事です。

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トワイライト2
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中立国であるオーブが所有する、資源衛生ヘリオポリス。
「・・・このコロニーは、見目が良くないな・・・」
それが、アスランの第一印象。
「仕方がありませんよ。このコロニーは宇宙資源を採取するためにあるんですから」
隣にいたニコルが苦笑した。
オーブ本国は地球にある。あくまでもこのコロニーは資源調達用で、永住が目的に作られているプラントとは違うのだ。そのため、プラントではコロニー一基一基、それぞれに景観にはこだわって作られている。(勿論、ヘリオポリスだって永住は可能だ)
「分かってるんだが・・・どうも、この丸い感じが・・・」
「地球だって丸いんですよ、アスラン。ついでに言えばプラントだって丸いじゃないですか」
「規模が違うだろう。何か圧迫感がないか?」
確かに、とニコルは首を巡らせた。
コロニーの内壁に張り付くように建物が建っている…(ように見える)
住んでしまえば気にはならないだろうが、慣れていなければ違和感を感じるのも分かる。
「まぁ、でも。此所にいるのはせいぜい一週間ですから。我慢してくださいね」
「分かってるさ。それに、別に此所が嫌だってわけじゃないしな」
周囲を見回せば、お喋りを楽しむ女性達や、仲睦まじげなカップル、楽しそうな家族連れなど、"何気ない日常"とゆうものが広がっている。
「…ここは、平和ですね」
眩しそうに目を細め、ニコルが呟いた。
地球、プラント間で戦争が勃発してもう1年。戦況は泥沼化し、いつ終わるとも分からない状況だ。
そんな厳しい状況化、こうして平和な場所も存在している。
アスラン達コーディネーターが願い、でも今だ適わぬ夢が目の前にある。
「そうだな、だが…」
だが、それもまた幻。砂上の上に立つ平和。
「…ええ。この平和が、まやかしだとは思いたくはありませんが…」
それを確かめに、アスラン達はヘリオポリスへと来たのだ。



「ようこそヘリオポリスへ。歓迎しますよ、プラントの皆様」
「こちらこそ、無理を聞いてくれてとても感謝しています」
アスランとニコルはザフトに所属する軍人だ。
今回に限り、特別任務を言い渡され、一時的に軍から席を抜いている。
「貴方がアマルフィ議員のご子息ですか。これはまた随分とお若い」
「父が直接くるのは流石に障りがありますし…確かに僕はまだ若輩ではありますが…」
「いやいや、別に非難している訳では無いのですよ。モルテンゲーテにもコーディネーターが居ますから、貴方達の優秀さは熟知しておるつもりです」
感情の見えない顔で微笑まれ、ニコルは困ったように曖昧に笑った。
アスラン達の特別任務――それは、オーブ政府直属であるモルテンゲーテ社の視察であった。
勿論表向きにはプラントの技術研究員としての肩書きで赴いている。
なぜアスランとニコルにこの任務に白羽の矢が立ったのかと言えば、この話を取り付けたのがニコルの父、アマルフィ議員だったからだ。
アスランはおまけである。
勿論、この手のプロフェッショナルである諜報機関からも、慣れぬ任務のアスラン達を補佐する為に何人か一緒だ。

中立を保っているオーブを、プラント政府は敵視していないが、その中立を保てるだけの戦力、そしてその技術力には驚異を感じている。
そのため、常に動向は注意していたのだが、とうとうプラント政府が危惧していた情報が入ってきたのだ。

オーブ政府が地球軍に技術協力をしているらしい――と。



アスランら視察団の応対をしてくれている初老の男性は、カトーと名乗った。
モルテンゲーテで研究をしつつ、近くのカレッジで教授として働いているらしい。
「私の教え子にもコーディネーターの子がおりますよ。彼は大変優秀でね。まぁ、ムラがあるのが難点ですが」
「へぇ…学生とゆうと僕らと同い年くらいでしょうか?」
「そうなりますね。なんでも第一世代だそうで。君たちの年代だと珍しいでしょう」
「そうですね」
たわいのない会話をしながら、施設を巡っていく。
道順に案内板があることから、一般人が見学できるよう設けられたコースなのだろう。
今日は特に注意せねばならない場所には入れて貰えないようだ。
途中、すれ違う研究員達から不思議そうな視線が向けられる。
あまり表だった視察ではないと聞いていたが、本当に内々の視察なのだなとアスランは思った。

初めは物珍しかった他国の研究機関だが、一般人にも見せられる程度の場所だ。
少し飽きてきたアスランは、先に歩くニコルとカトーを気にしつつ(この視察団での責任者はニコルとゆうことになっている)窓の外に視線を巡らせる。
「…あれは?」
隣に立つ棟。
窓越しに見える壁に立てかけられた物体…もとい、人形の形をしたロボットに目が留まった。
足を止めたアスランに気がついたニコルがその視線をたどり、カトーに尋ねた。
「…ああ。あれは、私のゼミの学生が制作しているものでしょう。今作っている物の、一つ前のタイプになりますね。中に人が入るんですよ」
「へぇ。面白い物を作ってるんですね。何に使う物なんですか?」
「生身では危険な場所で活動するためのものですね。モビルスーツの小さい版と考えて頂ければ分かりやすいかもしれません」
「え?」
モビルスーツ、と聞いて思わず視線を上げる。
「と、もうしましても、まだまだ完成にはほど遠いですがね」
カトーは笑うが、ニコルとアスランは顔を見合わせた。
現在モビルスーツの技術をもつのはプラントだけだ。
幾ら学生の研究だとはいっても、モルテンゲーテでおこなってるのだから、技術提供を受けていてもおかしくない。
「そんな恐い顔をなさらなくても。あれは戦争の道具ではありません」
「しかし、悪用されやすい技術ではないのですか?たとえば戦闘用の機器に応用するとか・・・」
少しばかり棘を含んだ言葉を返すと、カトーの目がすっと細められた。
「悪用されない技術などありえませんよ。それに、新しい技術は常に戦争の道具にされてきた。違いますか?」
「中立を謳うオーブの技術者の言葉とは思えませんね」
確かにその通りなのだけれど、素直に認めるのも悔しい。
アスランの言葉に、カトーはおやおやと肩を窄めた。
「プラント政府はコーティネーターが平穏に暮らせる世界が欲しいのでしょう?我々オーブの民も同じです。平穏な生活を望んでいる」
「でも…プラントと違って、オーブは平和ですし…」
「ニコルさん。戦争の反対はなんだと思いますか?」
カトーの質問に、ニコルは首を傾げる。
「え…平和、なんじゃないですか?」
「そう、平和だ。では平和とは?」
「それは…争いのない世界です。皆が、幸せに暮らせる世界…と、僕は思います」
平和とは何か。それを問われると返答に困る。平和の概念は人によって違うと思うからだ。
そう言うと、カトーも頷いた。
「私は秩序が保たれている世界の事だと思っています。秩序を守る機関は重要です。そしてそれに力がなければ何も守れない」
「秩序を守る機関・・・」
「そう。それは法であったり政治であったり、――軍隊であったりと、様々ですが」
「・・・・・・」
カトーの言わんとしていることは理解できる。
けれど、とアスランは喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
「他国に介入せず介入されない、その理念を守るために、オーブの軍事力は高くなければならない。お分かり頂けますかな」
「・・・・・・ええ」
そんなことは表向きの綺麗事だ。
現実に、オーブは地球軍に技術力を売っているのだから―――
(いや・・・でも、一理あるのか)
思い直して、皮肉気に口が歪む。
表では綺麗事を述べ、裏で地球軍に技術力を売り、中立の立場を貫くことで戦争を回避し・・・そうやってオーブは国内の秩序を守っている。



一通り施設内を巡った後、その日は解散となった。
アスラン達に監視が付くのはモルテンゲーテの中だけで、それ以外は好きに過ごして良いらしい。
「・・・なんか、遠回しに『オーブのやり方に文句あるのか』って言われたような気がします」
憮然として黙り込んでいたニコルが、ぽつりと零した。
「そうだな」
アスランも短く同意する。他国の問題をとやかく言うつもりはないが、それがプラントに関わる問題だから見過ごすわけにもいかないのだ。
「ところでこれからどうする?大人しくホテルに帰るか?」
先ほどまで一緒にいた諜報機関の人間は、他の任務のため既に別れている。
「そうですねぇ・・・。折角ですから、ヘリオポリス観光でもしますか?」
「観光って、ニコルお前な・・・」
「まぁ、良いじゃありませんか」
ニコルのこの切り替えの早さには呆れるやら感心するやらだ。
「でも、観光できそうな場所もあまりなさそうですね」
ちゃっかり宇宙港で貰ってきたヘリオポリスのパンフレットを見ながらつまらなそうにしている。
(こんな暢気な任務だって分かったら、あいつらに何言われるかな・・・)
アスランは残してきた他の同僚を思い浮べて苦笑した。

「取りあえず、エレカを捕まえましょう。乗り場は何処かな・・・」
「あれじゃないのか?」
きょろきょろと辺りを見回すニコルに、エレカから降りる人を見つけたアスランが指さす。
「ヘリオポリスのエレカって、降り場まで決まってるんですか?」
「・・・どうだろう」
エレカなどの公共の乗り物は、地域や国によって決まりが違う。
「エレカの乗り方くらい、調べておけば良かったですね」
「ああ」
「あの人達に聞いてみましょうか」
その方が早い、とニコルが先ほどエレカから降りた人に声をかける。
「やっぱり決まっているみたいですよ。乗り場は道の反対側らしいです」
戻ってきたニコルが指さした先、丁度何人かの学生グループがエレカに乗り込もうとしていた。
(あれ・・・?)
その中の一人に、自分が良く知っている顔を見つけたような気がして、アスランは目を凝らす。
(いや、でも。もう何年も会ってないし・・・見間違えかも・・・)
「アスラン?」
ニコルが訝しげに名を呼んだが、アスランには聞こえていなかった。
(あいつがこんな場所に居るわけ・・・あるかもしれない)
なにしろ此所は中立なのだから。

(・・・キラ、なのか?)

キラ。
キラ・ヤマト。
もう3年近く音信不通になっている、アスランの幼馴染み。
茶色の髪―――それ自体は珍しくないが・・・
緑色の小さな物体が"キラ"と思わしき人物の周りを飛び回っているのを確認して、確信を持つ。

「―――――キラ!」
次の瞬間には、気がつけば叫んでいた。



*************



「アスラン?」
一体どうしたんですか、とあっけに取られているニコルに構っている余裕はなかった。
こちらに気がつかないキラに焦れて、もう一度叫ぶ。
早くしないと、見失ってしまう。
「キラ!」
その声に、反応したのはキラではなく緑色の小さな物体だった。
くるくると旋回しながら、こちらに向かってくる。
キラが作りたいと言っていた、緑色の鳥形マイクロユニット。
『トリィ』
その鳴き声につられるように、キラがこちらを向いた。
「あ、トリィ!どこ行くんだよ。―――トリィ?」
どこに、とトリィを追っていた視線が下がって、アスラン達に向けられる。
ハッキリと目があって、アスランは息を飲んだ。
キラの方は、ぽかんとした表情のまま固まっている。
「―――き、」
「え?わ、わあっ」
キラ、と声を掛けようとしたが、ニコルの驚いたような声に遮られた。
「ニコル?」
突然の事でうっかり彼の存在を失念していた。
どうしたんだ、とニコルの方を向いてぎょっとなる。
「に、ニコルっ!」
「わ、い、痛たたっ・・・こらっ」
飛んできたトリィがニコルの頭に留まろうとしたらしい。
が、彼の髪は柔らかな猫っ毛の癖毛である。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です。大丈夫ですけど・・・」
足が髪に絡まった状態のまま、自由になろうと暴れるトリィ。
そうして暴れれば暴れるほど、どんどん絡まっていく。
「い、いた、痛いです〜!」
SOSを訴えるニコルを救済するべく、トリィを捕まえるが複雑に絡み合った髪は中々解けない。
「ニコル、もうちょっと屈めないのか」
「いた!痛いですってば。そんなに引っ張らないで下さいよ」
「仕方がないだろう!少し我慢してくれ」
向こうにキラが居るのに、と気持ちが焦る。
いっそ髪を切ってしまおうかと無情な事を考えていると、慌てた様子のキラが走り寄ってくるのが視界に入った。

「―――すみません、ごめんなさいっ。ああもうトリィってば」

ひらりと車道と歩道を隔てたフェンスを跳び越え、傍にきたキラもトリィを捕まえにかかる。
「キラ、車道を横切りるな。危ないだろう!」
「そんな事いいから!僕がトリィを押さえてる間に早くとってよ!」
横断歩道もない道を突っ切ってきたキラを思わず叱りつけるが、キラは全く聞く耳を持たない。
「どうでも良くない!どうしてお前はそうなんだ!!」
「非常事態なんだから仕方ないだろ。ホントにそうゆう所、融通が利かないよね!」
キラとアスラン。実に3年ぶりの再開―――の筈なのだが、何故か言い合いに発展していた。
言い争いながらも、二人はトリィの足に絡まった、ニコルの髪を丁寧に解いていく。
頭上で二人の言い争いを聞かされる羽目になったニコルは、突然の展開に目を丸くしながらも、極力二人の作業の邪魔にならないよう、ただひたすら固まっていたのだった。



「―――取れた!」
ほっとしたようなキラの声が響いて、ニコルの頭部から違和感が消えた。
「本当にごめんなさい。大丈夫だった?」
ゆっくりと固まった体を解すように身を起こしたニコルに、キラが声をかける。
「――ああ、ええ。大丈夫です。ちょっと驚きましたけど・・・」
「すまなかったな。後で何か奢るよ」
「え、ええ。それは嬉しいですけど・・・」
アスランからも声をかけられたニコルは、困った顔で首を傾げた。
「所で、お二人はお知り合いですか?」
尋ねた瞬間、そろって「あ」とゆう表情になった二人を、面白いなぁと人事のように思うニコルだった。

ニコルに言われ、今更ながらに思い出す。
そう、キラ、だ。
目の前の『彼』が『キラ』であることは間違いない。
とゆうか、今更間違えようがない。
「何でアスランがいるの!?」
アスランが口を開く前に、キラが口を開いた。
「それはこっちの台詞だ」
キラはプラントに来るものだと思っていたのに、いつまで待っても来なかった。
そのうち世界情勢が思わしくなくなり、流石に諦めていたのだ。
まさか、こんな場所に居るなんて。
「だって僕は此所に住んでるんだよ。ってか、アスランこそプラントに居るはずじゃ――…」
続く言葉は、キラを呼ぶ声でかき消された。
「キラー!!何やってんだよー!早くしないと追いてくぞ――!!」
「あ、――うん!!」
エレカ乗り場から叫んでいるのは、キラと一緒にいた数人の学生達だった。
「アスラン、ちょっとごめん。直ぐ戻るから待っててくれる?」
「ああ」
「待っててね」
約束、とでも言うように、トリィをアスランに手渡して、キラは友人達の元へと走っていく。
「今の方、ご友人ですか?」
それを見送っていると、ニコルが尋ねてきた。
考えてみれば、ニコルはキラの事など何も知らないのだ。
今更だが、さぞかし困惑しているだろう、と申し訳なく思う。
「ああ、何だか悪かったな。月に住んでいた時の、友人なんだ」
「月の?ああ、そういえばアスランは月にいたんでしたよね。彼とは今まで?」
「月で別れたっきりだ」
「それは良かったですね。仲、良かったんでしょう?」
どうして分かるんだと不思議そうな顔をしていたらしい、ニコルはくすりと笑って教えてくれる。
「だってアスランがあんな砕けたしゃべり方しているの、滅多に見ませんから」
それに凄く嬉しそうな顔してますよ、と付け足された。
「そうか・・・?」
「そうですよ」
何故だか居心地が悪くなって、手に留まっているトリィに視線を向ける。
ちょこちょこと飛び跳ね、首を傾げる仕草は3年前、自分が作った当時のままだ。
トリィはキラの性格を考えれば驚くほど綺麗な状態で、それに連れて歩いていてくれていた事を考えると、大切にしてくれていたのだろう。
その事がとても嬉しい。



「知り合い?」
「うん、ずっと会ってなかったんだけど、偶然ね」
道の向こう側ではキラとその友人達が話をしていて、学生特有の明るい声がこちらまで届いた。
「ごめん、僕、今日はパスしていいかな」
「えー、続きどうすんだよ」
「僕抜きで進めててよ。一日くらいいいだろ?」
友人から非難の声を浴びているキラは両手を合わせて頭を下げている。
「お前が居なきゃろくに進まねぇじゃん。それに教授に頼まれたプログラム解析、どうすんだよ。きっとまた次の用意して待ってるぜ〜!」
「あれはまだかかるし、大体教授はなんでもかんでも僕に押しつけすぎだと思わない?」
「そりゃそうだけど。でもキラだって好きでやってるんだろ」
「でもさ、ここの所、渡される量が半端じゃないしさ。少しくらいサボっても・・・」
「まぁまぁ、キラもトールも。一日くらい、良いじゃない。たまにはね」
キラ達が話している会話は、なんてことのない。学生の日常の一部だ。
軍人になってしまったアスランにはもう味わうことの出来ない日常の一部。

暫くして、話が纏まったらしい。
エレカに乗って行ってしまった友人達を見送ったキラが、こちらに戻ってくる。
「ごめんね、待たせて」
屈託のない笑顔を見せるキラを、眩しい物を見る目でアスランは見つめた。
3年前までは、当たり前のように毎日見ていたキラの笑顔。
「改めて、久しぶり、アスラン」
「・・・・・・ああ、久しぶりだ」
何故だか無性に泣きたくなった。



その後、互いに時間があるのを確認し、気を利かせたニコルが一人先にホテルに戻ろうとするのをキラと二人で引き留めて、近くのカフェに入った。
キラ達一家は、アスランがプラントへ帰った後、暫くしてヘリオポリスに移ったのだそうだ。
「父さん達、プラントに移住も考えたらしいんだけど・・・やっぱり今の情勢じゃ難しいって。僕だけ一人で何のツテも無いのに、プラント行くって訳にもいかないだろ?」
「そうか・・・まぁ、小父さん達の事を考えれば・・・中立国が妥当だろうな」
キラの両親はナチュラルで、キラはコーディネーター。
自ずと行く場所は限られてくる。
だが、キラだけでも自分を頼ってプラントに来てくれれば良かったのに――
そうは思うが、キラが両親と離れて暮らすなどどゆうことも考えにくい。
「アスランは?どうしてヘリオポリスに?」
モルテンゲーテに視察に来たのだ、と掻い摘んで説明すると、キラはぱちぱちと目を瞬いた。
アスランが既に社会人として(本当は軍人なのだが、職業軍人なので間違いではないだろう)働いていることにも驚いているようだったが、「モルテンゲーテに視察に来た」事に反応したようだ。
「モルテンゲーテ?って、もしかしてカトー教授の所?」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も。僕カトー教授のラボで研究させて貰ってるんだ。視察でお客が来るってのは聞いてたけど・・・アスラン達の事だったんだね」
「そうなのか!?」
流石に驚いて確認すると、キラが言っているカトーとアスラン達が先ほどまで一緒にいたカトーは確かに同一人物らしかった。
「うん。凄い偶然だねぇ。驚いちゃったよ」
本当に驚いているのかいないのか、キラはにこにこと笑いながら、手元のカフェオレを口に運んでいる。
ガムシロップを2個も入れていたから、甘党なのは相変わらずだ。
「じゃあ、ひょっとしてキラさんはモルテンゲーテのラボに行く途中だったんじゃないんですか?」
ニコルの言葉ではっとする。
キラと再開した喜びが強くて忘れていたが―――先ほどキラは友人達とどんな話をしていた?
「そうだな。抜けてきて大丈夫なのか?」
「平気。基本的に講義の合間にやってるから、一日くらい大丈夫」
キラ相手に誘導尋問は容易い筈だ。
キラは嘘を吐くのが下手だし、キラの本音を引き出すのはアスランの得意技だった。
ちらりとニコルに視線を送ると、了解の意が返される。
「でも、何だか頼まれ事してるんじゃないのか?」
「うん?ああ、でも教授の個人的な事だし。何時も頼まれてるから、少しくらいへーきだよ」
本当はキラ相手に、こんな事などしたくない。
だが、自分たちは任務で此所に赴いている。
「でもキラは昔から溜め込むから。本当に終わらせられるのか?」
「大丈夫だって。プログラム解析なら得意だし。アスランだって知ってるだろ?」
恐らくキラは、アスラン達が知りたい情報の鍵を握っている。
確たる証拠はないが―――勘、だった。

キラがラボで行っている研究の内容や、カトーに頼まれているプログラム解析のことなど、怪しまれない範囲で聞き出すことが出来た。
アスラン達はまだ暫くヘリオポリスに滞在する。
モルテンゲーテで、また会えると知ったキラはとても嬉しそうだった。
「ね、夕食、良かったら家で食べない?母さんも喜ぶだろうし。良ければニコルさんも」
本当なら他の諜報員との打ち合わせを兼ねた夕食の約束があったのだが・・・
キラの誘いを了承したのは、キラに対する罪悪感からだったのかもしれない。
「母さん驚くね、アスランが来るってしったら。でも、きっと張り切ってロールキャベツ作ってくれるよ」
「ロールキャベツ?」
「うん。アスランが来るときは何時もロールキャベツだったじゃない」
昔の記憶をたぐり寄せて、そういえばそうだったと思い出す。
アスランはキラの母親が作る、あの味が好きだった。
「小母さんのキャベツで作ったロールキャベツが最初だったよね。――アスランの小母さんは元気?」
「え、あ、……ああ。―――元気だよ」
答えた瞬間、ニコルがなにか言いたげな表情をしていたが、視線でそれを制す。
キラはそれに気がつかず「そっか」と嬉しそうに呟いた。



パソコンを開いたキラが、母親宛にメールを送信する。
暫くして、直ぐに返事が返ってきた。メールではなく、携帯電話に、だが。
「わわ。カフェの中だからメールにしたのに、母さんってば」
ちょっとごめん、とキラが席を立つ。
「キラ!ちょっとパソコンを借りてもいいか?」
去り際に尋ねると「うん、いいよ」と軽い返事が返ってきた。

キラが店を出たのを確認して、ニコルと頷きあう。
「今がチャンス、だな」
アスランの知るキラは、マメにバックアップを取る事をしなかった。
解析途中のデータなら、パソコンに残したままの可能性が高い。
データにロックがかかっている可能性もあったが―――
「キラは変な所でズボラだったからな。外部からの侵入なんかには万全のセキュリティがしてあると思うが・・・」
ざっとデータを洗っていく。
やはりネットワーク関係のプログラムは強固なセキュリティが施してある。
「ほら、やっぱりな」
が、アスランの思った通り、作成途中と思われるデータや授業のノートなどは無造作に保存されていた。
「さっきキラがパソコンを起動する所を見たが、このパソコン自体のロックは起動時だけだな。あいつ以外、このパソコンを起動できないようにしてあるんだ」
「へぇ。凄いですね」
「パソコンを展開したまま席を外してくれて助かったよ」
普段からこんな感じなのだろう。
隙があるとゆうか、ガードが甘いとゆうか。
でも、それが当たり前だ。
キラは一般人なのだから―――



「アスラン・・・」
ニコルが息を飲む。
教授用、と書かれたファイルにそれはあった。
「これは・・・」
一見、なんの面白みもないデータの山にみえるそれ。
分かる者が見れば、一つ一つに意味は見いだせなくても、それらを合わせればそれが何なのかが自ずと分かってしまう。
―――分かってしまった。
「やはり・・・オーブで・・・」
アスランは瞠目した。
よりにもよって、キラが、それに関わっていたなんて。

疑念が、確信に変わった瞬間だった。
written by 駝鳥の一人旅:若桜有実様

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UpData 2006/11/18
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