贔屓サイト様による「三万ヒット感謝の気持ち」のFREE小説。
幼年時代のエープリルフール話。騙されるキラちゃんにそれを慰めるアスランの図。
ホノボノっぽいですがチョット悲しい、しんみりとしたお話。




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優しい嘘
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ひらひらと舞い散る桜の花びら。
思い出すのは、いつもたった一人。
交わした拙い約束も、今は遠く、花霞の向こう。



「え?何だって?」

たったいま友人の口から飛び出した発言に、アスランはつい聞き返していた。

授業も終わってキラと一緒に帰ろうとしていたアスランは先生に呼び止められた。
ほんの少し職員室に行っていただけなのだが、その間に自分を待っていたはずのキラが姿を消してしまった。
近くにいた友人に訊ねたところ返ってきた答えは、少なからず彼を動揺させる。

「だ〜か〜ら〜。キラがさ、俺の言った嘘信じちゃったみたいで・・・ほら、今日ってエープリルフールだろ?ちょっとからかってやろうと思っただけなんだけどさぁ・・・」

ぽりぽりと頭を掻きながら、バツが悪そうに説明する。

「『アスランが引っ越すって知ってたか?』って。そしたらアイツ走ってっちゃってさ」

すぐに「嘘だ」と笑って教えるつもりだった。
だがそれよりも早く、キラは大きな瞳を驚愕に見開くと、止める間もなく走って行ってしまったのだと言う。

「何だって・・・そんな、嘘を・・」
「だから、ちょっとからかおうと思っただけなんだってっ!俺からも後で謝るけどさ、なるべく早く誤解を解いたほうがいいだろ?お前から嘘だったって言っといてくれよ。な?頼む!」

両手を合わせた状態で拝まれてしまっては嫌とも言えず、第一キラに関することならアスランが一番上手く立ち回れるのも事実で。
結果、アスランはキラの家へと向かう事になった。



キラは部屋に入るなりベッドに飛び込むと、頭からすっぽりと毛布を被った。
つい先程聞いたばかりの言葉がグルグルと頭の中を回り続けている。

『アスランの奴が引っ越すって知ってたか?』
『え?』
『何だ、知らないのか?アイツ、プラントに引っ越すらしいぜ』
『うそ・・・だって僕なにも聞いてないよ?引っ越すなんて、そんなこと・・・』
『あ〜・・・そっか、わりぃ。てっきりキラはもう知ってるとばかり思ってたんだけどな。アイツ言ってなかったのか』
『ほんとに?ほんとのほんとに・・・アスラン、引っ越しちゃうの?』
『あ、あぁ・・・・・・な〜んて実は・・・って、おい!キラ!?』

後ろからなにか叫ぶような声が聞こえてきた気もしたけれど、すっかりパニックになったキラには振り返る余裕もなく、アスランを待っていたことも忘れて走って帰ってきてしまった。


「嘘だ・・・そんなの。アスランが、いなくなるなんて・・・」

呟く声が震えている。
言葉にすると一気に現実味を帯びてきて、キラはギュッと体を丸めると必死に言葉を頭の隅に追い遣ろうとする。
しかし考えないようにしようとすればするほど、「アスランがいなくなる」という事実が怖いくらいに頭の中を駆け巡っていく。

「うっ・・・ひっく・・・」

いつしか涙が溢れてきて、キラは毛布の中で泣き続けた。
そんな時、コンコンというノックの音が聞こえ、心配した母親がキラの様子を見に部屋の中へと入ってきた。

「キラ、どうしたの?どこか痛いの?」

毛布越しに掛けられた言葉に、キラは黙って首を振る。
確かに、痛い。
でもこれはお腹や頭の痛みじゃない。
心臓をギュッと鷲掴みにされたような、そんな痛さ。
「アスランがいなくなる」。
その事実に耐え切れなくて、バラバラになりそうな心の痛みだ。

「キラ・・・?」

もう一度声が掛けられた時、来客を告げるチャイムの音が聞こえた。
母親は一度だけ心配そうに振り返ると階下へと下りて行く。
がちゃりと玄関の扉を開く音。

「あら、アスラン君」
「こんにちは。あの・・・キラはいますか?」

下から聞こえてきたアスランの声に、キラの心臓がチクリと痛んだ。
大好きだった穏やかなあの声も、もう二度と聞くことが出来なくなるのだ。

「キラならお部屋にいるんだけど・・・帰ってくるなり閉じ篭っちゃって。学校で何かあったのかしら?」
「えっと・・・ちょっと、色々と。あの、お邪魔していいですか?」
「ええ、どうぞ」

パタパタと足音が聞こえ、それは次第にキラの部屋へと近付いてくる。
続いてコンコンと控えめなノックの音が。

「キラ?入るよ?」

キラから返事はなかったが、扉を開けて中に入る。
少し散らかった部屋の中、真っ先に視線をやったベッドには薄茶色の毛布の塊が。
アスランはひとつ溜息を付くと毛布の中のキラに声を掛けた。

「キラ、ケインから話し聞いたんだけど」
「アスラン・・・引っ越すんだってね?」

返ってきた声は少し擦れていて、キラが泣いていたんだと思うとアスランの胸はチクリと痛む。
だから。

「嘘だよ、そんなの」

出来るだけ明るい声で言ったつもりだったし、実際キラは驚いて毛布から顔を出してきた。

「・・・嘘?」
「そっ、嘘。当たり前だろ?こんな事くらいで泣いているようなキラを放って引っ越すなんて出来ないって」
「で、でもでも!・・・本当に?」
「キラ、今日エープリルフールだって気付いてないだろ?」
「あ・・・」

言われた瞬間に思い出したのか、キラは呆けたように口を開くと次にぷぅっと頬を膨らませた。
その様子があまりにもおかしくて、アスランはつい笑ってしまう。

「ヒ、ヒドイよ!そんなタチの悪い嘘つくなんてっ!」
「嘘をついたのはケインで俺じゃないだろ?」
「だって・・・だって、僕ほんとに信じちゃったんだからね!すごく悲しかったんだからっ!」

顔を真っ赤にしてキラは怒り続けている。
元気になったキラに安堵しつつ、けれどアスランの胸はひどくざわついていた。



引っ越すのは、本当。
まだクラスの誰にも言っていない事だったが、アスランは来週プラントに引っ越す事になっていた。
まだ、キラにも言っていない。
言えるはずがない。
引越しはもう一ヶ月も前から決まっていて、伝える機会は何度もあった。
それでもキラの笑顔を見るたびに、明るい声を聞くたびに、アスランは本当のことを言えずにいた。
こんなふうに泣く姿を見てしまったら尚のこと、「プラントに引っ越す」の一言が言い出せず、キラと離れなければならないという事実だけがアスランに重く圧し掛かっていた。


「本当にアスラン引っ越したりしないんだね?」
「うん」
「よかった!じゃあ約束どおりお花見に行けるんだねっ」

ここ最近の暖かさで膨らみはじめた桜の蕾は、あと数日もすれば満開の花を咲かせる事だろう。
桜が咲いたら二人で花を見に行こうと、まだ年も明けないうちから約束していた。

「母さんがお弁当作ってくれるって」
「ほんと?楽しみだな。おばさんの料理大好きなんだ」

キラの心はすっかりお花見の事でいっぱいになっているようで、アスランの微かに震える声にも気付かない。


――― お花見は・・・無理そうだな。
キラが楽しみにしているのは知っていたから、出来ることなら叶えてあげたかったけど。
もしかしたら、その時が別れの瞬間になるかもしれない。

「ね、アスランはお弁当のおかず何がいい?」

母さんに伝えておくから、と楽しそうに笑って言う姿に。

「もちろん、ロールキャベツ」

アスランも同じように笑顔で答えた。
チクチクと、胸に突き刺さるような痛みが消えることはなかったけれど。


「アスラン」
「ん?」

自分を見る大きな紫の瞳を、出来るだけ記憶に焼き付けておこうと思った。

「僕たち、これからもずっと一緒だよっ」

別れの日が訪れることなど知らない、無垢な笑顔に。

「うん。ずっと一緒だよ、キラ」

泣き出したいのを、堪えて。


優しい嘘をついた。


written by モノクロの世界:秋津るの様

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UpData 2005/06/21
by(c)RakkoSEED