♀キラちゃんinZAFT、しかもキラちゃんはイザ君の婚約者!
気持ちのすれ違いや誤解で、でも一筋縄では結ばれず・・・
チョット攣れないけど情熱的(何時もと一緒か・・・)なイザ君に、ヘタレていない王子・アスランが素敵♪
イザキラ前提のキラちゃん総受け。



 
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軍服の婚約者1〜5
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※ ※ ※

※ ※ ※


壊したものは数知れず。
机に椅子に、テレビにベッド。
その度自費で新しいものを買わされて。
おかげで万年金欠状態。
上からのお叱りと毎度書かされる始末書がもう山のようになっていて。
精神疲労も重なり、身も心もそのうちボロ雑巾のようになって使い物にならなくなるんじゃないだろうかと思う。
どこかに、こいつの気性を柔らかくする柔軟剤でも売ってたらいいのに。

ディアッカは、目の前で暴れ狂うイザークの姿を前に、
自己の記録の中でも上位に入るほど大きな溜息をついた。

「アスランのやつ〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
「お前、そればっかだな。もう満足だろ。いい加減やつにつっかかるのやめとけば?」

言っている間にも室内付属の通信機が火花を上げてショートし、その耳をつんざくような不快な音に耳を塞ぐ。
イザークは、ようやく気がおさまりはじめたのか、肩をぜぃぜぃ鳴らして立ち尽くしていた。
銀色の髪は乱れに乱れ、誇りとする紅の軍服までぐしゃぐしゃ。
おまけに室内がこんな惨状なら、第三者が見たらさぞ驚く事だろう。
しかし、もうすっかり慣れっこになってしまったディアッカだけは、
部屋の隅に避難し、そこでくつろいでいた。
簡易椅子を設置して、あぐらをかく…というよりはだらだらした格好で騒音が鳴り終るのを待ってから手を降ろす。
そうしてまた、溜息をついた。


今日、イザークはアスランにチェスで挑み、負けた。
アスランとは、若干16才にして各部門に精通し、文武両道、容姿端麗、才色兼備、家柄も文句無しの超天才、アスラン・ザラの事だ。
まさに天からニ物も三物も与えられたようなその存在に、だれしもやっかみの一つも感じるのは当たり前だろう。
しかし、イザークの『アスラン・ザラ』に対する対抗意識は、他の抜きん出て並々ならぬものがあった。

ディアッカも、あまりそういう部類の人間が好きではなかっただけに、自分から好んで話しかけようなんて思ってはいなかったが、イザークだけはどうにもそうはいかないらしい。
やれ気に食わない、やれ生意気だと言ってはからんで、その度に負かされて帰ってくる。
更にその鬱憤を器物損壊で晴らすのだから、始末におえない。
最近はチェスにこっていて、暇さえあれば勝負を挑んでいるらしかった。
負けたものは負けたと素直に認めればいいものを、彼の気位の高さがそれを許してはくれないらしい。

今日も今日とて勝負を挑み、そしていつものように、負けて帰ってきた。
そしてこの惨状が繰り返されるのである。

「だいたい、あいつに勝負を挑むって事自体無謀なんだよ。っとに、俺も言いたかないけど、無敵ってやつ?異常なんだよ、次元が違うんだよ。だからやめとけって。」
「貴様は俺が一生ヤツには勝てないと言いたいのか!!!?」
「そこまでは言わないけどさぁ…。」

はぁ、ディアッカの口からまた溜息がもれる。
イザークとて、家柄もそこそこだし、才能も実力もある。
アスランが現れるまでは、何をするにも最高値だったし、人々の賞賛もあびてきた。
容姿ひとつをとってみても、珍しい銀色の髪は付き合いの長い自分ですら時々見とれるほどに美しいし、眉目秀麗。
はっきりいって、顔もかなりいい。
あまりに綺麗な顔をしているから、見る人に冷たい印象を与えるが、それが逆に高貴さを漂わせているらしく、ご婦人方から「氷の貴公子」として評価をあげていた。

…ただ、この激しい気質さえなければ…。

ディアッカは、イザークがアスランに実力勝負で勝てない原因が、この気性にあるのだと思っていた。
すぐムキになり冷静さを欠く、この単細胞(失礼)さえどうにかなれば、イザークも恐らくアスランと対等…いや、それ以上になるかもしれない。
だが、自分がいくらなだめても、いくら注意しても、アクの強すぎる性格はどうにもならず。
もうさせるがまま、イザークが自分で自分の首を締めてゆく様を見守るしかなかった。

「いや、だってお前、あいつの周りを見てみろよ。親父は国防委員長だしさぁ。」
「……っ……!!」
「アカデミーでは常にトップだったし?」
「………っっっ!!!」
「それに婚約者が、あのプラントのアイドル、ラクス・クラインじゃあなぁ…張り合いようがないっていうか。」

少し酷かとも思ったが、いっそ現実を突き付けてやった方がいいのかも知れない。
ディアッカは指折り数えながら、アスランの誰も適うはずなどない要素を上げていった。
いくら努力しても、いくらもがこうとも、どうにもならないものだってあるのだから。
それに言葉を詰まらせたイザークは、図星をつかれたようにピタリと動きを止めて、わなわなと手を震わせていた。
ディアッカはやれやれと肩を竦め、近くに避難させていた雑誌を手に取る。
ペラペラとそれを捲り、気を紛らわすために読みはじめて数秒。
ドン!!!と、強く壁を叩く音が部屋に響いた。

「どうせ……っ…!」
「……へ?」

小さく漏れた声に、ディアッカは眉を顰めてイザークを見る。
イザークは何かを溜めるように静かに肩を震わせて。
それからキッとディアッカを睨み付けた。

「どうせ俺の親は平の評議員だっ!!!!」

……子供か、お前…。
ディアッカは心の中でそう呟き、あまりに卑屈な主張をするイザークにあっけにとられる。
イザークはツカツカとディアッカに歩み寄り、その胸ぐらを掴んだ。

「ああ、そうだ!どうせ俺の親は国防委員長でもないし、アカデミーでもトップじゃなかった!!婚約者だって、アイドルでも有名人でもないさ!!だがそれとこれとは話が違う!!!!!」

ぶんぶんとディアッカの身体を揺すぶりながら叫ぶイザークは、本当に悔しくて悔しくて仕方がないようで、ディアッカは何だか可哀想な気分になってきた。
そうか、わかってるんだな、お前も辛いんだな、イザーク…!
一瞬脳裏によぎった親愛(?)の言葉を口にしようとして、ディアッカは はた、と何かに気付く。


「………お前、婚約者いんの?」


ごくごく普通に聞き返したディアッカに、イザークはあからさまに『しまった』という顔をした。



※ ※ ※

※ ※ ※



「うっそ、それ初耳!婚約者いんの、お前って!!」

肯定はされずとも、イザークの顔が雄弁に真実を語っている。
初めて知ったその事実に、ディアッカの表情が心底意外そうに呆然となった。

「…誰もいるとは言ってないだろう!」
「…何だ、いないの。」
「…………………いる。」

イザークが慌てて否定の言葉を吐くが、そこは長い付き合い。どうすれば本音を吐かせる事ができるかなんて、ディアッカには解り切っていた。
興味を失ったふりをして、また雑誌に目を落とせば、少し間をおいてイザークが事実を認める。
それにニンマリとして、ディアッカはイザークの首根っこをがっしりと捕らえた。

「へぇ〜っ!お前に婚約者、ねぇ。どんな子よ?かわいい??」
「知るか!知りたくもない!!」

面白半分、といった態度で聞いてくるディアッカに、イザークはますます険しい顔をしてその腕を振払う。
癇癪を起している…というか、何だかふてくされてしまったような彼に、ディアッカは目を丸くした。

「…何、会った事ねぇのかよ?」
「ない。親同士が勝手に決めた許嫁だ。ろくな女じゃないに決まっているさ。」

ああ、と思う。
自分達は皆、婚姻統制によって意に沿わぬ相手と婚姻を結ばされる場合も多々有る。
しかも、イザークもアスランも自分も、ザフトを動かす評議会のメンバーを親に持つ故、政略的婚姻というものが常についてまわった。
アスランですら、何も相手を望んで婚約をしたわけではない。ただアスランが幸運だったのは、相手が顔も名前も誰もが知る少女だという事。
いきなり引き合わされて即婚姻、というのも少なくないだけに、それに当たってしまったイザークの、相手への不安も人一倍なのだろう。
それを汲み取って、ディアッカは冷やかすのも悪い気になった。

「そりゃあお気の毒さま。で、名前くらいはわかんないわけ?調べりゃ顔くらい解るんじゃねぇの?」
「知るか。だいたい、俺だってつい最近までそんな女の存在など知らなかったんだ。」
「へぇ?何か極秘っぽいじゃん。でもさ、案外可愛い子かもよ?お前の母さんの事だろ。変な女を息子にあてようなんて思わないさ。」

気休めのつもりで言ってはみたが、何だかイザークの顔が前より恐くなってしまった。
ディアッカは、自分が何かまずい事でも言った気がして、また椅子に座り直し雑誌を捲った。

「………の女でもか…?」
「………は?」

話の区切りをつけたつもりのディアッカに、イザークはまだ向き合っている。ボソリと呟かれたその声に、ディアッカは怪訝な顔を上げてイザークを伺い見た。

「軍人の女でも、貴様は可愛いといえるのかっっ!!!!」

がばりと、再びイザークが叫びを上げてつかみかかっているのに、ディアッカはそのまま後ろへ倒れそうになる。
しかし幸か不幸か後ろは壁。
倒れる事なく壁に背中を押し付けられる体勢になって、息がつまった。

「……………はい?」
「相手がアカデミーでナイフや銃を振り回しているような女でも、貴様は可愛いなどとぬかせるのか!!!?ええっ!!!?どうなんだ、言ってみろ!!!!!!」

そのディアッカを椅子ごと壁に縫い付けて、イザークは今迄にない興奮を見せていた。
お前に何が解るんだ、と言わんばかりにまくしたてて、自分の中でたまっていた憤りを目の前の相手にぶつける。
思えば今日アスランに勝負を挑んだのも、この鬱憤をどうにかする為だった。
昨日初めて知ってしまった、事実。
自分に婚約者がいたという、最悪の真実。

いつか自分にもそういう相手ができるだろうとは思っていたが、
相手は自分で見つけようと、イザークは密かに決意していた。
政略結婚でも何でも、相手はひととなりを見てから、自分で好きだと選びとって承諾する。
そうして必ず、アスランよりもずっとずっと相手を幸せにしてやる。
そう、決意していた。

…昨日までは。



思い返すのも憂鬱になる昨日の午後。
突然入った通信により、それは知らされた。

自分には幼い頃から既に決められていた許嫁がいて、その許嫁が昨日、軍のアカデミーを卒業したというのだ。
許嫁がいたという事だけでも充分ショックだったというのに。
よりにもよってその女が、軍人だなんて。
それも、女性の多いオペレーターなどではなく、正規の軍人だなんて。
心の準備も何もできていなかったイザークは、あまりにショッキングな知らせに言葉も出なかった。
たいそう優秀な女性らしいが、家柄はさほど有名でもないらしい。
しかし、そんな事は聞きたくもない。

正規の軍人で、しかも優秀といわれれば自ずとその女性像が頭の中で組み上がってしまい、イザークは添付して送られてきた彼女のデータを丸ごと削除してしまった。
嫌だと、そんな女はお断りだと反論したかったが、イザークの母・エザリアはそれも予測済みだったらしい。
送られてきた通信データは録画されたもので、リアルタイムでエザリアが送ってきたものではなかった。

どこにも吐きだせなかった不満をアスランとの勝負で紛らわせようとしたが、鬱憤は溜るばかり。
どうしてこう、自分の思う通りにいかないことばかりなんだろうと、イザークは現実を憎んだ。

「……そりゃあ……げ、元気があっていいんじゃないの…?」
「元気があるとかそういう問題じゃない!品性の問題だ!そんな筋肉女、俺はお断りだ!!!」

引きつった笑いを浮かべ、ディアッカが必死に言葉を選んで言ってくるのに、悪態をつく。
イザークとて、そんな気休めは昨日からずっと飽きるほど自分に言い聞かせた。

案外かわいいかもしれない、とか。
案外家庭的かもしれない、とか。
健康なら、それで充分じゃないか、とか。
しかし、そんなもので今迄計画してきたものを粉々に打ち砕かれたショックは和らぐ事はなかったのだから。

そうだ、こんなに不幸な事はない。
アスランに勝てるとしたら、伴侶との幸せしかないと、本気で考えていたのに。
もう、人生お先真っ暗だ。

急に沈んできた気持ちに舌打ちをして、イザークはガンッとディアッカを支えていた椅子の足を蹴り飛ばした。
派手な音をたててディアッカが床に沈む。
その間抜けな様子と、不幸すぎる自分に笑って、イザークはまだ新品同然の自分のベッドに寝転がった。
ふて寝を始めてしまった友を床の上で眺めながら、ディアッカは溜息をつく。
転がされた椅子に身体をもたせかけて、やれやれと肩を竦めた。

死んだって言葉には出さないが、その女はきっとお前にピッタリだよ、と思う。
イザークほどの気性の荒さに生涯をとしてついてゆくには、同じくらいの強さが必要なのかもしれない。
イザークと対抗できる女など想像するのも恐ろしかったが、ディアッカはそれはそれでうまくいくのでは、と考えた。
ただ、イザークがその女と結婚したら、彼等の家に自分は一生涯近付くまい。
どんな家庭ができあがるのか…それを思うと、何だか「お気の毒さま」と言いたくなった。


その日一日ふて寝を続けたイザークと、部屋の片付けと備品の発注、始末書の山に追われていたディアッカは、まだ知らなかった。
イザークの婚約者である『キラ・ヤマト』という名の少女が、今まさに彼等の部隊に入営を果し、仲間の一員に加わろうとしているという事を。
そして彼女が、彼等の想像など遥かに越えた存在であるという事を。



※ ※ ※

※ ※ ※



翌朝。
ディアッカはしょぼしょぼする目をこすって廊下を歩いていた。
結局昨日だけでは始末書の山を片付けることができず、徹夜作業となってしまった。
全ての始末書がイザークのせいであるというのに、どうして自分が一人で処理しなければいけないんだと思ってみるが、それは言っても仕方のないこと。昔からイザークのしでかした事のツケを払ってきたディアッカにとって、もうそんな事は諦めの境地に達していた。

ただ辛い。しんどい。眠い。
悪い事ずくしの3拍子に、恐らく自分は長生きしないだろうことを悟る。
そして、昨日明かされたイザークの婚約者様の存在に、胃まで痛くなってくる始末だ。


今日はMSシュミレーションの日。
きっと自分にはいい記録が出せないだろう。
まぁ、いつだってあの二人相手にいい結果を出せた事などないのだが。

ぼうっとする頭を押さえつつ、ノロノロと廊下を歩きシュミレーションルームへの角を曲がろうとした、その時。
突然、ディアッカの視界がガクリと揺れた。
何事かと思って目を瞬かせると、目前には白い人影。
それに、出合い頭にその人物とぶつかってしまったのだと悟り、ディアッカは焦って身を起した。

「悪ぃ、大丈夫………」

言いかけて、言葉を失う。
そこに倒れていたのは、ここにはおおよそ不似合いな、細くてか弱そうな物体だった。
白いロングのワンピースを纏い、その裾から覗く手足の綺麗なこと。
その上長い茶色の髪は、勿体無い程さらさらと床に散らばって、どこからこんなものが生まれてきたのかと、信じられないくらい。
そして。
その髪の隙間から驚いたようにこちらを見ている瞳は…まるで、宝石のようだった。
しばらく呆然となったディアッカを前に、そのふわふわと柔らかそうな存在は泣き出しそうに瞳を潤ませる。それにギクリとして、ディアッカは慌てて彼女の側に駆け寄った。

「わ、悪い。大丈夫か!?」
「こっちこそ、ごめんなさい……よそ見をしていたもので、つい…。」

見かけより若干低めの声が、小さく帰ってくる。
その響きがあまりに優しくて、ディアッカはぼうっとした頭がいっきに覚める思いがした。
立ち上がる手伝いをしようと、細い腕をとって、その柔らかさに心臓が跳ねる。恥ずかしそうに俯いた顔は赤みを帯びて、何だかこちらまで恥ずかしくなってしまった。
ゆっくりとディアッカの手を借りて立ち上がった少女は、乱れた髪を慌てて手で解かす。
ふぁさっ、ふぁさっと音がなりそうな髪の艶やかさに、ディアッカは徹夜の疲れを癒された気になった。

「ほんと、悪い。怪我、ないか?」
「あ、大丈夫です。本当、気にしないでください。あなたも、大丈夫ですか?腰を打たれたんじゃないですか?」

朱に染まった顔をぶんぶんと振って不安げに見上げてくる少女は、恐ろしく小さな顔と大きな目、そして「可愛い」と一言では賛美できないほどの容姿をしている。
まじかにそれを見せつけられて、ディアッカは周囲にあるはずのない花畑を見た。
またぼうっとなってしまったディアッカに、少女は更に心配そうに首を傾げる。
そのひと仕草さえ、鈴の音が聞こえてきそうに愛らしくて、自然頬がゆるむのを止める事ができなかった。

「本当にごめんなさい。どうしよう、僕…。」
「あ、いや!そうじゃないんだ。大丈夫、君みたいな可愛い子に出会えるんだったら、徹夜も悪くないな…って。」
「………?」

思わず取り繕った言葉に、少女はわけもわからず首を傾げる。
しかし、ディアッカの顔を見つめていた視線を下に落とすと、驚いたように目を見開いた。

「あ、もしかして、クルーゼ隊の方ですか?」
「そう…だけど?」

今気付いたとばかりに目をぱちぱちさせる彼女に、今度はディアッカが首を傾げる。
少女はそれを聞いて、更に頬を真っ赤に染めてディアッカを見た。

この反応はもしかして…。

ディアッカの心のうちに、少女に対する期待が沸き上がる。
クルーゼ隊といえば、ザフトのエリートの中のエリート部隊。
名前だってプラント中に知れ渡っている。
中にはファンクラブもあって、たまに施設に忍び込んでくる子供や女性がいるという話も聞くくらいだ。
そうでなければ、軍施設の中にオペレーターでも何でもない、しかもこんなに可愛い女の子がいるなんて状況、考えられなかった。

ディアッカは幸少ない人生の中で、そんな希少な場面に遭遇した事に感謝した。
ここでお近づきになれば、何かしらうまい具合に転ぶかもしれない。
一通り頭の中で模索して、最高の口説き文句を思い描いたディアッカは、次の少女の一言で現実に呼び戻された。

「クルーゼ隊所属の、イザーク・ジュールさまを御存知ですか?」
「…………へ?」

突如として出てきた、自分の生涯の悩みの名に、ディアッカの心はいきなり天国から地上に突き落とされる。
少女はそわそわとしながら、瞳だけはキラキラと輝かせ、ディアッカの言葉を待っていた。

何だ、イザーク目当てかよ…

心の中で毒づいて、少女には解らないように舌打ちをする。
その時、ディアッカの視界に今邪険にしたばかりの銀糸が飛び込んできた。
廊下の向こうから、遠くからでも目立つ銀色の髪と紅服が歩いてくる。イザーク一人ではなく、アスランとニコルも一緒だった。
何やらモメているらしい様子に、またイザークがアスランに勝負でも挑んでいるのだろうと見当がついて、溜息をつきたくなる。
どうやらこちらには全く気付いていないらしい。

「あ〜…あれ。あそこにいるけど。」

脱力しかけた手でディアッカが指を差すと、少女がばっと振り返る。
その瞳に、シュミレーションルームへと歩いてゆく3人の姿が映った。
少女は慌てて壁の影に隠れると、その影からもう一度イザークの方を覗き見る。
何だかどこかの古い漫画で見たような展開だな…なんて思いながら、ディアッカは彼女の背を見守っていた。

「…本当だ…エザリアさまそっくり…。」
「…え?」

少女の口から飛び出した名に、ディアッカは目を剥く。
知り合いなのかと聞きかけたところで、少女がくるりとディアッカの方をみた。

「頭、おかしくないですか?」
「………はぁ?」
「髪、乱れてません?服、汚れてたりしませんか!?」
「…大丈夫、だと思うけど…。」

今、行かない方がいいと思う…そう、付け足そうとしたディアッカだったが、少女は既に聞いていなかった。

「よしっ!」

壁の影で一度気合いを入れて、廊下に飛び出す。
相当なファンなのかな…なんて惚けた頭で考えて、次にイザークに幻滅する彼女の顔が目の前に浮かんだ。
ファンだか何だか知らないが、イザークに夢を見るとろくな事がない。
ちょうど今、アスランにからんでいる時だから、機嫌は最悪なのだろう。
それに突っ込んで行った少女の無垢さと無知さと無謀さを見送って、ディアッカはゆるく手を振った。

しかし。
予想していたシーンは、いつまでたってもやって来なかった。
イザークは結局こちらに気付く事なく、シュミレーションルームへと消えてゆく。アスランとニコルもそれに続いて、廊下には静けさが漂っていた。
後に残されたのはディアッカと。
床と仲良しになる少女の姿。
飛び出した瞬間に勢いを付け過ぎて、前のめりに倒れてしまった少女を、ディアッカはあっけにとられて見下ろしていた。

「…だ、だいじょうぶ……か?(間抜けだな〜…)」
「………は、はい…すみませ…っ…。」

再びディアッカに身を起されながら、少女は大きな目をこれ以上ないくらい潤ませて、必死に羞恥に耐えている。その姿に何ともまぁ、加護欲をかきたてられて、ディアッカは仕方ないとばかりにイザークを呼んでやろうと声を上げた。

「おい、イザー……」
「あっ、い、いいんです!!!今日は諦めますっ!!」

その口を少女の手がやんわりと塞ぐ。
唇にあたった柔らかい手の平にドキリとして、ディアッカが口を噤むと、少女が照れたように笑った。

「こんな所見られたら、恥ですから…。ありがとうございました。」

それだけ言い残して、彼女はシュミレーションルームとは反対の方向へ、去って行った。
茶色の長い髪がさらさらと揺れて遠ざかってゆく様を、ディアッカはぼうっと見送り続ける。


「…あんな子が婚約者だったら最高だよな…。」


まぁ、自分にもイザークにも、そんな事はありえない事だけど。
ディアッカの口から、いっそ切ないまでの溜息がこぼれ落ちた。



※ ※ ※

※ ※ ※



シュミレーションを終えた午後8時。
その後たっぷりイザークにからまれたアスランは、疲れた身体と心を休めるため、寝室への道のりを急いでいた。

プラントの空はもう真っ暗で、宇宙の星々がところせましと輝きを放っている。
もう見慣れてしまったその景色に特別目を奪われる事もなく、疲れた目を休めるためだけに眺めていると、世界がとても平和に思えた。

軍施設の棟と棟をつなぐ渡り廊下にさしかかり、宿舎へ入りかけた時。
ふいにアスランの耳に、聴き慣れた音が入り込んでくる。
空耳かと思って足を止めると、その音は中庭の方から聞こえてくるようだった。

♪……しずかな……このよるに………あなたを…待ってるの……

かすかに風に乗って聞こえてくる、歌声。
美しいその響きは、自分の婚約者であるラクス・クラインが画面の中で人々に語りかけているメロディそのものだった。
誰かがラジオでも聴いているのだろうか。
一瞬はそう思ったが、たどたどしいその声は現実のもののようで。
アスランは自然、その歌声の方へと歩みを進めていた。
芝生の広がる中庭には、所々に木々がうえられている。兵士達の憩いの場でもあるそれらの、その先に、小さな池があった。
人の体温を察知して点灯するライトが、アスランの行く道を照らし、真っ暗だった中庭を明るくする。
その気配を感じたのか、歌声がプッツリと途切れてしまった。
池の方から、ガサガサと草がざわめくような音がする。

「あ…。」

逃げてしまったのだろうか。
アスランはすごく悪い事をしたような気になって、慌てて池の方へと走った。

「あ。」

すると、そこには。
前のめりに倒れている、ひとの姿があった。
さらさらと零れる茶色い髪が草の上に広がり、少し汚れたスカートの裾がふわりと地面に落ちている。
彼女のものであろうヒールのついた靴が、あっちとこっち、バラバラの位置に散らかっていて。
すぐ近くにあった方の靴を、アスランは拾い上げた。

それに気付いた彼女は、慌てて身を起して、アスランを見る。
思い出したように点灯したライトが照らした彼女の姿に、アスランは息を飲んだ。
澄んだ紫色の瞳は照明をあびて、まるで空の星がおちてきたような輝きを放つ。不思議な色合いをした肌に白いワンピース姿がよく映えて、幻想的な雰囲気をかもしだしていた。
長い髪がサラサラと肩から流れる。
それにすら絹糸を連想させられて、アスランの目にはその少女が、天使か何かのように見えた。

靴を片方持ったまま呆然としているアスランに、少女は頬を染めて身なりを整える。
どうやら転んでしまったようで、すりむいた膝をしきりに気にしていた。
そうしてもう片方の靴を自ら拾い上げて、羞恥に染まる顔をアスランに向ける。
それでも尚、アスランはぼうっと彼女を見つめていた。

「あの、ごめんなさい。靴……。」

控えめな声をかけられてようやく、アスランはびくりと身体を揺らす。
そして、急に熱を帯びてゆく顔を隠すように、わずかに顔をそらして靴を彼女に差し出した。

「ご、ごめん。邪魔するつもりじゃなかったんだ。ただ、歌が聞こえたから…。」

しどろもどろになりながらアスランが言うと、少女はきょとんとしてアスランの顔を覗き込む。
受け取った靴を履く事もせず手に持って、少女は裸足の足を一歩、アスランへ近付けた。

「………アスラン?」
「えっ…。」

突然呼ばれた自分の名に、アスランは反射的に少女を見る。
少女ははっきりと正面から見たアスランの顔に、はっと花が咲いたように破顔した。

「アスラン・ザラ?」
「…あ、ああ…。」

更に距離をつめて見つめてくる瞳に、どうしていいか解らない。
アスランは見つめられる分、少女を見つめ返して、どこかで会っただろうかと必死で記憶を探った。

「わぁっ、アスラン・ザラにお会いできるなんて、感激です。いつもお姿はテレビで見てます。本当、すごくかっこいい…。」

目をキラキラさせて話す少女に、アスランは少しガッカリした気分になる。
自分が有名なのは既に自覚のある事だが、目の前の彼女にまで他のその他大勢と同じ目で見られているという事が淋しく思えた。
何と言っていいか解らず、目線を再び彼女から逸らすと、視界に裸足の足が飛び込んできた。

「足、どうしたの。」

いつまでも靴を履こうとしない少女を訝しんで問いかけると、少女は焦ったように靴を履いた。

「あ、いえ。何でもないんです。靴が慣れなくて、ちょっと。」

申し訳程度につまさきだけ靴に収めた足は、随分痛むのだろう。
小さな足を落ち着きなく動かして、痛々しかった。

「ちょっと、見せて。」
「え?」
「足、怪我してるんだろ?」

自分でも、何故ここまでおせっかいになってしまったのか、解らない。
何だかそうしてあげないといけないような、何とかしてあげたいような加護欲にかきたてられて。
アスランは返事を聞く前に、少女の前へ屈み込んでいた。

「あの、いいですから。別に何ともないですから…!」

有無を言わさず片足を持ち上げてやると、バランスを取ろうと少女がアスランの肩に手をつく。
そのままアスランは少女の白い足を自分の膝にのせて、ゴソゴソと軍服のポケットを探った。
そこから出てきた真っ白いハンカチを二つに割いて、まめのできた足先を覆ってやる。
片方をそうして、もう片方も同じように括ってやって、その間中彼女は黙ってアスランのする事を見ていた。

「ありがとうございます…優しいんですね。ラクスも、幸せだな…。」
「…え。」

全てを終えて少女の両足がまた靴に収まった頃、彼女がボソリと呟く。
驚いて顔を上げたアスランに、少女は満面の笑みをうかべた。

「ラクス…と、知り合いなのか?」
「はい。プラントのアイドルと…なんて、おかしな話ですけど。お友達です。幼年学校が一緒でした。」
「そ…う。」
「はい。アスランさんみたいにかっこよくて優しいひとが婚約者だったら、すごく幸せだな。ラクスが羨ましいです。」

無邪気に笑う少女が、恨めしい。
自分は親の決めた婚約などで、相手を決められたくはなかった。
もっと、こう…そう、彼女との出会いのように、運命的なものを感じて相手を決めたかった。
照明を反射して輝く池の水面を眺めながら、アスランは溜息をついた。

「あの、アスランさん…」
「敬称はいいよ。ラクスと友達なら、俺とも他人というわけじゃなさそうだから。敬語を使われるのも、変な気分だし。」
「うわぁ、嬉しい。じゃあ、アスラン。クルーゼ隊の、イザーク・ジュールさま、知ってる?」
「ごほっ…!」

唐突に耳から入ってきた思いもかけない名前に、アスランは思わず咳き込んでしまった。
彼女の口からイザークの名前が出てきた事だけでも充分予想を越えていたというのに、よりにもよってイザークの名前に『さま』までついてくるなんて。
アスランは、そのまま咳き込み出したのを止める事ができずに、トントンを拳で胸を叩いた。
少女も苦し気にうめくアスランに驚き、慌てて背をさすってやる。
ひとしきり咳き込んだあと、涙目になってしまったアスランは、普段は滅多にしないようなひきつり笑いを浮かべてしまった。

「イザーク…?彼がどうかしたの……?」
「えっと…今日、実はイザークさんに挨拶に伺おうと思って来たんだけど。失敗しちゃって…。どんなひとかなぁなんて。アスランはイザークさんと仲いいの?」
「仲がいいも何も……。」

いつもからまれてるだけの、最悪の関係だよ。
と、思ったが。口には出せなかった。

「スカートやこんな靴なんて久しぶりに履いたから、落ち着かなかったんだけど。初めてお会いする時くらい、女の子らしい格好しなきゃって思って…それが逆にドジばっかり。服もこんなに汚れちゃうし…。」

ありえない…。
頬を真っ赤に染めて語り始めた少女に、アスランはショックというより衝撃をうけて、何だか急に目眩がした。
そういえば、だいたいこんな少女が軍施設にいることすらおかしい。
自分の隊にはファンクラブもあるというし、盲目的なファンがここに忍び込んでくるというのも、聞かない話ではない。
ラクスの知り合いなら、何とかここに入れてもらえるよう口添えをしてもらうことだって可能なはずだ。
まだ何か語っているらしい少女のキラキラした瞳を、絶望的な思いで見つめながら、アスランは憧れとは恐ろしい、と思った。

一生口にも出したくなどないが、イザークは同性の自分から見ても、顔が人間離れして綺麗だ。銀色の髪も珍しいし、見栄えが酷くいい。
その為か、ファンも多くて彼に何らかの理想を描いている少女たちが沢山いる。
アスランも初めて出会った時は、こんな人間がいてもいいのかと半ば嫉妬に似た気持ちを抱いたものだが。
彼を知ってゆくにつれて、その感情は跡形もなく吹き飛んでしまった。
イザークは、見た目の中身のギャップが大きすぎる。
そのあまりの大きさに、イザークを盲目的に信仰していた少女たちが何日も寝込むくらいだ。
恐らくこの少女も…。

「どうしてよりにもって、イザークなんだ…。」

自然に口から飛び出した本音に思わず口を塞いで、アスランはまたひきつった笑いを浮かべる。
目の前の純真無垢を絵で描いたような少女は、そんなアスランの反応に首を傾けている。
こんなに可愛いのに、どうして自ら不幸な道へと突き進むのかと、アスランは『美人薄命』という言葉を瞬時に頭に描いた。

「どうかした?」
「いや…別に。イザークは遠くで見ていた方が、いいと思うな。」
「それってどういう…」
「ああいや、ほら。イザークも忙しいから。近寄って怪我でもしたら大変…じゃなくて、君みたいな子がこんなところでうろうろしてちゃ危ないよ。」

少女のためにも、不本意ながらイザークを弁護しておこう。
必死で言葉を選びながら、しどろもどろになるアスランをまじまじと見つめ、少女は難しそうな顔をした。

「そうだよね…忙しい方なんだよね。じゃあ逆にこんな格好でご挨拶に行ったら、迷惑だったかもしれないなぁ。第一印象が大事だって本に書いてあったから、よくわからなくて。」
「…………は?」
「教えてくれてありがとう、アスラン。」
「え?あ………?」

何だか変な方向に話がいった気がして、アスランはぽかん惚けてしまう。
そんなアスランの事など気付かずに、少女はよしっと勢いをつけて立ち上がり、大きく伸びをした。

「今日は本当にありがとう。クルーゼ隊って、いいひとばっかりみたいで、安心したよ。」

振り返った彼女の、笑顔が酷く眩しい。
アスランはわずかに目を細めて、ひょこひょことつま先を庇って歩くその背を見送った。
今のは一体、どういう意味なんだろう。
それは後になって思い付いた疑問で。
その時のアスランには、声を張り上げてそれを聞くのがやっとだった。


「あ、君っ!名前は!?」

「キラ!キラ・ヤマト!!!!また明日ね、アスラン!!」



※ ※ ※

※ ※ ※



「……と、ここまでが新たな情報だが…。ところで本日、アカデミーの新卒者がこちらに着任する予定になっているのだが…。」

ブリーフィングルームで行われていた戦局や何やらの説明の後、唐突にその話はもちあがった。
クルーゼは目を丸くする紅服4人を見遣り、意味ありげな笑みを浮かべ、イザークの方に目を止める。仮面で隠されてしまっている目線ではあったが、それが自分に向けられたものだという事は、イザーク本人が一番よく分かっていた。
何やら嫌な予感を察知して思わず目を逸らしたイザークに、クルーゼもそ知らぬフリをして周りをみまわす。

「君たちと同じ紅服だ。ゆくゆくは君たちと同じ任務をこなし、同じ機体に乗る事になるだろうから、早々に紹介をしておきたい。」
「一人…だけですか?」

ニコルが先手をきって質問をするのに、他の者は興味津々にクルーゼの答えを待つ。
ただイザークだけは、じっと手元を見つめて顔をこわばらせていた。

「そうだ。エザリア・ジュール議院の推薦でな、こちらにもらう事になった。推薦といっても、実力は折り紙付きだ。安心していい。」

突如として出てきた自分の母の名前に、イザークの肩は大袈裟なほどに反応し。
隣に座っていたディアッカも、はじかれたようにイザークを見た。
他の者も、エザリアの名が出てきた事で、彼が何かを知っているのではと好奇の目をむけている。

「おいイザーク、その新人ってまさかお前の……。」
「………………っ……。」

ひそひそと囁きを漏らすディアッカの声に、イザークが息を飲む。
あまりに中途半端で、あまりにタイミングのいい、しかも自分の母が関わっているという人事に、連想されるのはただ一つ。
最近アカデミーを卒業したという、先日明かされたばかりの…
イザークの婚約者の存在だ。

よもや自分の隊に入ってくるなどとは考えていなかったイザークは、ただでさえ白い顔を更に蒼白にして、拳をぶるぶると震わせていた。
それを哀れみの目で見つめながら、ディアッカ本人も自分のこれからに不安が沸き起こる。
ふたりしてブルブルと震え出す同僚を見遣り、アスラン、ニコルらは妙なのもでも見るように眉を寄せた。

「で、”彼女”のことだが。」

びくり。
再びイザークの肩が揺れる。
ディアッカもやっぱり…と、額に手をかけて頭痛をこらえた。

「え、女性なんですか?」
「そうだ。紅服初の女性兵だが…身構える必要はない。彼女も同じ男性だと思って接してやってくれ。…で、彼女にはここの場所を連絡していなくてな。誰かに迎えを頼みたいのだが……。」

ぎくり。
わざとらしいともいえる思案ぶりで全員を見回すクルーゼに、ディアッカもイザークも確信的なものを感じる。
エザリアからの推薦であるというならば、その女性兵の内情をクルーゼが知らないはずはない。
クルーゼは、まさかイザークが「それは私の婚約者です!私が迎えにいきます!」とでも申し出るのを待っているのではないだろうか。
それを裏付けるかのような、長い長い沈黙に、イザークはとても耐え切れなかった。


「イザーク。」

ガタンッ
いつまで立っても名乗りを上げないイザークを、とうとう名指しできた時。
ブリーフィングルームにざわめきが起る。

「うわっ!!!イ、イザーク!!!!!」

ディアッカは自分の隣で聞こえた盛大な音に驚き、床に倒れ込むイザークの姿を見た。
アスランも、ニコルも、その場にいた誰もがそれに驚きを隠せない。イザークが倒れるだなんて、今の今まで見た事がなかっただけに、彼等の反応は大きかった。

「クルーゼ隊長!イザークが倒れたので、医務室に連れていきます!」

周囲の者達がざわめく中、それを遮るようにディアッカが声を上げる。
そして、床に沈んでいたイザークを難無くかつぎあげると、ディアッカは逃げるように、イザークを連れてその場を去って行った。

「どうしたんだ、イザークのやつ…昨日はあんなに元気だったのに。」

誰かがボソリと言ったのに、アスランもニコルも大きく頷いた。

「クルーゼ隊長、その方、僕が迎えに行ってもよろしいですか?」
「…そうだな。じゃあ君に頼むとしよう。ニコル。」
「はいっ!」




ブリーフィングルームを出てしばらく。
ディアッカは、脱力したイザークの身体を支えながら医務室への廊下を歩いていた。
距離を稼いで、見知った顔がない事を確認すると、やれやれと溜息をつく。

「おいおい、タイミングよすぎだぜ、お前…。今の、絶対クルーゼ隊長にバレてたぜ?」

それにうっすらと目を開けたイザークは、ディアッカの肩に回していた手を乱暴に外し、フンッと鼻を鳴らした。

「誰が軍人女など迎えに行くか。それじゃあ俺が婚約を認めた事になるじゃないか!俺は絶対その女とは会わないからな!!」
「まぁ…さぁ……。でもなんつーか、まさか同じ隊に配属されるなんてなぁ。お前の母さんも強引っつーか、何つーか…。」
「くそっ!」

苦笑まじりのディアッカの言葉に、イザークは忌々しげに壁を蹴る。
そしてそのまま、怒り肩で医務室へと入り込んでしまった。

「俺はしばらくここで時間を潰す。貴様も付き合え、ディアッカ!」
「…へいへい。」

ディアッカも半ば諦めたように後に続き、そのまま二人は医務室のベッドで昼寝を決め込むことにした。
誰もいない医務室のベッドにそれぞれ寝転がって、仕切りのカーテンで姿を隠す。
扉の前には、ディアッカの手書きで『面会謝絶』と書かれた紙が張り付けられていた。













「女性の軍人かぁ…どんな人かな…。」


クルーゼに教えられた待機室に向かいながら、ニコルはポツリと呟いた。
女性が前線に来るというのだけでも充分珍しい事なのに、紅というのも気にかかる。
クルーゼが言った通り、紅にふさわしい実力を持っているのかもしれないが、それに相当する人物像が想像し難かった。
アカデミーでは、ナイフ戦や爆弾処理、体力持久力の訓練も行われる。
そこでほとんどの女性が脱落してしまう為、女性はオペレーター止まり、と相場が決まっていた。
紅を着ているという事は、アカデミートップ10に入ったという事で、それはつまり厳しい訓練に耐えた証だ。
決して楽ではない道のりを歩んでまで前線に来た女性というものに、ニコルは独自の想像を巡らす。

どうしてまぁ、ブリーフィングが始まる前に連れて来なかったんだろうとか、仮にも軍人なのだから自分で来る事だってできるだろうとか、そんな疑問も浮かばないわけではなかったが。
それは二の次の事だった。

自分達と同じ赤。
鍛え抜かれた精鋭。
きっとそれなりに筋肉はついているはずだ。

ニコルはまず、それを思い浮かべた。
同年代の女性でそれはかなり厳しいだろうから、きっと20代くらいの長身だろうか。
そういえば、アカデミーの教官には、始終下ネタを吐いているような野蛮な人もいた。
自分もそれにかなり精神攻撃を受けたため、きっと彼女もそれをうけたはず。
なら、今では下ネタになどピクリとも動じない、鋼の精神を持ち合わせている事だろう。
おしゃれなんてもっての他。
汗臭い中に放り込まれて、髪も肌も艶を保つのが大変だ。
女性ならなおさらその苦労はあるだろうに。
次々と描くパーツを組み立てて、ニコルはだんだん恐くなってきた。

初の入営だから、アスランのような無愛想な人物では緊張するだろうし、イザークのようなヒステリーじゃ恐がられる。ディアッカのような軽い人間なら隊全体の気質を疑われそうだし、彼等じゃあまりいい印象をうけないだろう。
そう思って、自分が志願したのだが。

ニコルは、その女性が待っているという部屋に近付くにつれて、失敗したような損な役回りに突っ走ってしまったような憂鬱な気分になった。

徐々に遅くなる足取りで、目的の待機室の前につく。
迷っていても仕方ない、年令は違えど、先輩としてしっかりした態度で向き合わなければ。
ニコルはぎゅっと手を握りしめ、待機室の扉を開け放った。
施設の中で一番狭い、個室程度の部屋に、ソファが2つ向かい合わせに置かれている。
壁際は一面収納スペースになっており、最低限のものしか置いていない。
ひんやりと冷たい空気を感じながら、ニコルは一歩、室内へ足を踏み入れた。

「……あれ、部屋を間違えたかな…。」

しかし、新人が待っているはずのその部屋には、誰の姿もなかった。

「クルーゼ隊よりお迎えに上がりましたぁ〜…」

小さく、伺うように言いつつも、ニコルは奥へと足をすすめる。
まるで幽霊屋敷にでも入ったように、そろりそろりと狭い室内を見回して、何だか拍子抜けした気になった。
どうやら、彼女はここにはいないようだ。
そう結論ずけて、自分が間違えたのか、クルーゼが間違えたのか、それとも彼女が逃げ出してしまったのか、それを考えながら退室しようとした時。
かすかに、何かが身じろぐような衣擦れの音が耳に入ってきた。
それにギクリとして、後ろを振り返る。


「う……ん……。」

今度は、小さな声。
それは部屋の中央にある大きめのソファから聞こえてきて。
ニコルは恐る恐る、そちらを覗き込んだ。

束になった長い茶色の絹糸が、皮張りのソファの上を泳いでいる。
その下には、柔らかそうな赤い固まりがうずくまって、そこから布で覆った足先がすりすりと摩り合わされて飛び出ている。
その物体が人間であるという事を理解するのに、ニコルはたっぷり10秒の時間をかけた。
それでも尚、自分の目を疑う。

ソファに丸くなっていたそれは、すやすやと、規則正しい寝息をたてて眠っていた。
象牙色の肌に、サラサラと前髪がかかり、長い睫がわずかに震える。
そんなささやかな動きにすら、目が霞む程眩しさを感じて。
ニコルはしばし、息をとめていた。

「ふ、ぁ………。」

寝言のような吐息がニコルの鼓膜を優しくくすぐる。
摩り寄せられた足がすぅっと伸びて、机を蹴った。
ガタンッ…と、思いもかけないほど大きな音がなって、それにようやくニコルは呼吸を解放される。
代りに、鼓動が高鳴り身体中の血液が沸騰しそうな錯覚を覚えて。
ニコルはしばしソファから背をむけて、瞬きと深呼吸を繰り返した。

これが、クルーゼの言っていた『折り紙付き』の女性なのだろうか。
あまりに想像を裏切るその姿に、なかなか現実がつかめない。
ちかちかする目で、再びソファにある少女であるヒトガタをみやれば、彼女の身に付けているものが自分と同じ軍服であることに気付いた。

どうしよう。どうしよう。
何か直視してはいけないものでもあるように、ニコルはそわそわと部屋を徘徊する。
起した方がいいのか、では果してどうやって?
すっかり動揺してしまったニコルが右往左往している間に、さすがに少女も気配に気付いたらしい。
うっすらと瞼が開いて、二つの綺麗な色をした寝ぼけ眼がニコルの姿を捕らえる。
ニコルもそれから逃れる事ができず。
じっと、彼女の瞳を見つめ返してしまった。

「あ、あの…。」
「!!!」

あまりに長い時間見つめられていたので、ニコルは羞恥に襲われ、先に目を逸らす。
すると少女は、心底驚いたようにソファから飛び上がった。

「ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いしますっっ!!!」

裏返ってしまった言葉と共に、少女はソファの上でおじぎをする。
深々と、まるで何かを崇めるように頭を下げて、それきりまた、動かなくなってしまった。

「あ、……え?あの……??」

いきなりの事に対処できず、ニコルはしどろもどろになって声を出す。
その声に、少女の肩がピクリと揺れた。
ゆっくりと半身が垂直に伸び、大きく見開かれた瞳がニコルに向けられる。
その顔が放心したようにぽかんとなったのを、ニコルは成す術もなく見まもっていた。

「……あ、あなた…は?」

「え〜っと…クルーゼ隊長の命令で、お迎えにあがったんですけど…。ニコル・アマルフィといいます。あ、あの…?」
「………ニコル…さん…?」

途端に泣き出しそうに表情を曇らせた彼女を見て、ニコルは彼女が人違いをしたんだと気付いた。

「あ、す、すみません…。あの、僕……寝ちゃって…。」

徐々に赤みを帯びる頬を手でさすって、少女は慌てて身を繕い出す。
それをぼ〜っと見つめながら、ニコルは改めて、このひとが仲間になるのだろうかと信じられい気持ちを抱いた。

「てっきり、イザーク・ジュールさまが迎えに来ていただけるものだと…その、ごめんなさい…。」
「…イザーク、ですか…?」
「クルーゼ隊長が、気を遣って下さって…なのに寝ちゃうなんて、恥ずかしい…さっきの、誰にも言わないでね…。」

突如として出てきた思い掛けない名前に、一瞬何を言っていいか解らなかった。
ただ、クルーゼ隊長がイザークを名指した時の事が思い出される。
…イザークは、倒れてしまったけど。

「あ、申し遅れました。キラ・ヤマトです。お迎え、ありがとうございます。」

少し淋し気に笑いながら、キラ、と名乗った少女は意外にもぴっちりした敬礼をした。
ニコルも慌てて敬礼を返し、すっかり弛んでしまった頬をひきしめる。

「ニコルです。少し遠いですが、隊長のところへご案内します。」
「はい。よろしくお願いします。」

にっこりと笑ったキラに、ニコルはまた心臓を高鳴らせた。
そうして、ブリーフィングルームまでの長い距離、彼女と二人きりで話ができるかと思うと、やはり名乗り出てよかったと心底思うのだった。

written by Break Heart/らん様

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UpData 2005/10/04
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