■□■□■□■□■
ピュア*ピュア 4〜6
■□■□■□■□■

【4】
いつだって確信犯

イザークが自分の部屋に戻ってくると中から楽しそうな話し声が聞こえてきた。
キラ一人しかいないはずの部屋から聞こえてくる複数の声に、優美な弧を描く眉が訝しげに寄せられる。
疑問に思いつつ扉を開くと。


「あ、イザーク」

「おー、イザーク!遅かったなあ」


そこには何故かディアッカとニコルがいた。
二人と向かい合うように腰掛けているキラは、先程まで泣いていたのが嘘のようににこにこ笑って楽しそうだ。


「貴様ら・・・何故俺の部屋にいる」


その声が思いのほか低く響いて、ディアッカ達の顔から笑みが消え、逆に冷や汗が流れはじめる。


「あー、えぇっと・・・・そうそう!この子にさ、食事を持ってきたんだよ。な、ニコル」

「え・・・ええ、そうです!ずっとポッドの中にいて何も食べていないんじゃないかと思って・・・・」


テーブルには確かに食事のプレートが置かれているが、しどろもどろに答える二人の声は尻すぼみに消えていく。
その様子はどう考えたって面白半分でキラに会いに来たとしか思えない。
だが当のキラは突然大人しくなった二人を不思議そうに見て、それから扉の前に立ったままのイザークへと視線を向けた。


「・・・イザーク?」


少し不安そうに自分を見上げてくる紫の瞳に気付き、イザークは理性を総動員して怒気を押し隠した。


「何でもない・・・。ディアッカ、ニコル、わざわざすまなかったな」


怒りを隠して絞り出した声は僅かに震えていたが、何とか冷静さを保つ事は出来た。
自分のいない間に無断で部屋に入るなんてどういうつもりだと怒鳴りつけたい気持ちを必死に抑え、イザークは怒りで震える拳を隠すように両手を後ろに回す。

そうだ。
キラの前で怒鳴るような真似はしたくない。
大きな声を出せばキラはそれだけで怯えてしまう。
ただでさえ怖い思いをしたばかりの彼女にこれ以上怖い思いはさせたくない。
そうだ、キラのために耐えろ、俺。
そんなふうに考えれば不思議な事に怒りは急速に治まっていく。

―――そうだ、キラのため、キラのため。

イザークは頭の中で呪文のように彼女の名前を繰り返しながら大きく息を吐く。
そうして何度か息を吐くと閉じていた瞳を開き、最初に見たのがキラの顔だったのも功を奏して怒りは何とか治まった。
イザークはディアッカ達を見ると無言で扉を指差した。
『さっさと出て行け』。
そんな無言の圧力に二人がそろそろと腰を上げた時。


「ほう・・・これはこれは」


そんな呟きが聞こえてきて、聞き慣れたその声にディアッカとニコルは慌てて姿勢を正す。
突然背筋を伸ばして敬礼した二人に小首を傾げたキラだったが、イザークの後ろから歩み出てきた人物を見ると小さく息を呑んだ。
仮面をつけた奇妙なその姿に、彼女は怯えたように身を竦ませて視線を床に落とす。


「これは失礼。驚かせてしまったようだ」

「いえ・・・」


返事をするものの、キラは自分の隣に立ったイザークの背に隠れるように身を寄せる。
自分の軍服をキュッと握る手の感触にイザークは彼女の不安を感じ取った。
まあ、こんないかにも怪しげな仮面をつけた人物が現れたら驚くのは無理もない。
この自分でさえ初顔合わせの時には「胡散くせぇ」と思ったのだから。

袖を掴む手を大丈夫だというように軽く叩いてやるとキラが更に身を寄せてきて、なんとなく自分の方が落ち着かない気分になった。
ディアッカとニコルが観察するように見てくるのも気に食わない。
とりあえずこいつらを追い出そうとイザークが口を開きかけた時、それよりも少し早くクルーゼが口を開いた。


「私はこのガモフとヴェサリウス、二艦の指揮を務めるラウ・ル・クルーゼという。突然の事故に巻き込まれさぞ怖い思いをされた事だろう。気分は落ち着かれましたか、ミセス・ジュール」

「は、はい。あ・・・ポッドを拾っていただいて、ありがとうございました」


ぺこりと頭を下げ丁寧に礼を述べるとクルーゼが手を上げてそれを遮る。


「いや、礼には及ばない。我々があなたのポッドを見つけたのは不幸中の幸いだった。・・・ジュール議員がそれは貴女を心配しておられた。すぐに迎えが来るでしょうが、それまではもうしばらくここで我慢していただきたい。しかし・・・」


そこでいったん言葉を切ったクルーゼがふとイザークを見る。
どこか楽しげな笑みを浮かべた上司に嫌な予感がしてイザークが口を開きかけた。
だが、それはまたしてもクルーゼに遮られ―――。


「しかしイザーク、君は幸せ者だな。こんなに可愛らしい奥方を見つけるとは」


いや実に羨ましいと言って笑うクルーゼは、自分の一言で固まってしまった部下達を尻目に再びキラを見ると、彼女に向かって軍人らしからぬ優雅なお辞儀をした。


「あまり会う機会もないでしょうが、ぜひお見知りおきを。ミセス・ジュール」


キラは自分よりも一回りは年上の人物から丁寧な挨拶をされ瞳を瞬く。
それから慌ててイザークの後ろから飛び出すと。


「いえ・・・あの、キラ・ジュールと申します。こちらこそよろしくお願いします。いつも・・・いつも主人がお世話になっております!」


勢い良く頭を下げながら彼の上司に挨拶した。



しばらく沈黙が続いた。
時間にしておよそ五秒。


「・・・・・っ、待て!貴様ら・・・っ!!」


我に返ったイザークが怒鳴った時には時すでに遅く、ディアッカとニコルは風のように部屋から走り去っていた。

―――ああ・・・今まで隠し通してきた事がすべて水の泡だ。

イザークは頭を抱えたい気持ちを何とか抑え、何食わぬ顔で自分達を見ている仮面の上司を恨めしく思った。
絶対わざとに決まっている。
口許に浮かぶ彼特有の楽しげな笑みがその証拠だ。
こうなってしまえばこの話がヴェサリウスに伝わるのは時間の問題だろう。
そしてヴェサリウスには奴がいる。
結婚云々だけならまだしも奴がキラの名前を聞いたらどんな反応をするのだろうか、と考えるとイザークの表情は冴えない。


「ん?どうした、イザーク。知られると何かまずかったのかね?」

「いえ・・・。ただ、もうしばらくは伏せておこうと考えていたので」

「そうか、それは悪い事をした」


悪いなんて欠片も思っていないであろう声がさらりと謝罪を述べるのを聞き、イザークは諦めにも似た溜息を落とした。
バレてしまったものは仕方ない。
どうせいつまでも隠し通しておける事でもないのだからと思考を切り替え、未だにクルーゼに向かって頭を下げたままのキラに声をかける。


「キラ。・・・・キラ、いつまでもそんな体勢でいると頭に血が上るぞ」

「え?・・・あ・・・」


言っている傍からキラは頭を上げた瞬間に立ち眩みを起こした。
イザークはふらついた体を支えてやるとベッドに座らせる。
だがキラの体はまだ不安定に揺れていて、どうやら事故のショックが抜けきっていない彼女は軽い貧血を起こしているらしい。


「では軍医をこちらに寄越そう。イザーク、君はしばらく彼女についていてあげたまえ」

「はっ」

「・・・すみません・・・ご迷惑を・・・」


青い顔で、それでも律儀にお礼を言う少女にゆっくり休むように告げるとクルーゼも部屋を後にした。


二人きりになった部屋の中、キラはイザークの手を借りてベッドに横になる。
頭がくらくらして少し吐き気もした。
頭の中に響く耳鳴りの音が、真空の宇宙で聞こえるはずのないシャトルの爆発音を思い出させ、キラの指が毛布の端をぎゅっと握る。
疲れていたし気分も悪かったが、眠ってしまえばあの時の夢を見るのではないかと思うとあまり眠る気になれなかった。
ふと視線を横にやるとイザークが食事のプレートを片付けている。
その中から水を取ってキラの枕元に置くとベッドの脇に膝をついて彼女の顔を覗きこむ。


「顔色があまり良くない。少し寝ていろ」

「うん・・・。イザーク、お仕事があるんでしょう?僕は一人で平気だから行ってきて」


不安を隠してそんな事を言うキラの髪を軽く掻き混ぜ、イザークはそばにある椅子を引き寄せるとベッドの脇に置いて腰掛けた。


「そばに居るように言われた。隊長命令だ」


だから、ここにいる。
そんな彼らしいぶっきら棒な物言いに、キラは二、三度瞳を瞬くと小さく笑った。
耳に届く微かな笑い声に赤くなったイザークが少し乱暴な手付きでキラの顔まで毛布を引っ張り上げた。


「もう寝ろ」

「うん・・・。おやすみなさい、イザーク」


もう一度優しく髪を撫でる手の感触を嬉しく思いながら、キラは静かに瞳を閉じた。



【5】
知らないって幸せなこと

「おい、アスラン。聞いたか?あの話!」

「ああ、聞いたよ。イザークの事だろう?」


休憩室に入った途端にやにやしながら近付いてきたラスティーを振り返り、アスランはついさっき聞いたばかりの話を思い出して小さく肩を竦めた。
今やガモフ、ヴェサリウスの両艦はイザークの結婚話で持ちきりだ。
イザークの部屋から飛び出したディアッカとニコルは自分達の乗るガモフだけでは飽き足らず、並ぶように航行しているヴェサリウスにまで衝撃の一大ニュースをばら撒いていた。


「おっどろきだよなぁー。あのイザークが!婚約どころか一気に結婚していたなんてさ」


ドリンクを取りながら大袈裟な身振りで話すラスティーに小さく笑って、アスランも同じようにドリンクを取る。
ラスティーは空いている席に座ると自分の向かいに腰掛けたアスランの足を軽く蹴飛ばした。


「おい、なに澄ましてんだよ。驚かないのか?」

「驚いてるさ」



アスランは軽く眉を顰めると蹴飛ばされた足を引っ込めた。 しかしいつもどおりの落ち着いた表情からはあまり驚いている様子が伺えず、ラスティーは面白くなさそうに鼻を鳴らすとテーブルに肘をついて体を斜めにずらし足を組む。


「行儀が悪いぞ」

「いちいち気にすんなよ。でさ、結構可愛いらしいぞ、アイツの新妻は!」


新妻、という部分をことさら強調して言う彼の話に周囲の兵士も聞き耳を立てている。
ガモフから流れてくる情報はその殆んどがディアッカとニコルからのもので、必然的に同じクルーゼ隊のラスティーが最新の情報を持っている。
長い任務期間の中では暇を持て余しがちだ。
それなりのレクリエーション施設もあるにはあるが、他人の噂話ほど退屈凌ぎに適した物はない。
もっとも、自分が噂される側になるのだけは御免こうむりたいのだが。


「たしか拾った救命ポッドに乗っていたんだったな」

「ああ。何でも乗っていたシャトルが事故に遭ったらしいぜ」


そこで少し声を潜めて。


「ブルーコスモスの仕業じゃないかって話だ。一度目の爆発で救命艇を破壊して、わざと一人乗りのポッドだけ残したらしいぜ」


大勢いる乗員の中で助かるのは一人だけ。
あまりにも卑劣なその手段にアスランも眉根を寄せる。


「酷いな・・・。なら助かったのはその人だけか」

「ああ・・・可哀相に、だいぶショック受けたみたいで今は体調崩して休んでるってさ」


普通の民間人の少女ならば無理もない。
目の前で散っていった多くの命にどれだけ心を痛めた事だろう。
その後もたった一人で暗い宇宙を漂っていたのだ。


「偶然でもイザークに会えてよかったよな。愛の力ってすげーよなぁ」


ラスティーが感心したように頷くが、こればかりは本当に奇跡としか言いようがなかった。
この辺りには現在彼らが追っている地球軍の戦艦もいるはずで、もしかしたらその少女の乗っていたポッドは地球軍に見つけられていた可能性もある。
さすがに民間人にまで手を出すような事はないだろうが危険な事には変わりない。
愛の力なのかは分からないが、同胞の艦に助けられたのは少女にとって不幸中の幸いだ。


「ディアッカの話によればその子は『キラ』っていうらしいぞ」

「・・・・・・・『キラ』?」


聞き慣れたその名前にアスランは瞳を瞬き目の前の同僚をじっと見る。
『キラ』。
それは忘れるはずもない大切な幼馴染みと同じ名前だったから。

(―――・・・・本当に・・・妙な偶然もあったものだな)

自嘲気味な笑みを浮かべて僅かに俯く。
もう三年も会うことのない幼馴染みの少女は今頃どうしているのだろうか。
しばらく前から連絡の途絶えた幼馴染みは中立国のコロニーに移り住んだと聞いていた。


「ちょっと興味あるよな。あのイザークを落としたのはどんな子なのか」


飲み終わったドリンクのパックを握り潰したラスティーは、イタズラ好きの子供のような瞳をしている。


「あまりからかうなよ・・・」

「別にからかう訳じゃない。言うなれば祝辞だな。祝いの言葉さ」


にやりと笑ってそんな事を言われてもとても言葉どおりの意味には取れない。
だが彼の言った一言にアスランは口許に手を当てて考えこむ。


「・・・・やっぱり何かお祝いの品を送るべきかな」

「あー・・・そうだなぁ。後でディアッカ達と相談してみるか」

「こういうのは隊の連名で送るべきだろうか?」

「さあ〜?隊長に聞いてみるか?」

「そうだな。贈る物が重なってもまずいし、あとで確認しておこう」


さて何を贈ろうかと相談していると不思議と自分達まで嬉しい気持ちになってきた。
同僚の結婚という嬉しい知らせに自然とアスランの表情も柔らかいものになる。
イザークとはアカデミーで知り合ったからそんなに長い付き合いではない。
とくに仲が良いわけでもなく、どちらかというと自分は嫌われているようなのだが、もしかしたらこれをきっかけに多少は関係修復が出来るかもしれないなんて事を考えて。
そのうち相手の子にも挨拶しに行かないとな、と言うラスティーに頷いているアスランは知る由もない。

いま自分達の話題に上っている「キラ」こそが、彼の幼馴染みの「キラ」であるという事には。



【6】
だってピュアだから

イザークは窓の向こうに遠ざかって行くシャトルを見ながら軽く息を吐く。
あの後すぐにプラントからの迎えが到着し、キラの体調が回復した事もあり彼女は早々に出発した。
クルーゼの配慮で格納庫には他に人がいなかったから、二人きりでゆっくりと別れの言葉を交わす事が出来た。
別れ際、寂しそうに俯く彼女の頭をいつものように撫でてやると、キラも同じように手を握ってきて。
やっぱりいつもと同じようにお互い赤くなって俯いてしまったけれど。
「気をつけてお仕事してね」と言う彼女に「それじゃ仕事にならん」と言って二人して笑った。
そして触れている温もりを惜しむように絡めた指先が離れて、キラは護衛の兵士と共にプラントへと戻って行った。


「お前さぁ〜、一緒に行ってやればよかったのに」


格納庫から出てきたイザークはすぐにディアッカに捕まって、そのまま引き摺られるように休憩室へと連れてこられた。
ニコルとディアッカの間に挟まれ、逃げ道を奪われた格好で椅子に座らされる。


「別に護衛なんぞ俺でなくてもいいだろうが」

「おいおい、分かってねぇな。あの子だってお前が一緒の方が安心出来ただろうに。いついかなる時も共にあるのが夫婦ってもんなんじゃないの?」

「やかましい!」


やたら大声で話すディアッカを睨みつけるが、彼はそんな事どこ吹く風でずいっと顔を近づけてくる。


「で、一体いつ結婚してたんだ?水臭いじゃないのぉ〜。俺とお前の仲だろう?教えてくれりゃ友人代表でお祝いのスピーチをしてやったってのに」

「そうですよ。いちいち隠すような事でもないでしょう?おめでたい事なんですから。僕だってピアノを弾いてさし上げたのに」

「・・・・・・別に、いちいち貴様らに報告するような事でもない」


イザークは些か憮然としながら素っ気ない返事をする。
両脇を二人に挟まれた状態で代わる代わる詰問され、まるで警察に取調べをされているかのようだ。


「第一まだ式はやっていない」

「ええ!?・・・結婚式してないんですか?じゃあ入籍だけ?」

「ああ」


驚くニコルを尻目にさらりと答えるが、両脇からやれやれといった感じに息を吐く気配がして瞳を瞬く。


「・・・・何かおかしいのか?」

「いや、別におかしかないけど。でもなぁ・・・」

「ええ、おかしくはないですよ。でもねぇ・・・」

「でも、何だ?はっきり言え!」


イライラとした様子のイザークが不機嫌そうに訊ねると、ニコルがコホンと一つ咳払いをしてから口を開く。


「でも、ですね。女性なら誰でも結婚式って憧れると思いますよ。純白のウエディングドレスとか、ブーケトスとか、ライスシャワーを浴びて歩く赤い絨毯だとか!」

「そうそう。ジューンブライドや、誓いのキスや、めくるめく熱い初夜のひと時とか!」

「・・・・――― ぶっ!」


その瞬間、飲んでいたドリンクを噴き出し、あからさまに動揺する気配を見せたイザークをニコルとディアッカが訝しげに見る。
赤い顔をして汗をかいている彼はうろたえたように二人から視線を外した。


「・・・・・イザ?」

「な、なんだ?」

「もしかして・・・・・まだ、だったりする?」

「な、何がだ!!」

「「新婚初夜」」


二人の声が綺麗にハモって空間に響いた。


「な・・・・なっ・・・・」


赤い顔のまま口をパクパクさせていたイザークは次の瞬間勢いよく席を立つ。


「あ、おい!イザーク!」

「ば・・・馬鹿馬鹿しい!いちいち他人に教えるような事か!!」


イザークはもう一度座らせようと伸ばされたディアッカの手を乱暴に振り解くと、ものすごい勢いで休憩室を出て行ってしまった。
あとに残された二人組みはその様子を呆然と眺めて。


「・・・・・・・まだ、みたいですね」

「おいおい・・・・・嘘だろう?」


呆れたような、それでいて感心したような溜息を吐いたのだった。



(―――くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそぉぉ――――――っ!!)

イザークは無重力のはずの空間の中、相変わらずドカドカと足音を立てながら通路を進んでいた。

(―――くそ!ディアッカの馬鹿が、ふざけた事を言いやがって!し、し、ししし新婚初夜だと!?そんなもの勿論!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まだに決まっている)

そう。二人はとってもとっても清い関係だった。
今の彼らでは手を繋ぐのが精一杯で、夫婦の営みは勿論、キスだってした事がない。
手を繋ぐにしたって人目が無い所でするのがやっとといった感じの彼らは、イザークの母エザリアからは初々しいを通り越してもどかしいとまで言われている。
辛うじて寝室は一緒だ。
だがそれはエザリアが無理に二人を同じ部屋に放り込んだからで、決して自分達から進んで一緒の部屋になったわけではない。
今でこそ寝付けるようになったものの、最初の二、三日はお互い緊張して一睡も出来なかった。


「別に・・・・・急ぐ必要もないだろうが、そんな事は」


自分達に合ったペースでゆっくりと進めばいい。
イザークとキラはそう思っているのだが母は違った。
母親は事あるごとに自分達をたき付けようとし、あれこれと手をまわしてくるのだ。
最初に同じ部屋に放り込まれた時は逃げないようにと外から鍵を掛けられた。
「トイレに行きたいんです!」と訴えても「バルコニーでなさい。立ちションは男のロマンよ!」なんて訳の分からない事を言って、結局夜が明けるまで出してはもらえなかった。

その次の日にはキラのパジャマを隠され、代わりに透け透けのネグリジェが用意されていた。
「こんなの恥ずかしくて着れない・・・」と瞳を潤ませるキラを見かねて、イザークが自分のパジャマの上着を貸す事で何とかその場を乗りきった。
翌日、涙を浮かべるキラの姿にさすがにまずいと思ったのか、それ以来落ち着きを見せてはいるものの、またいつあんな真似をしだすのか分かったものではない。
今はまだ別々のベッドを使っているが、ある日家に帰ったらダブルベッドになっていました、なんて事がないとも限らない状態だ。


「まあ・・・母上の気持ちも分からない訳じゃないが・・・しかし」



早く孫の顔が見たいという母の気持ちは分からないでもない。
女手一つで自分を育ててくれた母の願いを叶えてあげたいとも思う。
だがしかし、こればっかりは本人達の気持ちの問題だ。
自分もキラもまだ子供で、これから少しずつ夫婦の何たるかを知っていこうとしているところだ。
今はまだその入口に差し掛かったにすぎない。
それに、順番から言えばまずはキラに花嫁衣裳を着させてやるのが先だろう。


『女性なら誰でも結婚式って憧れると思いますよ』


勿論イザークにだってそれくらいは分かっている。
しかし、彼らにはいま一歩結婚式に踏み切れないある事情があった。

行く当てもなく通路を進んでいたイザークの視界に「それ」は突然飛び込んできた。


「やあ、イザーク」

「・・・・・・なぜ貴様がここにいる」


通路の向こう側から姿を現したのは本来このガモフにはいないはずのアスランだった。
手には何やら書類を持って、無重力の空間をイザークへと近付いてくる。


「ちょっと用があってね。もう戻るところだ」

自分を見ておもいきり顔を顰めるイザークの姿に内心で溜息を吐きながら、アスランは「そう言えば」と何か思い出したように振り返った。


「イザーク、結婚してたんだって?」

「・・・・・それがどうした」

「いちいち突っ掛かるなよ・・・。別にからかってる訳じゃないさ。おめでとう」


口にした祝いの言葉にもイザークは眉を寄せたまま。
だがアスランはそれを照れと受け取ったのか、逆に笑みさえ浮かべて更に続けた。


「ヴェサリウスもその話で持ちきりだ。相手の子に会えなくて残念だよ。もうプラントに戻ったんだろう?」

「・・・ああ」

「今度機会があったら紹介してくれ。じゃあ・・・」


それだけ言うと彼は格納庫に向かっていく。
次第に遠ざかるアスランの背中を見送りながら。


「・・・・・もしあいつに会ったら、貴様は一体どんな顔をするんだろうな。アスラン」


イザークは思いきり皮肉を込めた口調で呟いた。



二人が式を挙げない理由。
それはたった今祝いの言葉を告げたアスラン・ザラその人だった。


written by すみっこ:秋津るの様

文字でキラらぶTOPへ
TOPへ戻る


UpData 2005/11/10
(C)Copy Right, 2005 RakkoSEED.All right reserved
【禁】無断転載・無断記載