静かな室内にカチャカチャと機械をいじる音が響く。
「ん・・・・しょっ、と・・・」
キラは慎重に工具を動かし回路を繋いでいく。
あとひとつ、ここさえ終われば完成だ。ここさえ・・・。
室内には空調がきいているにも拘らず、キラの額には薄っすらと汗が滲んでいる。
カチャリ、と音がして最後の回路が繋がるとキラはホッと息を吐いた。
「で・・・出来た!」
完成したマイクロユニットを掲げ持ち、誇らしげに声を上げる。
課題として出されたマイクロユニット製作はキラが最も苦手としているもの。
提出期限はかなり多めに取られているのだが、それでもキラには足りないくらいで。
はじめのうちこそ何を作ろうかと真剣に考えていたものの、日が経つにつれ興味は失せて結局期限を過ぎてしまった。
学校の廊下で呼び止められたキラは、「これ以上はもう待てないぞ」と言う教師を拝み倒して何とか期限を延ばしてもらった。
なにせマイクロユニットに限ってキラは単位がギリギリなのだ。
「じゃあ、あと三日で」というありがたいお言葉を貰ったは良いが、その後の三日間はまさに修羅場だった。
なにせただでさえ苦手なマイクロユニットをたった三日で仕上げなければならないのだ。
他の教科の授業中にも隠れて作業し、家に帰ってからは大好きなゲームも我慢して、期限ギリギリの今日になってようやく完成にこぎ付けた。
キラは出来上がったマイクロユニットを繁々と眺める。
自分一人で作ったにしてはなかなかの出来だ。これなら先生も納得してくれるに違いない。
「そうだっ、アスランに報告しよう!」
浮かれた気持ちのままそう思い。
「あ・・・」
途端に気持ちがしぼんでしまう。
だって。
アスランはもう、いないから。
アスランがプラントに引っ越してから二週間が過ぎていた。
最初のうちは途惑っていたキラも、日が経つにつれ少しずつ彼の気配がないことに慣れてきた。
それでも。
課題が出された時に「ちゃんとやってるか?」と聞いてくる人がいない事がなんだか不思議で。
ゲームをやる時に「どうせ負けるくせに」と挑発的な言葉を投げ掛けてくる人がいない事が不思議で。
課題を終えた時「だから言っただろ、キラはやれば出来るんだって」と褒めてくれる人がいないのが不思議で。
「アスラン・・・」
ふとした瞬間に感じる喪失感が嫌でもキラに思い知らせる。
アスランはもういないんだ、と。
いつまで経っても彼の不存在に慣れない自分を情けなく思う反面、キラの心はすっかり沈んでしまっていた。
せっかく作ったマイクロユニットも何だかただのガラクタに見えた。
ピー、ピー。
そんな時、突然耳に届いた通信音。キラはのろのろと顔を上げる。
先生からかな。
早く課題を持って来いって?
そんなふうに考えながら開いた回線の向こうには―――。
『キラ!・・・良かった、やっと繋がった!』
「ア・・・アスラン?」
安堵の表情を浮かべる親友の顔。
離れてからたったの二週間しか経っていないのに、久しぶりに見るアスランの顔はなんだか懐かしく思えた。
『良かった。こっちに来てからずっと通信が使えなくて・・・なんか、設定を変えないと駄目だったみたいだ。もっと早く連絡入れようと思っていたんだけど今日やっと・・・・、キラ?』
ようやく繋がった回線に安心し、捲くし立てるように話していたアスランがふと言葉を切る。
画面いっぱいに映し出されている親友の瞳が潤むのを見て彼は慌てた。
『キラ?どうしたんだ?』
「ふ・・・ぇ、アスラン・・・、アスランッ」
会いたいよ。
やっぱり僕は君がいないと駄目みたいだ。
父さんとか母さんとか、あんまり周りの人が心配するから平気な振りをしてたけど、やっぱりアスランがいないのは寂しい。
「・・・っく、アスラン・・・」
『・・・キラァ』
アスランは困ったようにキラの名を呼ぶ。
目の前で泣かれても、今の自分はキラの頭を撫でてやることも、抱きしめてやることも出来ない。
そんな距離がもどかしかった。
この二週間、アスランも同じように奇妙な喪失感に悩まされていた。
キラがいない。
ただそれだけの事なのに落ち着かない。
もう一生会えなくなった訳じゃない。
分かっていても、いつもすぐ隣にいた存在がいない事に不安になった。
プラントには友達なんて一人もいないし、両親は仕事が忙しくて相手をしてくれない。
独りきりになったときふと思うのだ。
ここにキラがいたならと。
そう考えたら俄然声が聞きたくなって、しかし通信をしてみても画面に出るのは砂嵐だけ。
設定を変えなければ使えないという事に気付いたのはいいが、あれこれやってみても一向に繋がらなくて。
あちこちの店を渡り歩いて必要なものを買い集め、部屋にこもって必至に直した。
このまま通信が繋がらなければキラは自分の事なんか忘れてしまうかもしれない。
そう思ったら尚のこと焦ってしまい、アスランはひたすら修理をし続けた。
そしてようやく繋がった画面の向こうにはまだ泣いているキラの姿。
良かった、忘れられてなかった。
それはとても嬉しい事のはずなのに、伸ばしても届かぬ手に逆に埋まることのない距離を実感させられて、何だかアスランまで泣きたい気持ちになってきた。
『キラ。泣くなよ・・・』
「だって、だって・・・、ふぇ・・・」
声を聞けたのは嬉しいけれど、これではまともに話す事も出来ない。
どうしたものかと考えた時、ふとキラの手に握られたままの工具に目をとめた。
『キラ?何か作ってたのか?』
キラが工具を手にするなんてマイクロユニットの課題でもない限りあり得ない。
そう思って訊ねるとやはりキラは頷いて。
「課題があったんだけど・・・僕、期限までに出来なくて」
『はぁ!?お前また』
「あ・・・でもでも!期限延ばしてもらったんだ。ちゃんと出来たよっ、今日!たった今!」
途端に怒り出しそうな親友の言葉を遮って、キラは作ったばかりのマイクロユニットを画面に映してみせた。
映し出された物体をアスランはじっくりと眺める。
トリィには遠く及ばないが、それでもキラ一人で作ったにしては上出来だ。
『すごいじゃないか、キラ。だからいつも言ってただろ?キラは出来るのにやろうとしないだけだって』
「えへへ・・・」
滅多に聞けない賛辞の言葉にキラは照れ笑いを浮かべる。
ほらね、アスランに褒められるとこんなに嬉しい。
課題の出来をアスランに褒めてもらえるのって、先生に褒められるよりずっと貴重なことなんだよ?
アスランはすっごく厳しいから。
『キラ、ちょっと動かしてみて』
キラの事だからどうせまだ動作確認なんてしてないんだろ?と言われ、そういえばそうだったと思い出す。
やっぱりアスランには敵わないや、と小さく笑ってからスイッチを入れる。
「ちょっと待って・・・よしっと。いくよ?」
床に置いて手を離せば、四足歩行のマイクロユニットがちょこちょこと走り出し・・・。
十センチも進まないうちに止まった。
「・・・あ、あれ?」
『・・・・・・キーラー?』
「ち、違うよ!ちゃんと作ったんだから!おかしいな・・・どこが間違ってるんだろう?」
画面の向こうから聞こえる呆れたような声にキラは慌てて図面をチェックする。
「えっと・・・えっと、ここはOKだから・・・じゃあこっちかな?・・・あれ?」
ばたばたとパソコンを立ち上げて図面をチェックするキラの姿に、アスランは大きな溜息を吐いた。
自分がいなくなって少しはしっかりしたかと思えば、これだ。
画面の中、あたふたと慌て動き回る親友に「しょうがないな」と苦笑して。
『キラ。その図面、こっちに送れる?』
「え?」
『どうせ期限って今日までなんだろ?そんな調子じゃ間に合わないぞ。図面チェックしてあげるから、こっちに送って』
ほら早く、と急かせばキラが慌ててメールを立ち上げる。
図面ファイルを添付したメールはすぐに届いて、アスランはそれをチェックしながらどこが悪いのかをキラに指示する。
アスランの助けを借りながら、キラの課題は何とか期限ギリギリに仕上がったのだった。
遙か遠く離れても。
僕らはあいかわらずこんなです。
written by モノクロの世界:秋津るの様