キラちゃんがアスランに小さいけれど、大きなウソを付いてしまいます。
相手を思うが故の、優しくて切ないウソ。
アスランがプラントへ引っ越しをした後のお話。




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逢いたい気持ち、
このソラを越えて君に届け
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『引っ越すことになったんだ』

朝一番に確認したメールに届いていたのはキラからのそんなメッセージ。

「引っ越す?キラが?・・・じゃあ・・・とうとう来るんだ!」

アスランは思わず声を上げた。
とうとうキラが引っ越してくる。自分のいる、このプラントに。
アスランはグッと拳を握り締める。一体どれ程この日がくるのを待ち望んだことか。
プラントに来てから早数ヶ月。新しい学校、新しい友人。
次第にこちらでの生活に慣れてきたアスランだったが、何気ない瞬間ふと思い出すのはいつもキラのことばかり。
ここにキラがいたらどんなにいいだろう、と。

でも、それももうしばらくの辛抱だ。
キラがプラントに来ればまた二人一緒にいることが出来る。
そんな場面を想像してつい頬が緩むのは仕方がないというもの。
アスランはもう一度パソコンの画面に視線を戻す。


「それにしても・・・キラァ、引越しがいつなのかくらい書いておけよな」

届いたメールには具体的な日にちが書かれておらず、これでは宇宙港へ迎えに行こうにも一体いつ行けばいいのかが分からない。
「まったくしょうがないな、キラは」と呟いて、アスランは早速返信メールを書きはじめた。
キーを打つ手の動きが自然と早くなる。早くキラに会いたい。

そうだ、キラが来たらいろんな所に連れて行ってやろう。
ここには木星探査に関する資料が展示されている記念館などキラの好きそうな場所がいっぱいある。
離れていたのはほんの数ヶ月の間だったけど、その分を取り戻すくらい思い切り遊ぼう。
月にいた頃はいつもキラの家に泊めてもらっていたから、今度はキラをうちに泊めてやろう。
アスランの頭には楽しい計画が次から次へと浮かんできて、早くキラが来ないかと今からとても待ち遠しかった。
だから、アスランは考えもしなかった。キラから届いたメールが普段よりとても短かった、その理由を。



キラはパソコンの画面を見つめたまま小さく溜息を吐いた。
そこには今さっきアスランから届いたばかりのメールが表示されている。


『キラへ。
メール届いたよ。引越しが決まったんだね。
ようやくキラに会えるのかと思うと今からその日が楽しみだ。

ところで引越しの日にちが書かれてなかったけど、プラントに来るのはいつになるのかな?
次のメールには必ず書けよ。でないと宇宙港まで迎えに行けないぞ!
それと荷造りはちゃんと手伝うように!おばさんにばかり任せてちゃ駄目だからな。

こっちに来たらいろんな所に案内するよ。キラの好きな木星探査の記念館があるんだ。
ジョージ・グレンが実際に使った宇宙服なんかも展示してあって結構おもしろかった。
くじら石の小型モニュメントを売っていたりして、カフェには「くじら石コース」なんていうランチもあるんだ。
キラなら一日中いても厭きないだろうな。

それじゃ、またメールする。
しつこいようだけど引越しの日にち忘れずに書けよ?
いきなり来て驚かすっていうのは無しだからな。

アスラン』



もう一度文面を読み直してからキラはまた小さく息を吐く。
メールの内容からは、自分がプラントに行く事を心待ちにするアスランの気持ちが伝わってくる。
普段冷静な彼にしては珍しく、書かれた文字が今にも踊り出しそうなほど浮かれた感じだ。

「はぁ・・・」

キラはまた溜息をついた。
どうしよう。アスランは自分がプラントに行くものだと思い込んでいる。
まさか今さら違うなんて言えない。
ちゃんと最初のメールに書いておくべきだったのだ。
「ヘリオポリスに引っ越すことになった」と。
だけど親から聞いたその事実は何よりもキラ自身が受け入れ難いことで、混乱した頭のままで打ったメールは内容をきちんと確認しないまま送信ボタンを押してしまった。
一番重要な部分が抜けていたことに気付いたのはアスランからの返事を見てからだった。

「はぁ・・・。どうしよう・・・」

今さら「プラントには行かないんだ」なんて言ったらアスランはなんて思うだろう。
騙されたと怒るだろうか。いや、怒られるのならまだいい。
でももし返事すらもらえなかったら?
そんなことを考えると尚更事実を打ち明けるのが怖くなり、キラはいけないと分かっていながらもつい調子を合わせた返事を送ってしまったのだった。




『アスランへ。

元気にしてる?
僕は課題が出なかったから思いっきりゲームをしてる。
先週出た新作はもうやった?あれ、中盤からいきなり難しくなるよね。
一晩中やって何とか先に進めたよ。

そうそう。引越しの日にち、書くのを忘れたわけじゃないよ!
まだちゃんとした日にちが決まっていないんだ。いちおう今月中にはするみたいだけど・・・
父さんの仕事次第みたいだ。
決まったらちゃんと連絡します。

そんなんだからまだ全然荷造りなんてしてないんだ。
自分の分くらいはちゃんと自分でするよ!いつまでも子供扱いしないでよね。
いちおう僕のほうが年上なんだから。

それと木星探査の記念館!行ってみたいな、すごく楽しそう。
アスランの案内楽しみにしてるよ。
それじゃあ、またね。

キラ』



「・・・まだ決まってないんだ。でも今月中ってことは月末あたりかな?」

ちょうど連休があるし、とアスランはカレンダーを見ながら呟く。
そうなるとどのみちあと二、三週間だ。
もっともキラのところはおじさんもおばさんも結構のんびりした人だから、引っ越しギリギリまで月に残るつもりなのかもしれない。
ふわふわと穏やかな雰囲気を持った親友の両親の姿を思い出し、アスランは小さく笑みを漏らした。
そんな両親に育てられたキラも二人に輪をかけた様にのんびりしているから、こちらも引っ越し前日あたりまでは日にちを知らせてこないかもしれない。
アスランは指先で小さく画面を叩く。


「新作のゲーム、俺はとっくにクリアしたよ、キラ」


キラに言ったらどんな顔をするだろう。
そんなことを考えるだけで自然と笑みが浮かぶ。
最初のメールが届いたあの日から、アスランの頭の中はキラが来た時のことで一杯だった。
早くキラに会いたい。自分が思っている半分くらいは、キラも自分に会いたいと思っていてくれればいい。
そんなふうに考えて。
机の引き出しをそっと開ける。
その中に大事にしまわれているのは、入手困難と言われている最近出来たばかりのバーチャルシアターのチケット。
普段我が儘など言ったことのないアスランが、初めて両親に無理を言って手に入れてもらったものだ。


「こういうの好きそうだもんな、キラは」


チケットを手にして満足げに呟く。
とりあえず、この事はまだ内緒にしておこう。
楽しみはあとに取っておけばおくほど嬉しさも倍になるのだから。
キラが来るのを待ち望んだ日々と同じに。




『キラ、元気にしてますか?

引越しの日、まだ決まっていないんだって?相変わらずおばさん達はのんびりしてるね。
近くにいれば俺も手伝いに行けるのに。

課題、本当に出てないのか?出ているのを忘れているだけなんじゃないのか?
なんだか心配だなぁ・・・前みたいに通信越しに手伝うなんて事、もうやらないからな。
でも最後はともかく、前回のあれはキラにしては上出来だったよ。
キラはやれば出来るんだから、苦手だからって放り出さないでちゃんとやるように!

そうだ、今度また通信するよ。せっかく直したんだし使わなきゃ勿体無い。
でも磁場の影響で決まった時間にしか繋がらないっていうのは不便だな。
何のための通信なんだか・・・。
それじゃ、また。

P.S.
新作のゲーム、俺は一昨日クリアしたよ。

アスラン』



キラはそっとパソコン画面を撫でた。

「ごめんね、アスラン・・・」

嘘、ついて。
キラはだんだん気が重くなってきた。
アスランはキラがプラントに行くと信じてこんなに喜んでくれている。それなのに自分は・・・。
いっそ本当のことを打ち明けてちゃんと謝ろうか。
そうすればこのモヤモヤした気持ちも晴れるに違いない。
謝って本当のことを言って、落ち着いたらまたメールを送るよって、ヘリオポリスに遊びに来てって言えばいい。
こんな気持ちのまま引っ越ししたって後悔するだけだ。
キラは緊張した面持ちでキーボードを睨むとメッセージを書きはじめた。
部屋の中にはキーを打つ音が静かに響く。

正直に謝って、素直な気持ちを伝えよう。
僕もアスランに会いたいよ、って。




その日はアスランからの返事はなく、やっぱり嫌われちゃったんだとキラは激しく後悔した。
だが次の日、いきなり繋がった通信で頭ごなしに怒鳴られた。
メールで怒っても効果はないからと、わざわざ通信の繋がる日を選んでお説教をするのがいかにもアスランらしい。
そんなことを思って笑ってしまったらちゃんと反省しろとさらに怒られた。
自分が行くと信じていたアスランは色々と計画を立てていたらしく、通信の向こうで最新のバーチャルシアターのチケットをこれ見よがしにひらつかせた。


『こんなものまで準備して待ってたのに・・・。キラが来ないなら仕方ないな、俺が一人で行ってくるよ』
「そんなぁ・・・」

あとで感想を聞かせてあげる、と満面の笑みで言う親友を恨みがましく睨みつけ、キラは情けない声を出して項垂れた。
そんなキラの姿にアスランは小さく笑った。


『嘘だよ。これ有効期限ないし、キラが本当にプラントに来る日まで大事に取っておくから。・・・でも今度嘘ついたらもう許さないからな』
「うん・・・僕も本当はアスランに会いたい・・・。なんだか調子が狂うんだ、アスランがいないと」
『俺だってそうさ。キラがちゃんと課題をやってるかとか、好き嫌いせずに食べているかとか心配で仕方ないよ』

偉そうにそんなことを言えば、キラはいつものように「僕の方がお兄ちゃんなんだからね!」と反論する。
それから二人は夜遅くまで色々な話しで盛り上がった。
キラがクリア出来ずにいるゲームの攻略法、以前通信越しに手伝ってもらった課題が先生に褒められたこと。
キラの通う学校で転校する者が多くなっていることなど。


「最近月は危ないって噂をよく聞くんだ。それで父さん達も引越しを決めたみたいだ」
『そうか・・・こっちもなんだかバタバタしてるよ。仕事が忙しいらしくてプラントに来てからまともに父と顔を合わせてもいないんだ』
「・・・戦争に・・・なるのかな?本当に」
『さあ・・・分からない』

月での別れ際、「戦争になるなんて事はない」と言い切っていたアスランでさえ最近では危機感を覚えていた。
戦争なんて冗談じゃない。
キラも、そしてアスランも、どうして戦争なんて起きるのかが分からない。
この宇宙の何処かに互いがいる。
自分達にとってただそれだけでこの世界はこんなにも大切なものになるというのに。


『・・・もうそろそろ寝ないと。キラは朝弱いからな、引越しする最後の最後で遅刻なんてカッコ悪いだろ?』
「しないよっ、遅刻なんて。・・・なんかさ、最近自然と目が覚めるんだ。アスランが迎えに来ないって分かっているからかな?」


会話の端々に寂しい気持ちを滲ませる互いの言葉が胸に痛い。
それでも、これから先ずっと会えなくなる訳じゃないんだからと気持ちを切り替えて。


『おやすみ、キラ』
「おやすみ、アスラン」


――― また明日。


以前なら当然のように言っていた最後の言葉を飲み込んで。
せめて夢の中では一緒にいることが出来ますようにと、小さな祈りを星に託した。



そして―――。


三年後。
二人は再会を果たすことになる。

互いに、望みえぬ形を持って―――。




written by モノクロの世界:秋津るの様

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UpData 2005/07/04
by(c)RakkoSEED