♀キラちゃんinZAFT、しかもキラちゃんはイザ君の婚約者!
イザの勘違でキラちゃんが辛い思いを。
そんなキラちゃんを何かと気に掛けるアスラン・ディアッカ・ニコルが急接近。



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軍服の婚約者6〜10
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※ ※ ※

※ ※ ※


「へぇ…じゃあアスランにも会ったんですか。」


ブリーフィングルームまでの道のりは、徒歩で約10分。
その間をわざとゆっくり歩きながら、ニコルは思いもかけない役得に顔をほころばせていた。

話してみると姿かたちだけでなく、キラは性格も可愛い。
人なつこいし、最初の3分ですぐにニコルに馴染んでくれた。
日当たりのいい廊下を二人歩いていると、すれ違った兵士たちがわざわざ振り返ってまで自分たちを見る。
それが、何だかデートをしているかのようで。
ニコルはイザークが倒れてくれて、本当によかった、きっと日頃の行いの賜物だと大満足に浸った。

「そうなんだよ。中庭で星を見てたらね、偶然会っちゃって。すごくびっくりした。だって、いつもテレビで見る人だもん。」

キラも嬉しそうにニコニコと笑って、身ぶり手ぶりでその様子を伝えてくる。
その様子は、本当にふつうの女の子のようで、不思議と軍服が単なるファッションのように見えてきた。

「でもちょっと、無愛想でしょう?あんまり笑ったりしない人なので…。」
「え?そんな事なかったよ。すごく優しくしてもらったんだ。足をね、怪我してて。応急処置してくれたり。笑い方は、そうだね…あんまり自然じゃなかったかも。」
「…へぇ…アスランが…。」

昨日の夜、アスランと会ったというキラの話を、ニコルは意外そうに聞いていた。
昨日は、シュミレーションの後イザークにしつこくからまれていたから、アスランも相当疲れていたはずなのに。
女の子と話す余裕はあったんだなぁ…と、苦笑がもれる。
そりゃあキラみたいな子と、星空の下で会ったらどんなに疲れてボロボロだったって、話をしてみたいと思うけれど。
立派な婚約者がいるのに、結構やるなぁ…なんて変に感心してしまった。

「あ、それとね。あの…背が高くて、金色の髪で、何だか恐そうな人とも会ったよ。その人もクルーゼ隊だって。」
「金色の髪…ディアッカ、でしょうか…。」
「その人もすごくいい人だった。ニコルも優しいし、クルーゼ隊長も気を回してくれるし、本当にすごくいい人たちに囲まれてるんだね、イザークさんって。」

アスランだけでなくディアッカまで…
先を越された思いで多少気持ちが荒んだニコルだったが、キラの口からまたもや飛び出してきた名前の前にはさすがにそんなものが吹き飛んでしまう。
これで、イザークの名前が出てきたのは2回目。
そのたった2回の呼び名には、何やら他とは違う響きが隠されているように思えてならなかった。

「…イザークには、会ったんですか?」
「う〜…昨日ご挨拶を…と思ってたんだけど、忙しかったみたいで。クルーゼ隊長に言ったら、挨拶の時間を下さるって。それで一晩中挨拶の言葉を考えてて…それで、その…寝ちゃったみたい…。」

絶対イザークさんには言わないでね、と。
頬を染めて話すキラに、ニコルは何だか嫌〜な胸騒ぎを覚えた。

会った事がないと言うのに、何故にそこまで照れるのか。
おまけに、恐らくクルーゼがあの部屋を指定したのは、キラの言う『挨拶の時間』とやらを与えるためだったのだろう。
それも、他の隊員を差し置いて、個人的な形で。
彼女の入隊にしても、イザークの母エザリアの推薦があって、というし。
それらの情報を頭の中で整理しながら、ニコルはキラとイザークの関係を聞きたいような、聞きたくないような、聞いてはいけないような、そんな葛藤に苛まれていた。

「あ、別にね。ニコルが来たのにガッカリしたんじゃないよ。むしろ、あの場は大助かりだったんだけど…イザークさん、今日も忙しかったのかなぁ〜なんて…。」

それとなく探りを入れてくるキラの様子が見ていられない。
キラとイザークがどんな関係だとか、そんな事以前に。
イザークの名前を出すキラの目は既に、その胸のうちを語っていて。
ニコルには生温い笑みを浮かべるより他しようがなかった。

二人の関係がどうであるにしろ、キラは完全にイザークに何らかの理想を描いている。
その理想がどの程度のレベルで実物と食い違っているのかは定かではないが。少なくともその目には、『器物破損の常習犯、ヒステリーで口が悪く、気位が嫌というほど高いイザーク・ジュール』は存在していなかった。
この少女の目に、現実のイザークはどう映ってしまうのだろうか…。
それを思うとキラに対して胸が激しく痛み、同時にイザークに対してフッ…と鼻で笑いたい衝動にかられた。

「イザークは今、医務室ですよ。持病の癪でも出たんじゃないですかね。」
「えっ!イザークさん、癪持ちなの!?大変。エザリアさまに報告しなきゃ…!」

ついでに、ここにいないイザーク対しての嫌味のつもりで適当な事を言うと、キラが心底心配そうに眉を寄せる。
イザークを知っている者が聞いたら、ここは笑う所なのだと、理解できるだろうに…。
ますますキラへの同情心が募って、ニコルは本気で慌てふためくキラにひきつった笑みを浮かべた。

「いえ…冗談です。彼がストレスを溜めるなんて事、まずあり得ませんよ。どうせすぐに戻って来ると思いますから、先にクルーゼ隊長のところへ行きましょう。」
「あ…うん。それならいいんだけど…神経が細やかそうでいらっしゃるから、何だか心配だなぁ…。」

………重症だ…。
キラは一体、イザークの事をどこの国の王子様と勘違いしているのだろう…。
ニコルは沈痛な面持ちで、キラをクルーゼや仲間達の待つブリーフィングルームへと案内した。


「ニコル遅いぞ。何してたんだ!?」

もう少しで到着、というところで。ニコルとキラは走ってきたアスランと行き当たった。
ニコルがブリーフィングルームを出て行ってからもう40分。
往復20分の距離を2倍もの時間かけていた事になる。
ニコルとしては、もっと二人きりで歩いていたい所だったが、これも軍務故、時間の遅れは許されない。
始め、眉をしかめてニコルを睨んでいたアスランは、その隣にある紅服を確認して、すぐにまたニコルに目を映した。
しかし、その視線はまた、今度はゆっくりと、隣の人物の方に引き戻されてしまう。

「ごめんね、アスラン。僕が居眠…じゃなくって…その…僕のせいなんだ。」

ニコルの隣で揺れるブラウンの髪。
それがサラサラと本人の額の上を流れて大きな瞳を露にする。
その輝きと、その声と、独特の口調と。
肌の色、唇のかたち、長い睫と。
その全てを視界に据えて、アスランは息が止まるかのような感覚に襲われた。

「……え……キ、ラ…?」

掠れる声でそう呟けば、小さな顔が少し傾く。
にっこりと微笑んだ表情は、昨晩見た笑顔そのままで、それが何故ここに…とすぐには理解できなかった。

「昨日はありがとう。今日からよろしくお願いします。」

ぴっちりと敬礼の形をとった彼女に、ようやくアスランの目が軍服にとまる。
自分たちと同じ紅を纏うその姿に、アスランはキラこそがクルーゼの言っていた新人である事に、気がついた。

「アスラン、僕達を呼びにきたんでしょう?早く戻らないとまずいんじゃないですか?」
「あ、ああ…。」

すっかりキラに見とれているアスランを、ニコルは拗ねたように急かして、
3人は揃ってブリーフィングルームへと戻る。
そして、クルーゼ隊の兵士達全てにキラが紹介された。

「キラ・ヤマトであります。新参者ではありますが、よろしく御指導下さい。」

そこでも当然キラは注目の的となるわけで、皆一様にあまりに儚気な新人の姿に見とれる。
そんな視線に気付いているのかいないのか、キラはその前でもぴっちりとした敬礼をした。
表情も、先程ニコルやアスランに見せた穏やかなものとは違う。
始めは誰もが(ニコルやアスランでさえ)、ただの少女が戯れに紅を着ているのではと疑念に思ったのだが、それらの印象を一掃するほどにキラの態度と表情は、凛々しかった。

「事前に注意をしておくが。彼女に対してよからぬ気を起さないように。」

キラの姿に骨抜きにされてしまった兵士達を見回して、クルーゼが口を開く。
それに、一同がギクリと身をこわばらせた。

男の中で、女がたった一人。
それも可憐でこんなにも可愛らしい少女であるというなら、誰もがお近づきになりたいというのが自然のことで。
しかも、決まった相手がいない男たちにとっては『職場結婚』という言葉まで脳裏をかすめる始末。
それらの図星をいきなりつかれて、兵士達は皆気まずそうに視線を泳がせる。
クルーゼは満足げに彼等を見回しながら、まるで重大発表でもしようというように、一つ咳払いをした。


「彼女に手を出すと後々一生の後悔を背負う事になる。これだけは肝に命じ、先輩として厳粛なる態度で接するように。もし、個人的私情で彼女と話がしたい時は、イザーク・ジュールの許可を得る事。」

淡々と語られたクルーゼの言葉に、一同は静まり返る。
アスランもニコルも、その他大勢の者が、いきなり飛び出してきた『イザーク』という名詞に呆然となった。

「あの、クルーゼ隊長…僕、まだイザークさまにご挨拶ができていませんから…その事はちょっと…。」
「ああ、そうだったな。すまない。」


イザーク…さま…?


金縛りに合ったかのように動かなくなってしまった兵士達の中、その日のブリーフィングは終了となった。



※ ※ ※

※ ※ ※




「おいイザーク!イザークって!!」


日も沈みかけた午後5時。
長い長い昼寝から目を覚ましたディアッカは、自分が相当な時間眠っていた事に気付いて焦った。
隣のベッドを使っているであろうイザークに声をかけるが、返事はない。
仕方なくカーテンをさっとひいて、布団の中にもぐっていたイザークの身体を揺すってみるが。
一向にイザークが起き上がる気配はなかった。

「マジでまずいってイザーク!起きろよ!起きろって!!」

なるべく声を殺して呼び掛けるが、イザークは頭から布団を被ったまま。
どうやっても顔を出さないイザークに、ディアッカの我慢も限界に達して、がっしりと布団を掴みにかかった。

「五月蝿い!貴様だけで行けばいいだろう!」

布団を引き剥がされそうになってようやく、眠そうな声が返ってくる。
ぐいぐいと内側から布団を引っぱるイザークは頑なで。
その気持ちが解らないでもないディアッカは、やれやれと首を竦めた。

「あ〜もう、観念しろよ。隠れてたって、どうせいづれ会っちまうんだからさぁ…。
今日も明日も同じじゃねぇか。クルーゼ隊長に謝ってさ、さっさと部屋に帰ろうぜ。」
「五月蝿いといっているだろうが!!俺はここで寝る!貴様だけで帰れ!!!」
「も〜…勘弁してくれよ…子供じゃあるまいし…。」

だだっ子と化したイザークに、ディアッカは呆れ果てて言葉を失う。
そうして、仕方ないとばかりに自分だけで部屋へ戻ろうと決意した。

そういえば、自分のベッドは先日イザークによって破壊されてしまったままだという事に思いあたる。
イザークがここで寝るというなら、それはそれで丁度いいのかもしれない。
ディアッカはふぅ、と一仕事終えたような溜息をつくと、イザークに一言声をかけて医務室を出て行った。

人気もなく薄暗くなった医務室で、イザークが独りベッドの中に取り残される。
遠ざかってゆくディアッカの足音を聞きながら、それが消えたと同時にイザークは布団から顔を覗かせた。
目だけできょろきょろと周囲を確認し、はぁっと重い溜息をつく。
のろのろと布団から出した手を額に当てて、イザークは流れ出る汗を制服の裾で拭った。

「くそ…っ…!」

小さく悪態をつき、ベッドから身を起すと、イザークは緩慢な動作で医務室の棚を漁った。
額や首筋にまで大量の汗が流れでて、拭っても拭っても止まらない。ふらつく足で壁にもたれかかると、棚から出した解熱剤を口の中に押し込んだ。
まさか本当に熱を出すなんて。
イザークは思わず、喉の奥から笑ってしまった。
仮病を使ったつもりが、どうやら本当に身体にきたらしい。
目を覚ましたのは、眠りについた1時間ほど後の事だったが、その時から身体が異常なほどけだるかった。
『病は気から』というように、いっそ倒れられればと思うと、人間というのは本当に倒れてしまうものなのか。
それが可笑しくて、それほどまでに婚約者の存在に恐怖を抱く自分が情けなくて。
イザークはしばらく、そうして笑っていた。


「ったくイザークのやつ、自分勝手なんだから…。またフォローしなきゃなんねぇ俺の身にもなってみろっつーんだよ…。」

ドスドスと足を踏みならして歩くディアッカは、今迄にみないほど怒りを露にしていた。
イザークの身勝手な行動に振り回される自分。
そして、それの尻拭いをしてきた自分。
これも友情の一つの形だと思って、今迄我慢に我慢を重ね、何もかもを諦めてきたが。
今回の事ばかりは始末に追えない。

いくら同情したって、いくら心配したって、イザークから何かが返ってきたことなど今迄の人生の中で一度だってないのだから。
そんな報われない自分の友情にも、報いようともしないイザークにも、そしていきなり現れたイザークの婚約者にも、どうしようもなく腹がたって。
一暴れしたいくらいの勢いだった。
イザークの為の弁解などしてやるものかと、クルーゼの元へ行くのをやめ、直行で自室に向かう。
始末書なんて、もうニ度と書かない。
イザークがどうなろうが、婚約者にひっぱりまわされ、尻にひかれ、ボロボロになろうが、助けてなどやるものか。
その決意を今迄何度もしてきたが、今回こそ本当だ。

やさぐれた心でイライラと歩くディアッカを、通りすがりの兵士達は目を合わさないように避けてゆく。
そうやって歩くうち、何だか自分がイザークになったような気がして、気が滅入った。


イザークとディアッカの部屋は、廊下の角を曲がってすぐの場所にある。
ドスドスと歩調も弱めずその角を勢い良く曲がると、視界の下の方に赤い影が入り込んできた。
それに危ない、と気付く間もなく正面から激突する。
ドスッという震動と共に、何かが倒れ込むような音が聞こえて、ディアッカは思わず舌打ちした。

「あっぶねーな!!ちゃんと前見ろよ!!!」

イラ立った気持ちをそのままに叫ぶと、床に尻餅をついた人物が怯えたようにディアッカを見上げる。
その、覚えのある色合いに、ディアッカの心臓は鷲掴みにさらたがごとくドキリと跳ねた。

「ごっ…ごめんなさ……。」

泣きそうに潤んだ紫の瞳。そして、さらりと流れる茶色の髪。
その組み合わせに、ディアッカは幻でも見たかのように唖然となる。
先日、確かに同じシチュエーションで、同じ感覚とぶつかった。
それが頭の中でフラッシュバックを起し、ディアッカに現実を理解させる。
床にすっころんだか弱そうな少女は、ディアッカの姿を頭の先から足の先まで確認して、さっと立ち上がった。

「申し訳ございません!不注意でした!!!」

怒鳴ってしまったのが恐い印象を与えたのだろう。
ディアッカがまだ名前すら知らなかった彼女…キラは、叱られた子供のように顔を真っ赤にして敬礼をした。
それにも呆然となって、ディアッカは一歩後ろへさがる。
そうしてぴっちり敬礼をするキラの全身全てを視界に据えて、先日ぶつかった時の清楚な姿とを見比べた。

「………君って、昨日の……?」
「あ、ハイ!先日も無礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした!」

気の抜けた質問をするディアッカに、キラは真剣な面持ちで返事をする。
そのお決まりのポージングと、見慣れた紅服を改めて確認して。
ディアッカは頭の上に大きなクエスチョンマークを浮かべた。

「……君、まだいたの…っていうか、何でそんな格好してんの…。」
「本日付けでクルーゼ隊へ配属されました、キラ・ヤマトです!!未熟者ですが、よろしくお願いします!」
「へぇ…キラ、っていうんだ…。可愛い名前だね…。」
「あ、ありがとうございます!!えっと…その…イザークさまが医務室へ運ばれたとお聞きしたのですが!医務室へはどう行けばよろしいのでしょうか!!」

まともな思考もできないままに、キラのハキハキとした言葉を聞いて。
ディアッカは何も言わず医務室への道を指差す。
それにパッと笑みを浮かべたキラは、ディアッカに深々とおじきをするとそのまま走り去って行ってしまった。
ディアッカは、揺れ靡く茶色のしっぽを見送りながら、上げた手も戻す事ができずに立ち尽くしていた。

今のは確かに、昨日であった、可憐な美少女。
イザークのファンで、施設内にこっそり忍び込んでまでイザークに会おうとした…………。
しかし、今、彼女が着ていたのは自分達と同じ紅で。
今日付けでクルーゼ隊に配属されたと言っていたような……。

「………………え?あれ?」

途端に混乱をきたす頭脳には、クエスチョンマークばかりが波のように押し寄せてきて。
ディアッカは、ぐらぐらと目眩を起す頭を両腕で抱えたまま、ポツリと呟いていた。



「今日来るのって……イザークの婚約者、だよな……?」



※ ※ ※

※ ※ ※


ちかちかと光る電燈の下。
キラはひとつ、ふたつ、深呼吸をする。
『医務室』とプレートのかかった扉を前に、ひどく緊張して、なかなか中に声をかける事ができない。
無意識に、束ねていた髪を括り直して、制服を手で払う。
どこかおかしい所はないかと、見える範囲全てをチェックして、またはぁっと息をはいた。
扉の前には、力強い字で『面会謝絶』を書いかられた紙が張り付いていて、それに一瞬怯んでしまうが、キラは諦めなかった。

本来なら昨日、挨拶をするはずだった。
それが自分のドジでふいになり、今日になってクルーゼ隊長もとりはからってくれて。
誰よりも先に挨拶をしておくべきである人物に対して、これ以上顔見せを先延ばしにできない。
それも相手が病気なら、なおさらのこと。
自分の立場であれば、看病も当然の事だろうから。
ここで無視なんてしたら、何て薄情な女だと思われてしまうかも知れないから。

キラは勇気を振り絞って、医務室の扉をひらいた。
静かで暗い室内は、異様なほど静まり返っている。
ゆっくりと奥へ足を踏み入れても、誰の姿も見あたらない。
もう既に彼は回復し、部屋へ戻ってしまったのではないか、また間違ってしまったのではないかとキラは不安になったが。
ベッドの並ぶ一番奥のカーテンが締め切られている事に、すぐ気が付いた。


「イザーク…さま?」


なるべく足音を立てないように近付くと、わずかに衣擦れの音がする。そして、短く荒い息遣い。
それに緊張を感じながらも、キラは一瞬戸惑い、締め切られていたカーテンを少し、ほんの少しだけ開いた。
暗くてよく見えないが、キラキラと輝く銀糸だけは、はっきりと解る。
それがシーツの上に散らばって、時折サラサラと左右に流れた。
うなされているのだろうか。
布団から飛び出していた手が強く握りしめられ、その下にある胸が大きく上下している。

「う……。」

と、小さなうめきを漏らして仰のいた顔に、キラはドキリと心臓を高鳴らせた。
わずかに開いたカーテンを慌てて離し、こちらに気付かれたような気がして慌てふためく。
しかし、聞こえてくるのは苦し気な息遣いばかりで。
キラはどうしたらいいのかと辺をみまわした。

ここに医者はいないのだろうか。
病人がここにいるのに、誰も看てくれる人物はいないのか。
不安に苛まれてただオロオロしているだけのキラの耳に、またイザークの呻きが聞こえた。

「……みず………。」

荒い息遣いの中、何度も吐き出される声を、キラは瞬時に理解する。
あわてて洗面所に走り、看護用の水差しに綺麗な水を注いだ。

「あの、水です…。」

遠慮がちにカーテンを開いて、イザークの傍らに屈み込む。
間近で見たイザークの顔には酷い汗が滲みでていて、キラは思わず息を飲んだ。ゆっくりと水差しを薄い唇に当てがうと、そこから水を流し込む。
コクリ、コクリと上下する喉に安堵して、キラは思い付いたようによしっと勢いづいて立ち上がった。

誰も診るものがいないなら、自分が看るしかない。
おもいっきり上着を脱ぎ捨てて、ハンガーにかけられていた白衣を身につける。
棚から薬や体温計を物色し、すっかり医者の体を装った。
仕切りのカーテンをおもいきって引いて、キラは緊張の面持ちでイザークの額にゆっくりと手を触れる。
酷い汗と熱をもったそれは、彼の体調の悪さを如実に表していて、不安が募った。
タオルを水で濡らして、額の汗を拭ってやる。
額や頬に張り付いた銀糸をそっと払って、頬、首筋と流れる汗を拭き取る。

上着は寝ている間に脱いだのか、ぐちゃぐちゃになってベッドの端に追いやられていた。
それを丁寧にハンガーにかけて、キラはイザークの汗を吸ったインナーに手をかけた。
布団を腹部にまでずらして、インナーをそこから上へ捲ると、イザークの熱を持つ肌が露になる。
それに何だか後ろめたい気持ちになって、キラは思わず誰もいない部屋をキョロキョロと見回してしまった。

「あの、汗を拭きますので…ちょっとごめんなさい…。」

震えそうになる声でそう断りを入れてから、思い切ってインナーを脱がせる。
さすがに腕がひっかかって、少し乱暴な脱がせ方となってしまったが、それにかまっている余裕などなかった。
インナーを首から外した時、イザークがほんの少しだけ目を開けた。
薄暗い中でも光る、美しいアイスブルーの瞳に、キラは少しびくりとしたが。
熱で潤んだ瞳がぼんやりと、不思議そうに自分をみているのに気付き、自然笑みが零れた。

「あんまり無理しないでくださいね。軍人は身体を大切にするのも仕事のうちだって、習いましたよ。」

小さく声をかけると、イザークの瞳がまた、すぅっと閉じる。
キラはほっと息をついて、汗だくの身体に渇いたタオルを押し当てていった。



それからイザークは夜中に何度も目を覚ましたが、その度にキラが微笑むとまた瞳を閉じて眠りについた。
そしてキラは一晩中ずっとベッド脇に付き添い、イザークの汗を拭い続けて。
初めて間近に見る彼の、その端正な顔を、飽きる事なく見つめ続けていた。

イザークは、自分の顔を分かってくれただろうか。
エザリアが前もって彼に写真を送ってくれたと言っていたから、気付いてくれたかもしれない。
彼がよくなったら、どう挨拶しよう。
自分を気に入ってくれるだろうか。

そればかりが頭の中を占めて、眠いなんて少しも感じられなかった。


翌朝。
熱の下がったイザークを置いて、キラは後ろ髪をひかれる思いで朝礼に行った。
イザークが目を覚ましたのは、その少しあと。
キラの着ていた白衣が放置されたままの、清潔なベッドの上でだった。




イザークが目を開けた時、室内は薄暗かったが、窓からの日の光のせいで夜よりは随分明るかった。
まだ腫れぼったい瞼を上げて、周囲を探るが、人の気配はない。
それに安堵して、所々だるさを訴える身体を起すと、パサリと渇いた音がした。
見ると、それは白衣で。イザークが身を起したはずみで床へ落ちてしまっている。
脱ぎっぱなしで放置されていたそれをおもむろに拾い上げて、イザークはぼうっとする頭で昨晩の事を考えた。

昨晩、実はよく眠れなかった。
ディアッカを追い払ってから、薬を飲んで何とかベッドに戻った事はハッキリと覚えている。
酷く喉がかわいたが、水を汲む余裕なんてあるはずもなく、上着だけを脱いで寝ていた。
身体中が燃えるように熱くて、嫌な夢を見た。

母の決めた婚約者が、大砲を片手に追いかけてくる夢。
あんなに恐ろしい夢を、これまでに見たことなどなくて、苦しくて恐くて仕方がなかった。
イザークさま、イザークさまと、耳もとで声がきこえる。
それが本当に嫌で、嫌で、嫌で。
夢の中で母を呪った。
恐怖の婚約者の手が、自分を捕らえようと腕を掴む。
それに力いっぱい振払いそうなくらい嫌悪を覚えたが。
自分に触れたその手は、案外やわらかくて、優しかった。

そこでふと、意識が浮上する。
夢の中の婚約者の手だと思ったそれは、ぼんやりとする白衣を着た女のものだった。

-----あんまり無理しないで下さいね。………も…………から……

その女が、何か言っているのが聞こえたが、最後まで聞き取ることはできなかった。
誰かが、医者を呼んだのか。しかも、女の。
それに気付くとますます情けなくなって、今のこの状態をアスランや他の奴等が知ったら笑うだろうと、落胆した。
身体を拭う動きは、優しい。
時々サラサラと、腕にやわらかい絹糸が触れる感触がして、落ち着かなかった。
しかしその時のイザークには、それを振払う気力も、まるっきり寝たきりの病人のように身体を拭われている状態で、目を開けている度胸もなくて。
そのまま寝たフリをしているしかなかった。

真新しいシャツを頭の上からかぶせられた後も、その医者は一向に出て行く気配を見せなかった。
ずっとベッドの傍らにいて、イザークを見つめている。
時々イザークはうっすらと目を開いて、彼女の様子を確認したが、ただひたすら自分を見つめて微笑むその顔を見つめ続ける勇気はなかった。
暗闇の中、よく見えなかった女医の正体も、何度もちらちら見るうち、うっすらとかたちを帯びはじめる。

髪は黒…とまではいかなくてもそれに準ずる色合いで、長い。
小さな顔だちはまだ若くて、年下のようだった。
コーディネイターは13才で成人とみなされるから、自分達の年頃で研修医というのも珍しくない。
度々自分の髪に触れてくる手は、嫌なかんじはしなかった。
それよりも、何よりも。

目に焼き付いて離れないのは、暗闇の中でキラキラと光る、紫の瞳。
大きくて、長い睫が影をおとし、うっすらと細められては自分に笑う、印象的な瞳だった。
それが、頭を離れない。

イザークは、冷たくなった白衣を手の中で弄びながら、婚約者の存在が、ますます忌々しいものとして自分の中で膨らんでゆくのを感じていた。



※ ※ ※

※ ※ ※



「何だか眠そうですね。徹夜でもしたんですか?」

朝礼でまた、挨拶をした後。
トレーニングに行く道すがら、ニコルがキラに声をかけた。
キラは、目をうさぎのように真っ赤にして、気の抜けたような笑いを零す。
キラの隣に陣取っていたアスランも、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。

「あ〜…ちょっと、ね。でも大丈夫。軍務に支障はきたさないようにするから。」

言いながらも欠伸をかみ殺し、目をこするキラに、アスランもニコルも可愛いなぁ…なんて顔をほころばせ、少し後ろを歩いていたディアッカは、疑わし気にその背を見つめていた。

「あのさぁ、ちょっと話があるんだけど。」

ディアッカが気安く声をかけると、キラばかりでなくアスランとニコルまでくるりと振り返る。
3人分の(しかも2人分は殺気を込めた)視線が向けられたのに、ディアッカはうっと言葉をつまらせるが。
キラが「なぁに?」と聞いたのに溜息をついた。

「え〜、ここではちょっと。二人だけで話せないかなぁ。」
「う、うん…いいけ…「駄目です。」

言いかけたキラの言葉を、突然ニコルが遮る。
眉を釣り上げたニコルは、キラとディアッカの間に身体を割り込ませてディアッカを見据えた。

「何だよお前…いいじゃん話くらい。」
「じゃあ、イザークの許可をとってきてからにして下さい。」
「はぁ?」
「キラさんと個人的な話を二人でしたい時は、イザークの許可がいるんですって。あなたは聞いてなかったでしょうけど、昨日クルーゼ隊長がおっしゃってたんです。」
「……何それ。」
「知りませんよ。とにかくそれが決まりなんですから。」

言ったニコル自身、府に堕ちないという顔をして、隣のアスランも何だか乏しい表情の中で不機嫌そうにしている。
兎に角「抜け駆けは許さない」という態度をとる二人を交互に見て、ディアッカはまじまじとキラに視線を移した。
キラはわずかに頬を染めて、居心地が悪そうに床を見つめている。

「……おいおい、マジかよ…。」

引きつった笑いが、キラ曰く『恐そうな顔』に浮かぶ。
ディアッカは、昨晩キラに会ってから一晩中考え通した憶測を、今肯定された気がして目眩がした。

「とにかく…さ。ちょっと話したいから、後で付き合ってくれよ。イザークの許可がいるんなら、その時にでも取りにいってやるから。」
「許可だなんて、そんな…。」
「いや、何か俺たち誤解してたみたいだからさ。」
「?」

グラグラと揺れる視界を手で遮りながら言うと、キラがきょとんとして首をかしげる。そんな動きすら可愛いらしくて。
ディアッカはもう、直視することすらできなかった。
フラフラヨロヨロと先に行ってしまうディアッカを見送って、アスランとニコルもきょとんとする。
そして、ディアッカが行くなら自分達も一緒にイザークに断りを入れてしまうと話し合った。



キラたちが向かった先では、ナイフ戦の訓練が行われていた。
まだ特別な任務というものがないクルーゼ隊は、身体が鈍らないように日々アカデミーの延長のような事を日課にしている。
2人ひとくみで対抗試合的な事をしている者もいれば、独り的に向かってナイフ投げを披露しているものもいた。

「ねぇ…ちょっと。何で僕だけ仲間はずれにするのさ?」

その中、キラは独り床に座って、アスランやニコルが型の練習をしているのを見つめている。ディアッカはだらだらとナイフを磨き、全くやる気がありませんといった体をしていた。

「何でって……。」

頬を膨らませて拗ねるキラに苦笑して、アスランはニコルを見る。
ニコルも困ったようにアスランを見て、肩をすくめた。

「僕はちょっと…もしキラさんの顔に傷でもついたら、大変ですし…。」
「…俺も…女性相手にナイフは…。」

言い淀む二人に、キラはますます顔をしかめて立ち上がる。
そして、ディアッカが磨いていたナイフをさっと横から奪いとり、アスランに向き合った。

「アスラン、相手してよ。戦場に女も何も関係ないでしょ。」
「…いや…俺は…。キラはナイフ投げの練習をした方がいいんじゃないのかな…。」
「うっわ!何、女性差別!?それとも僕が弱いと思ってるの?」
「そんな事は……おい、ニコルも何とか言えよ…。」
「そんな事言われても…。」

たじたじの二人を睨みつけて、キラはディアッカに視線を移す。
キラの挑戦的な目をまともに受けて、ディアッカは呆れたように肩をすくめた。
ディアッカの内心としては、ただ女性相手云々というより、後々イザークとのもめ事の種を作りたくないだけなのだが、そんな事はアスランもニコルも全く知らない。

「俺はナイフ磨き係専門だから。」
「信じられない。何フェミニスト気取ってるの!?アスラン、相手して!」

すっかり腹をたてたキラは、持っていたナイフの切っ先をアスランに向ける。それに慌てて、ニコルが横から割って入った。

「わ、わかりました!じゃあ僕が相手をしますから!!アスランとはちょっと…。」

アカデミーで何でも一番だったアスランと、女性を向き合わせるのは危険だ。
入り立ての彼女の自身を失わせる元にもなりかねないと、アスランよりは劣るニコルが名乗りを上げる。
しかし、キラはもう決めたとばかりにニコルを押し退け、アスランに挑んだ。

「言っとくけど、伊達に紅を着てるわけじゃないからね!」

言様ナイフを構え敵対心を露にするキラに、アスランも半ば諦めたように向き合う。
二人の中にじわじわと緊張感が生まれる中、それを眺めていたディアッカは「あ〜あ、アスランのやつ、またイザークにからまれるぞ」などと呑気に考えていた。


ところが、3分たっても5分たっても、アスランとキラに動く気配はない。
漂う緊張感も濃密なものとなって、周囲にいた誰もが二人の相対する様に目を奪われた。

二人の距離は歩幅3歩程度。
その距離が、酷く遠く感じられる。
最初は軽くいなして終ろうと思っていたアスランも、あまりに張り詰めた場の空気に、なかなか一歩を踏み出せずにいた。
目の前に立つ少女の、華奢な肢体には、他の誰からも感じた事のない威圧感を感じる。
先日見たドジで穏やかな気配からは、想像もつかないほどの変貌ぶりにアスランだけでなくディアッカもニコルも、固唾を飲んだ。

キラはじりっと足の向きを変える。
それに習うようにしてアスランも歩幅を広げ、踏み出す体勢を作った。
逆手に持ったナイフを握り直して、アスランは息を吐く。
その瞬間、茶色の髪が目の前に迫っていた。

「!!」

驚いて後ろに飛ぶと、キラも前へと飛び出してくる。
その動きはすばやくて、瞬きをすれば見逃してしまいそうなほど。
ひゅんひゅんと風を切るナイフは軽やかで、まるで空中に絵を描いているかのようだった。
カチンとぶつかり合うセラミックに、力強さはない。
その分スピードがパワーをカバーして、アスランは思わぬ苦戦を強いられた。
周囲に、風を切る音と金属音だけが鳴り響く。
誰もが瞬き一つせず、二人の攻防を見守っていた。
力で押されては引いて、即座に隙を狙って切り返す。

その繰り返しが数分間続き、アスランはもう、手加減をするという言葉を頭の中から捨て去っていた。
逆手に持っていたナイフを持ち変える。
力押しでいっきにそれを突き入れ、受け切れなかったキラが後ろに転んだのを機に、首元を狙ってまたナイフを付く。
寸止めで決めようとわずかに力を緩めると。
ナイフは既にアスランの手の中から消えていた。
後ろに反転したキラがアスランの手の中の、わずかに外に出ていた柄の部分を蹴り上げて、彼のナイフを高く空へと舞わせる。
そして怯んだアスランの胸元に飛び込んで、首筋にナイフをぴたりとあてがった。

「チェックメイト。」

それは一瞬。
周囲にいた誰もが言葉を失って、どうなったかなんて解らなかった。
キラはアスランの顔を間近に見て、にっこりと笑みを浮かべる。
空へ投げられたナイフが地面に落ち、硬質な音をたててようやく、周囲は呪縛をとかれたように歓声をあげた。

「油断大敵。何でも一番だって、思わないでね、アスラン。」

得意げに笑ったキラの笑顔があまりにまぶしくて、アスランはそのまま呆然とする。
ナイフ戦で誰にも負けた事がなかっただけに、驚きと共に感じたことのない高揚感と、逆に完全なる敗北感が胸に渦巻いていた。

「すごいですよ、キラ!!アスランはアカデミーでフレッド教官をも倒したひとですよ!!」
「あ、僕も戦ったよ。あの顔に最初、すっごくびっくりするんだよね!」

嬉々として語るキラに、ニコルは顔を真っ赤に染めて興奮を語る。
他の兵士もそれに便乗して、キラはすっかり皆の注目の的となった。
壁にもたれて観戦していたディアッカは、すっかり定着してしまったひきつり笑いをうかべて、ズルズルと身体を倒してゆく。

「…おいおい、マジかよ………。」

その口から、誰にともなく小さな呟きがもれた。



※ ※ ※
10
※ ※ ※




「…イザークって、まだ寝込んでるんですか?何か新種の病気でも発病したんじゃないでしょうね?」
「単なるサボリじゃないのか?」
「サボリなんかじゃないよ。きっとすごく疲れてるんだよイザークさん。僕がね、クルーゼ隊長にお休み下さいって言ったから、大丈夫だよ。」


「「「………………。」」」


訓練によって確固たる実力を見せつけてくれたキラは、上機嫌で医務室へ向かっていた。
話があるというディアッカと、何故だか当たり前のようについてきたアスランとニコルも交え、紅4人がゾロゾロと廊下を歩く。
朝礼にも訓練にも姿を見せなかったイザークを訝しんで、ニコルとアスランが普段の鬱憤ばらしとばかりに愚痴ると、キラがすぐさまそれを否定した。

まるで当然のように答えたキラに、一同はいっきに静まり帰る。
昨晩イザークの居場所を教えた張本人であるディアッカは、疲れた眼差しで遠くをみやり。
アスランとニコルは、ただただ言葉を失っていた。
どうしてそんな事を知っているのか、とか。
どうしてキラが、イザークの事に関してクルーゼの許可を得るのかとか。
もういっそ、どうしてキラと話す(口説く)のにイザークの許可がいるのかとか。
失ってしまった言葉の代わりに多くの謎が胸中を占める。
更にディアッカに至っては、昨晩医務室で何かあったのでは…と、そこまで深く想像を巡らせていた。

「お〜い、イザーク!お前いい加減にふて寝はやめろよ〜!」

医務室前につくなり、ディアッカは全ての想像を振払うがごとく大声を張り上げる。
そうして乱暴にドアを叩き、今や同情の価値もなくなった名前を連呼した。
しかし、全く応答がない。
それでもドンドンと、自ら出てくるまで待ってやるというようにディアッカは扉を叩く。
婚約者の正体が分かった以上、もうふて腐れて寝ている必要も隠れる必要もなくなったはずだ。
ほぼヤケクソでそうしているうち、キラがやんわりとディアッカの手を止めた。

「イザークさん、昨日すごい熱だったんだよ。きっとまだ寝てるんだよ。そっと入ってあげて。」

そんな事など全く知りもしなかった3人は、思わず顔を見合わせる。

「ね、熱ぅ?仮病じゃなかったのか、あいつ…。」
「イザークが熱なんて…とうとう血管の1つも切れたんじゃないか?」
「日頃の行いが悪いから、そうなるんですよ。」

次々と好き勝手な憶測を喋り出したディアッカたちに、キラの顔がだんだん険しいものとなる。
人が熱を出したというのに、ここには医者の独りもついていなかった。おまけに一番に心配するべき仲間たちが、労りの言葉一つも吐けないなんて。
昨晩うなされていたイザークの様子を思い出して、キラはむかついた分力を込めてディアッカの背を押した。

「正真正銘病気なの!皆優しくないよ!!早く入って入って!!!」

ディアッカに続いてニコルとアスランの背もぐいぐいと押す。
相変わらず電気のついていない医務室に3人を押し込むと、キラはそれに続いて中へ入った。

「イザーク〜お見舞いに来てやったぞ〜」

キラがいる手前、ディアッカも迂闊な事は言えない。
妥当なところで労りを言いつつ、昨晩イザークの寝ていた最奥を覗き込むと、そこは未だカーテンで締め切られていた。

「イザーク、お前本気で寝込んだんだって?」
「五月蝿い。何か用か。」

側まで行って声をかければ、即座に不機嫌な声がかえってくる。
その声は、確かに不機嫌ではあったのだが…何だかいつもの彼らしさが欠けているような気がした。
いつもなら、不機嫌なら不機嫌な分、丁寧に悪態までついてくれるイザークが、今回に限って何やら大人しい。声も普段より小さいし、布団に潜ってしまっているのかくぐもっていた。

「おい、お前本当に大丈……」
「何か用か、と聞いている。」

聞き返される声は、静かで。
カーテンを開こうとしたディアッカも、その無気味さに思わず手を止めてしまうほど。
アスランとニコルも、普段とは違うその声音に妙なものを感じて、顔を見合わせた。
キラだけはそわそわと、心配そうにその様子を見ている。

「俺はしばらくここで寝る。放っておいてくれ。もう来るな。」
「もう来るなって…。お前、婚約者さまはどうすんだよ?」
「………。」
「キラと話すのに、お前の許可がいるんだと。アスランとニコルも断りに来てるぜ?」

え。と、一瞬、アスランとニコルの表情が固まった。
ぎこちない動きで背後に控えていたキラを振り返ると、キラは照れたように俯いている。それに衝撃をうけて、二人はそのままキラの顔を凝視してしまった。

「……。」
「おいって。」
「話でも何でも、勝手にすればいいだろう。」
「…は……?」
「俺は親の決めた女となんて会わないと言ったはずだ。話したければ勝手に話せ。」


その声は、小さかったけれど。
静かだった部屋に響き渡るには充分な音量だった。

ディアッカばかりでなく、キラを見て呆然としていたアスランもニコルも、イザークの言った事に反応を示したし、一番イザークから遠かったキラですら、身体をびくりとこわばらせたのだから。
ディアッカはそれを聞いた後、ゆっくりとキラを振り返った。
キラは大きな瞳を更に見開いて、呆然としている。
あんなに楽しみにしていたイザークとの対面との後で、自分の存在の一切を否定されれば、どんなにかショックは大きいだろう。
先程まで林檎のように赤かったキラの頬は、今や真っ青になり、彼女の衝撃を表しているようだった。


「お前…何言って…っ…あの子のどこが気に入らないっていうんだよ!」


ディアッカは信じられないイザークの言葉に、思わず怒鳴り声を上げてしまう。
その言葉に驚いて身体をゆらしたのは、イザークでもなく、アスランやニコルでもなく。金縛りに合ったように動けないでいたキラの方だった。
一歩、ニ歩と遠ざかってゆくキラの気配を感じて、ディアッカはベッドのカーテンを力いっぱいひく。
そこには予想通り、布団にもぐっているらしいイザークの姿があって。
イザークは、ディアッカに顔を見せることも、身じろぎをする事もなく、また静かに言った。


「欲しければくれてやる。」


声の後、ディアッカははっとして後ろを振り返ったが。
キラの姿は、既にそこにはなかった。

written by Break Heart/らん様

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UpData 2005/10/05
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