キラちゃん女性化のイザキラ純愛ストーリー(笑)。
ある日ガモフが拾った救命ポットに乗っていた女の子。
なんと彼女はイザークの・・・・・・。
ピュアな二人が織り成す初々しい純愛物語をお楽しみ下さい。
サイト9万・10万ヒット記念のフリー小説を頂いてきました。


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ピュア・ピュア 1〜3
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【1】
報告。女の子、拾っちゃいました

広い宇宙の暗闇の中。
その小さな救命ポッドが漂っているのを見つけたのはニコルだった。


「まぁ〜ったく。お前も変なもん拾ってくるよなぁ」

「だって救命ポッドですよ。見つけてしまった以上放っておけないじゃないですか」

「つったってなぁ・・・。戦艦に連れてこられても中の奴だってかえって迷惑なんじゃねーの?」

「そんなこと言われても・・・ディアッカだって持って帰るのに賛成したじゃないですか」

「あんなとこで死なれでもしたら後味悪いだろーが」

「ですよねぇ・・・」


格納庫に収容されたポッドを目の前にザフトのエリートパイロット達は溜息を吐いた。
拾ったポッドはプラント製で民間シャトル用に広く採用されているタイプの物。
中にいるのは間違いなく同胞で民間人なのだろう。
しかし、現在彼らの乗っている戦艦は作戦行動中な上に宇宙のど真ん中を航行中。
同胞ならば見捨てる事は出来ないと拾ってきたものの、戦艦にいつまでも民間人を乗せておくわけにはいかない。
これから一体どうするのかと考えた時。


「まさか、いったんプラントに戻るなんて事にはならないだろうな?」


その場を凍らせるのではと思えるほど冷たい声が二人の背後から聞こえてきた。
二人は恐る恐る振り返る。


「・・・よう、イザーク」

「お疲れ様ですぅ・・・」


息もピッタリな様子で「えへっv」と笑って愛敬を振り撒く二人に、イザークは殊更冷たい視線を送る。

「作戦中に犬猫を拾うようなマネをするな!貴様らにはパイロットとしての自覚がないのか!?」


格納庫中に響く大声で怒鳴る彼の額には青筋が浮かんでいる。
イザークはジリジリと後ろに下がる二人に詰め寄ると、血管の切れそうな勢いで怒りはじめた。

「だいたい貴様らには緊張感というものが足りん!余所見なんぞしているからこんないらない物を見つけてしまうんだ!」


イライラと怒鳴る彼の言葉に、しかしディアッカも負けじと反論する。


「そうは言ってもな、イザーク。見ちまったもんは放っておけないだろう?あれ一応プラントのだし?」

「そうですよ!救命ポッドに乗っているってことは事故か何かに巻き込まれたって事でしょう?そんな人を見捨てるなんて酷いじゃないですか!」

「そーだ、そーだ。哀れな同胞を見捨てるだなんてちょっと酷いんでないの?」



にわか同盟を結んで口々に言い返す二人をイザークが更に怒鳴りつけようとした時、ポッドを囲むように立っている人垣の中から整備士の声が聞こえてきた。
ガンガンと扉を叩いた整備士はそのまま中にいる人物に呼びかける。


「おい、中にいる奴!聞こえるか?」

『・・・は、はい』


呼びかけに返ってきた声はどう考えても少女のもの。
今にも泣き出しそうに震えているその声に、怒鳴るように話していた整備士が慌てて声のボリュームを落とした。


「今から扉を開ける。危険だから動かないように」

『・・・はい』


弱々しいながらもきちんと返事をする少女の声は、震えていてもその愛らしさが十分に分かる。
思わずディアッカとニコルは顔を見合わせた。そんな彼らの後ろではイザークが瞳を瞬いている。


「・・・女の子?」
「ですよね?」


互いに呟いた後、ディアッカがにやりと笑った。


「ラッキーvvいや〜、お前良いもん拾ってきたなぁ!でかした、ニコル!」
「痛!」


ディアッカはニコルの背中をバシバシ叩くと軽い足取りでポッドに近付いていく。


「おい、ディアッカ!」

「はいは〜い。女の子の扱いならやっぱ俺っしょ。いかついオッサン達の顔見たらその子また泣いちゃうぜ?」


イザークの声も無視して近付いていく彼は、周囲に立つ兵士達を押し退けてポッドの正面に陣取った。
着ている軍服をパンッとはたいて整えると僅かに斜に構えたポーズで立つ。


「おい。なんだ、その妙な立ち方は」
「ん?俺、この角度が一番カッコよく見えるんだよ」
「・・・馬鹿が」


呆れてものも言えないとはこの事だ。
こんなふざけた奴が同じパイロットとは、とイザークの額にはまた青筋が浮かんでくる。
後ろから聞こえてくるニコルの笑い声すらカンに障って、どうせ自分には関係ないのだからと彼はその場を離れようとした。
その時バシュッという音と同時に扉が開く。
その音に何気なくポッドに視線を向けて、その瞬間イザークの動きがピタリと止まった。

なにせポッドから出てきたのは―――。


薄水色のスカートが無重力にひらりと揺れる。
暗いポッドの中、心細さに泣いていたのだろう。
少女の周りを漂う透明な雫が水面に広がる波紋のように音もなく空間を滑っていく。
雫の一つがイザークの方へと流れ、その動きを追うように向けられた少女の瞳が彼を捉えて見開かれた。


「あ・・・」


少女の唇から小さな声が聞こえて。


「あ・・・あらら?どーしたのかな?お嬢さん?」


今まさに掴もうとしていたディアッカの手を振り払い、少女はイザーク向かって一直線に飛んでいく。
涙の雫が少女の動きにあわせて細波のように広がり、ふわりとなびくスカートの裾に弾けて消えた。
瞳から溢れ出した新たな雫は格納庫の僅かな光を反射して宝石のように輝いて。
イザークは真っ直ぐに自分へと向かってくる小さな体に手を伸ばす。
指先が触れた途端少女は精一杯の力でその手を握って、反動で傾きかけた体を支えてやると迷う事なくイザークに抱きついた。


「・・・っ、イザーク!」
「キラ・・・」


自分に抱きついたまま泣きじゃくる少女の髪を、イザークはぎこちない手付きで撫でてやる。


「キラ。お前どうしてあんな物に」
「シ、シャトルに・・・乗っていたシャトルに爆弾があって・・・っ、それで・・・っ」


それ以上は言葉にならず、少女はイザークに抱きついたまま声を上げて泣きはじめてしまった。
どうすればいいのか分からずにうろたえるイザークは、そこでようやく自分へと注がれる視線に気付く。
周囲にいる兵士達の視線は抱き合う二人へと向けられて、ディアッカは手を差し出したままの間抜けなポーズで振り返るようにイザークを見た。


「・・・イザーク。お知り合いなんですか?」


問い掛けてくるニコルの声に、イザークの額に脂汗が浮かんだ。


「ああ・・・。まあ、な・・・」


言いながら、イザークは少女を抱えたままジリジリと後退った。
彼はカニのように横へと移動しながら、しかし少女の事は離さない。
普段の彼からは考え付かない異様なその動きが、その場にいる全員の不信感を更に煽る。
多くの訝しげな視線に晒されながらイザークはジリジリと扉へ近付いていった。
後ろ手に壁を探り開閉スイッチを押して。


「・・・わ、悪いが・・・俺は、彼女を休ませてくる。そういう訳で・・・――― あとは頼むっ!」


それだけ怒鳴ると逃げるように格納庫を後にした。



取り残されたニコルたちは何がなんだかサッパリ分からず呆然とその場に立ち尽くす。
誰も言葉を発しないその空間に、しばらくするとディアッカの不気味な笑い声が響き始めた。


「ふ・・・ふっ、ふっ、ふっ、・・・そういうことか!イザークの奴ぅ〜〜〜っ」

「ど、どうしたんです?ディアッカ」


突然笑い出したディアッカをニコルが不審げに見ると、彼は振り返ってにやりと笑った。


「あの子の手だよ。見たか?」

「手?」


ニコルは首を傾げる。
ディアッカじゃあるまいし、いちいち初対面の女性の体を検分するような真似はしない。
しかしおぼろげな記憶を辿ってもこれといって何かを持っていたようには見えなかった。
するとディアッカは顔の前でチッチッと人差し指を振って。


「指輪だよ」

「指輪?」

「ああ。あの子の左手の薬指に指輪がはめられてた」


さすがに女性の扱いは任せろと言うだけのことはあり、彼はほんの一瞬の間に少女の手にあるものを見つけていた。
細い指にはめられていたのは清楚な輝きを放つシルバーのリング。


「あの子、多分イザークの婚約者だぜ」

「ええ!?」


ディアッカの口から飛び出した爆弾発言にニコルのみならずその場にいる兵士達もざわめきはじめる。
あのイザーク・ジュールに婚約者?
驚く周囲を尻目にディアッカは自分の推理を話して聞かせる。


「あいつは上手く隠しているつもりだったんだろうが、俺、見ちまったんだよ」

「何をです?」

「ロッカーで着替える時。あいつがチェーンに通した指輪を首から提げているのをさ」

「イザークが指輪!?本当ですか?」


これにはさすがのニコルも驚いた。
以前ディアッカが読んでいた雑誌の記事からアクセサリーの話題になったとき、彼は「装飾品は好きじゃない」と言っていた。
もし自分が身につけるとしたらおそらく結婚指輪くらいのものだろう、とも。


「ああ。それにあいつ最近仕事が終わるとやけに早く帰っていただろう?きっと彼女に会いに行ってたんだぜ」

「なるほど・・・そう言われてみれば確かに」


確かに最近のイザークは早々に仕事を切り上げていた。
可愛い婚約者に会うためなのだと考えれば辻褄は合う。


「な?だからあんなに慌ててたんだぜ、きっと」

「でも・・・それならそうと言ってくれれば僕らだってお祝いしたのに。なにも隠しておく必要はないでしょう?」


婚約ならばめでたいことだ。
アスランにだって婚約者がいるわけだし、軍の規律で禁止されているわけでもない。
逆に子を成す意味あいからもプラントでは婚約は大いに奨励されている。
別に知られたからといって困るような事ではないはずだ。


「ま、あいつの性格から考えれば恥ずかしかったんじゃねーの?からかわれるのが嫌だったとかさ」


肩を竦めてそんな事をいう彼こそが一番からかうのは間違いないだろう。
現に今もイザークをからかいたくてウズウズしているのは誰の目にも明らかだ。


「さーってと。そんじゃ、いっちょ婚約者殿にご挨拶してきますか」

「あ、ちょっとディアッカ!・・・ああ、もう」


いそいそと格納庫を出ていくディアッカの後をニコルが溜息を吐きながら追いかける。
あとに残された兵士達は、いまだに驚きの抜け切らない表情でその場に立ち尽くしていた。




【2】
触れる指先。いつもと変わらぬ温かさ

「落ち着いたか?」

「うん・・・」


差し出されたタオルを受け取るとキラは小さく息を吐いた。
しばらく泣きじゃくっていた彼女はようやく落ち着きを取り戻したようで、ベッドに腰掛けたまま赤くなった瞳でイザークを見上げる。


「ごめんなさい。何だかイザークの顔を見たらほっとしちゃって・・・。皆さんにも助けてもらったのにお礼も言わないで」

「気にするな。あの状況では無理もない。・・・それよりいったい何があった?さっきシャトルがどうとか言っていたが」


なるべく優しい声でと意識しながら訊ねると、タオルで涙を拭くキラの手が止まった。
手に持ったタオルをぎゅっと握りしめる彼女の顔は先程から青ざめたままだ。


「エザリア様のお使いで別のプラントに行っていたんだけど・・・」

「母上の?」

「うん・・・。昔からのお知り合いにどうしても直接渡したい物があるって仰って・・・でもエザリア様はとてもお忙しそうだったから、だから僕が行きますって言ったの」


キラは震える声でその時のことを話しはじめた。


「シャトルが出発してすぐに僕は寝ちゃったんだけど・・・」



眠っていた彼女はいくつもの声に呼び起こされた。
強く肩を揺さぶられようやく目を覚ました彼女に乗客の男性が告げたのだ。
「シャトルに爆弾が仕掛けられている」と。


「でも、救命艇は最初の爆発で壊れてしまって・・・。シャトルに残っていたのは一人乗りの救命ポッドだけだったの・・・」


十数人いる乗員の中で助かるのは一人だけ。
つき付けられた究極の選択に乗客たちが導き出した答えは。


「乗客の中で・・・一番若い女の人を乗せようって・・・」


すまないが君が眠っている間に決めさせてもらった。
そんな言葉と共に腕を引かれたキラは無理やり救命ポッドに乗せられて。
自分一人だけ助かるなんて嫌と言って乗るのを拒むキラに、乗り合わせていた老紳士が彼女の左手の指にはめられたリングを手で示して言った。
「その指輪をくれた人のためにもお行きなさい」と。


「・・・僕・・・誰も助けられなかった・・・」


しだいに小さくなっていくシャトルの窓の向こう。
老紳士は穏やかな笑みを浮かべて手を振っていた。
客室係の女性が席に案内してくれた時と同じように、綺麗に微笑みながらお辞儀をしていた。


「僕・・・僕だけ・・・っ、皆だって怖かったはずなのに・・・!」


まるで夜空に咲いた華のように弾けて消えたその光を思い出し、キラは手に持ったタオルを顔に押し当てて泣きはじめた。
静かな室内に響く泣き声に、イザークは座っていた椅子から立ち上がる。
そのままキラの前まで行くと躊躇いがちに彼女の肩へと手を伸ばし、結局触れる事なく下ろしてしまった。
代わりに泣き続ける彼女の横へと腰掛けて、しばらく考えた後に口を開いた。


「他の乗客を助けられなかったのは残念だが・・・お前の力ではどうしようもないだろう?」

「でも・・・、でも・・・っ」

「不謹慎かもしれないが・・・お前だけでも無事でいてくれて、俺は・・・嬉しい・・・」


そう言われてしまえばキラは何も言えなくなり、二人の間にはしばしの沈黙が訪れる。
隣で小さく鼻をすする音が聞こえて、イザークは新しいタオルを取ってくるとキラに手渡す。
ありがとうと言ってそれを受け取ったキラだったがタオルを持った手はまだ震えている。


「キラ?大丈夫か?」


心配そうに声をかけ、けれども肩を抱いて慰めるといった気の利いたことが出来るわけでもなく、悶々とした気持ちのままどうすればいいんだと考えていると、突然キラが抱きついてきた。


「キ、キキキキキキキキキ、キラ!?」

「・・・・・っ、怖かった!すごく怖かった!外は真っ暗で、他には誰もいなくて!このまま誰にも見つけてもらえないんじゃないかって・・・思って・・・っ」


自分の胸にしがみ付いて泣き続けるキラの体は震えていて、彼女がどれだけ怖い思いをしたのか今更ながらに考える。
他の乗客を助ける事も出来ずに自分一人が助かって、広い宇宙の暗闇を小さなポッドで漂っていたキラ。
爆発を免れてもいつ救助がくるのかなんて分からない。
ポッドの存在に気付いてもらえるかも分からない状況で、彼女はいったいどんな思いで助けを待っていたのだろう。


「キラ・・・」

「・・・ひっく・・・、ふぇ・・・」

「キラ・・・もう大丈夫だ、安心しろ。・・・俺がいるだろう?」


なかなか泣き止まない彼女に困ってしまい、ついそんなキザなセリフが口をついて出た。
その事に言った本人が一番驚いて、しまったと思ったときにはキラと正面から視線が合った。
だが彼女が笑い出すような事はなく、涙に濡れた瞳は驚きに見開かれたあと嬉しそうに細められる。


「・・・うん」


キラは僅かに頬を染めて頷いた。


「うん。ずっと・・・信じてた。きっとイザークが助けに来てくれるって・・・」


実際にポッドを拾ったのはニコルなのだが、そんな事は彼女には関係ない。
扉が開いて外に出た時。
目の前にいた金髪の人が手を差し出しているのが見えて、その手を取ろうとした彼女の視界に見慣れた銀の色彩が飛び込んできた。
少し離れた位置から驚いたようにこちらを見ていたのは間違いなくイザークで。


「イザーク・・・ちゃんと助けに来てくれた。・・・ありがとう」

「キラ・・・」


キラの瞳からはまだ涙が溢れているけれど。
彼女は自分が助けに来ることを信じて一人きりの恐怖に耐えていたのだと知り、イザークの胸には何か暖かい気持ちが溢れてくる。
「愛しさ」という名を持つその感情に突き動かされるまま、彼は柔らかな頬をぎこちない手付きで撫でてやる。
思いがけず近付いた距離にキラだけでなくイザーク自身も緊張して、お互い赤くなって黙り込んだ時。


「・・・っ!?」

「あ・・・」


ピー、ピーという無機質な電子音が二人の世界に割り込んできた。
イザークは慌ててキラの頬に置いていた手を引っ込める。
キラも真っ赤になって彼から離れた。
イザークは無重力のはずの空間をドカドカと足音を立てて移動し、通信機のボタンを叩き壊さんばかりの勢いで押した。


「イザーク・ジュールだ!!」


赤い顔のまま怒鳴るように通信に出ると、画面の向こう側のオペレーターがひっと声を上げて身を竦ませた。


「ヴェ、ヴェサリウスのクルーゼ隊長から・・・出頭命令がきています」

「そ・・・そうか、了解した。イザーク・ジュール、ヴェサリウスのクルーゼ隊長のもとに出頭する」


必要以上に大声を出してしまったことに気付いて慌ててボリュームを落とすが、赤くなった顔は隠しようがない。
イザークは命令内容を聞くだけ聞いてすぐに通信を切ってしまう。
大きく息を吐いてから振り返ると、キラが胸を押さえて同じように息を吐いていた。
互いに赤面したまま気まずげに視線を逸らす。


「隊長から出頭命令がきた。俺はしばらく出るが一人で平気か?」

「う、うん・・・大丈夫、気にしないで。それより・・・僕たちのこと、話さなきゃならなくなるね・・・。ごめんなさい、僕のせいで・・・」


二人の関係はしばら世間に伏せておこうと決めていた。
だから本当ならキラはイザークを見ても知らん振りするべきだったのだ。


「ごめんなさい・・・」

「いや、いい。そろそろ隊長くらいには報告しておくべきだと考えていた。いい機会だから話しておく」


申し訳なさそうに頭を下げるキラに、普段あまり使うことのない筋肉を動かしてぎこちないながらも笑みを向ける。
話しながら手早く身支度を整えて、イザークは扉を出る直前でくるりと振り返った。
自分を見上げるキラの瞳にはまだ僅かに涙の粒が残っていて、手を伸ばしてそれを拭ってやると彼女の頭をよしよしと撫でてやる。
本当は「行ってくる」とキスのひとつでもするべきなのだろうが、生憎とイザークにそんな芸当は出来ない。
代わりに頭を撫でてやるのはここしばらくで身についた習慣だ。
彼の真っ直ぐで不器用な性格はキラも知っているから、彼女はいつもそれを素直に受けている。
それから必ず。


「いってらっしゃい」


キュッと音が聞こえてきそうな仕草で彼の指を握るのだ。
そんな仕草にさえ頬を赤らめる彼と同じようにキラも赤くなって俯く。
彼の左手の薬指。
そこに輝くリングはないけれど、彼がちゃんと肌身離さず持ってくれていると知っているから、毎朝彼を見送る時にはいつもその指を握っていた。
いつまでたっても赤くなってばかりで、まだおままごとみたいな関係の二人だけれど、この指に繋がる想いは本物だから。


「・・・行ってくる」

「うん・・・気をつけて」


ほんの一瞬だけ絡めた指先から心地良い温もりが伝わる。
戦艦の中にいるはずなのに、いつもと変わらぬ朝の風景が広がったようだった。



【3】
重大発表!二人の関係

室内に響いた呼び出し音にクルーゼは扉に向かって声を掛けた。


「入りたまえ」


軽い音を立てて開いた扉から入ってきたのは彼の部下である少年だ。
綺麗に切り揃えられた銀髪を揺らしながらクルーゼの前に進み出るとビシッと敬礼をする。


「イザーク・ジュール、召集に従い出頭しました」

「ふむ・・・わざわざ呼び出したりしてすまないな」


クルーゼはそれまで目を通していた書類を閉じると席を立ってイザークの前に立った。


「君も分かっているとは思うが、今回ガモフが保護した救命ポッドの件について話を聞きたい。・・・乗っていたのは少女だと聞いているが・・・」


そこでちらりとイザークを見る。
クルーゼの視線を受けたイザークは、彼にしては珍しく落ち着かない様子で視線を彷徨わせた。


「その少女が君の知り合いだというのは本当かね?」

「は、はい」

「ふむ。何か話は聞いたのかね?」

「はい、大まかな経緯は聞いています」


窓に近付いていくクルーゼを目で追いながら答えると、彼はくるりと振り返って小さく頷いた。


「では、まずはそれを説明してくれたまえ」

「はっ!」


とりあえず、シャトルの事故について報告しておかなければならない。
イザークは姿勢を正すと上司に説明をはじめた。



イザークの部屋に一人取り残されたキラは、ベッドに腰掛けたまま大人しく彼の帰りを待っていた。
先程はイザークに会えた安心感で緊張の糸が切れて泣いてしまったけれど、落ち着いてくると彼の部屋にいるのだという事に気付いて何となく別の意味で緊張してしまう。
ぐるりと見回した室内は殺風景で、これといって目に付くような荷物はない。
けれど視線を向けた先、部屋の片隅に見覚えのあるイザーク愛用のアタッシュケースが置かれているのを見つけ、たったそれだけの事なのに自分の知る普段の彼を身近に感じられて何だかとても嬉しくなった。

初めて出会った時もイザークは赤い軍服を着ていたから、軍服姿自体はたいして珍しい訳じゃない。
でも軍務についている彼を見たのは初めてで、銀の髪をなびかせて風を切るように颯爽と歩く姿はとても格好良く見えた。
あの赤い軍服にしたって、まるで彼のためにデザインされたのではと思えるほど良く似合っている。
部屋で静かに本を読んでいる彼も理知的で素敵だけれど、軍服に身を包んで仕事をこなす彼はキラが想像していたよりもずっと凛々しくて格好良かった。
ポッドから出てきた自分を受け止めてくれた力強い腕を思い出し、キラは赤く染まった頬に手を添えるとほぉっと息を零した。



そんなふうにキラがあれこれとイザークの事に考えを巡らせていると、突然どこからかピーピーという音が聞こえてきた。


「え・・・。な、何?」


突然聞こえ始めた音に驚いてキラは部屋の中をきょろきょろと見回した。


「・・・何の音?」

『もしもーし。・・・お嬢さん?』


落ち着かない様子で室内を見回す彼女の耳に、扉の方から声が聞こえてきた。


『もしもし、お嬢さん?いないのかな?』

「あ・・・。います、けど・・・」


軽い調子でかけられた声に返事をするとコホンとひとつ咳払いが聞こえて。


『あー・・・俺はイザークの同僚でディアッカっていうんだけど。ずっとポッドの中にいて腹が減っているんじゃないかな〜って思ってさ。食事を持ってきたんだけど、入ってもいいですかぁ?』


どこか聞き覚えのあるその声に、キラは先程自分に手を差し出してくれていた金髪の人物を思い出す。
そういえば自分は助けてもらっておきながらお礼も言っていなかった。
ちょうど良いよねと思った瞬間、彼女のお腹がくぅ〜と小さく鳴いて。

(―――・・・それにお腹も空いているし・・・)

キラは小さな音を上げるお腹を押さえると赤くなって俯いた。



一方その頃。
ひと通りの報告を聞き終えたクルーゼは、再び椅子に腰掛けると「ふむ・・・」と彼お決まりの呟きを口にする。


「そうか・・・その少女もさぞ怖い思いをした事だろうな。・・・ところでイザーク」


意味ありげに名前を呼ばれ、先程から構えていたにも拘らずイザークは「そらきた」と思わずにはいられない。
いや・・・そう構える事もないんだ。
ただ事実を報告すればいいだけの事じゃないか。
何もやましい事はない。
そう、自分達はきちんと互いの気持ちを確認した上で今の関係を築き上げた。
何も臆する事はない。
キラに対して誠意を示すためにも、今ここで、きちんと報告をしておくべきだ。
・・・よし。

イザークはキッと顔を上げると正面からクルーゼと向き合った。
そんな彼の心中を知っているのかいないのか、クルーゼは殊更のんびりとした口調で彼に問い掛ける。


「先程も聞いたが君とその少女は知り合いだそうだな」

「はい」


ついにその瞬間が来た。
イザークは上司の問いに背筋を伸ばして姿勢を正す。


「ふむ・・・。もし差し支えなければどういった知り合いなのか聞きたいのだが」

「は、はい!・・・・彼女は、私の・・・・です」

「・・・すまない。聞こえなかったのでもう一度頼む」

「はっ。彼女は私の・・・です」


彼らしからぬ歯切れの悪い物言いにクルーゼが軽く息を吐いた。
顔の前で組んだ手に顎を乗せて。


「イザーク・・・・どうした、君らしくもない。はっきりと言いたまえ」


その言葉にイザークは今度こそと覚悟を決める。
薄っすらと汗の滲む手を強く握り締め、大きく息を吸って。


「彼女は・・・キラは、私の・・・」

「君の?」

「私の・・・・・つ、つつつつつ」

「・・・イザーク」


呆れ顔のクルーゼがもう一度口を開きかけた時。
それを遮るように怒鳴るような勢いで―――。



「彼女は、私の、・・・・・私の、妻です!!」



「・・・・・ほお」

渾身の力でその一言を告げたイザークを見て、クルーゼが彼にしては珍しく驚いたように呟いた。

written by すみっこ:秋津るの様

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UpData 2005/11/08
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