キラちゃんBirthdayのフリーSSを戴きました♪


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Metaphysics
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あと七分だった。
さすがに限界らしく、あくびが一つ。
アスランは読んでいた手元の本を閉じると、椅子の背もたれに寄りかかったまま大きく身体を伸ばす。
(おもしろくなかったな……)
今度の課題の手助けになればと思い図書館から借りてきたこの本は、残念ながらあまり興味をそそる内容ではなく、読んでいるだけで眠くなるような効果を持つ相性の悪い本だった。
それでも最後まで読みきってしまったのは、あきらめることが嫌いな底の性質が出たものか、それともただ単に他にやることがなかったからか。
後者だな、と思いつつアスランは背後を振り返る。
「キラ」
その呼びかけに、予想通り返事はない。
床に寝そべったまま微動だにしないキラを見て、アスランは眉根を寄せた。
湧き上がる腹立ちは、今日は十二時まで一緒に起きてようね、とさんざん騒いでおきながら先に寝てしまったキラに対するものか、それともキラが寝てしまったことに気づけなかった自分の浅慮へか。
これは前者、と確信してアスランは立ち上がる。
「キーラ、もうすぐ時間だぞ」
すれ違いざま、キラの腰を蹴飛ばして、アスランはキラの周りに散らばったお菓子の袋や開かれたままの雑誌を片付け始める。
何度言ってもキラのやりっぱなしな性格は直らない。
こうして先に片付けてしまう自分も悪いのだろうが、アスランにはこの惨状を放置したまま一日を終わらせることなんて出来ないのだ。
「……いったぁ……」
蹴り飛ばした衝撃で、キラが眠りの泉から浮かび上がってくる。
アスランはそれに見向きもせず、片付けを続けた。
「いま、なんじ……アスラン……」
「時計見ろよ」
「……もう十二時すぎちゃった!?」
突然キラが大声を上げて跳ね起きる。
そして飛びつくようにして時計を確認すると、キラから安堵の息がもれた。
「良かった……あと五分だって、アスラン!」
「だから起こしたんだよ」
言われるまでもない。
いつのまにこんなにお菓子を食べていたんだ……とあきれつつ、アスランは菓子がついて汚れた手を洗いにキラから離れる。
そしてしばらくしてから戻ると、キラはアスランのベッドの上でころころと上機嫌に転がっていた。
「もうすぐアスラン、もうすぐ!
あと三分だよ!」
「そこ、誰のベッドだか分かってる?」
「床で寝ると身体が痛くなっちゃうね。やっぱり寝るならベッドだねー」
「……ああそう……」
どうでもいいと言わんばかりの態度で、アスランは自分の机の上も片付ける。
こちらはキラの惨状とは違い、読んでいた本を鞄に詰めるだけで終了だ。
借りたばかりだが、明日、図書館に返そう。
「アスランアスラン、ここ座ってよ」
起き上がったキラが、ベッドの上をぽんぽん叩く。
どうしてこの子はこんなに身勝手なんだろう。
アスランは嫌味でもなんでもなく、そう実感する。
「我が物顔で振る舞ってるみたいですけど、そこ一応、俺のベッドだから」
「ねえ明日さ、お昼いっしょに食べるよね?」
「……なにを今更」
一緒に食べない日なんて殆どないじゃないか。
ベッドに腰掛けながらそう言うと、にじり寄ってきたキラが名案を思いついたかのような仕草で手を叩いた。
「あのね僕、明日、アスランにお昼ごちそうしてあげる」
「え、なんで?」
「オムライス、ごちそうしてあげるね」
突然なにを言い出すんだろう。
アスランはにっこり笑っているキラを見つめ返す。
どうして明日なのか、どうしてオムライスなのかが分からない。
だってそもそも明日は。
「おまえ、誕生日だろ?」
「うん!」
あと二分だー、とはしゃぐキラは、アスランが感じている矛盾に気づいた様子もない。
普通、祝われる側は、祝う側になにかをおごったりしないと思うのだが。
「……誕生日なんだから、キラは、なにかをする必要はないと思うけど」
大人しく受動でいればいいのに。
するとキラはぷるぷると首を横に振った。
「違うよアスラン、誕生日ってことは、明日になれば、僕のほうがアスランよりお兄さんになるんだよ?」
「ああ、まあ……」
その振る舞いでお兄さんもなにもないだろうと思いながら、それは口にせずアスランは肯定する。
「だからさ、僕がおにーさんになったお祝いに、僕がアスランにお昼ごちそうするの」
「……」
「お兄さんなんだから、いつもお世話になってる年下の人にお礼するの、当たり前じゃない?」
「……ふーん……」
そういうことか、とアスランはしたくもないが納得する。
どこの誰に吹き込まれたものだか知らないが、誕生日間近にまた妙な知恵をつけたものだ。
キラは素直でまっすぐな分、応用力に欠けるというのに。
なんでもかんでも鵜呑みにしてしまうというのに。
「でもキラ、そういう気持ちを持つことは大事だけど、なにも自分の誕生日にそれを実践することはないと思うよ」
「やだ!」
人の話を聞かないキラは、アスランに対して即答することが多い。
一度決めたら曲げない強情さ。それが子供の証なのだと言うわけにもいかず、アスランは押し黙る。
これ以上キラの考えを否定すると、口論になりかねない。
キラとの諍いに勝つ自信はあるが、キラの誕生日が目前に迫った今、それをするのは得策ではないだろう。
(お兄さんになるっていうんなら、たまには引くことも覚えてくれればいいのに)
あと一分を切ったらしく、カウントダウンを一人で始めているキラの声を聞きながら、アスランは淡くため息をつく。
「……ところで、なんでオムライスなんだ?」
おごってくれるにしては、品名がすでに決められている点が気になる。
値段との関係だろうか?
だけど学校の食堂には、オムライスより高いものも安いものもたくさんあるというのに。
「だってアスラン、オムライス好きでしょ」
時計の秒針をじっと見つめながら、キラが当たり前のように返してくる。
初耳だ。アスランは驚いてキラの横顔を凝視した。
「……それ、根拠なに?」
「んー、だっていつも服が……」
服?
と問い返そうとしたその時、キラがぱっと満面の笑みを浮かべてアスランを振り返った。
「じゅうにじ!」
「え」
「アスラン!」
時計を放り出したキラが、そのまま弾丸の勢いでアスランに飛びついてくる。
キラの重み。
慣れているとは言え、やはり突然の衝撃には怒りもにじみ出るというものだ。
「キラ……いきなり抱きつくなっていつも言ってるだろっ……」
「アスランアスラン、僕、誕生日だよ!」
「……ああ、おめでとう」
祝いの言葉をねだられて、アスランは苦笑を漏らす。
キラのこういった厚顔なところすら嫌いになれない自分は、手の施しようがない。
「お兄さんになったんだから、俺が秋に追いつくまでは、大人しくしていてください」
まぁ無理だろうけど。付け加えると、キラがむーっと頬をまるくした。
「ちゃんとお兄さんぽくするもん!
アスランがびっくりしちゃうくらいお兄さんするよ!」
「へえ、それは楽しみ」
茶化したアスランのその言い方が気に食わなかったのか、キラがもがくように暴れる。
だがしばらくするとキラは動きを止め、ぎゅっとアスランにしがみついた。
「キラ?」
「一番に」
アスランの肩に顔を押し付けているせいで、キラの声はくぐもってよく聞こえない。
もう一度、とアスランがキラの身体を軽く揺すると、キラは少しだけ顔を上げた。
「……アスランにおめでとうって言ってもらえて、うれしかった」
一番に言ってほしかったからこんな時間まで起きてたかったんだ、というキラは、照れているのか顔が真っ赤だ。
感情を隠しておけないキラの反応に、アスランは小さく笑う。
ああまったく、素直でまっすぐなキラ。
「今日は一緒に寝ようか、キラ」
えっ、とキラが目を見開く。
なんだかんだでいつも一緒に寝ているが、それはキラがアスランのベッドに押しかけるからであって、アスランから誘うことはとても稀なのだ。
「いいの?」
「たまにはね」
そう言うとキラは心底嬉しそうに破顔し、さらにアスランに抱きついた。
「誕生日おめでとう、キラ」
心を込めて再度言うと、キラからはありがとうと返事をされる。
あまり先のことは考えないようにしているけれど。
来年も一番におめでとうを言える距離にいられたら、とアスランは思う。
そして願わくば、キラもそう思っていてくれることを。

written by :vogue/水沢明緒様

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UpData 2007/04/09
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