♀キラちゃんinZAFT、しかもキラちゃんはイザ君の婚約者!
イザークの思い込みからの勘違いで、キラちゃんが傷付いてしまいます。
しかしっココに来てアスランがキラちゃんに大接近。
一応イザキラなのに、キラちゃんの事となるとタイミングのいいアスランに天晴れ!!



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軍服の婚約者11〜15
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※ ※ ※
11
※ ※ ※


バタバタと、キラの足音だけが遠く聞こえた。
アスランもニコルも、追いかけた方がいいのか、どうすればいいのか迷って、ただキラを見送って、ディアッカは完全に顔を蒼白にしている。
イザークは黙ったまま、だんだん小さくなる足音を聞いていた。

「おまっ……今の、キラが聞いてたぞ!!どうすんだよ!!」

キラの気持ちを思うと、イザークの言葉の残酷さに鳥肌がたつ。
ああ言っていたのだから、キラが自分と出会った後、イザークの看病をしたのだろう事は確実。何分、何時間ついていたのかは分からないが、真っ赤になった瞳から、そう短くはないはずだった。

その時間、イザークは何も感じなかったのだろうか。
キラは、何も語らなかったのだろうか。
ディアッカは今初めて、イザークの傍若無人さに、どうしようもない救いのなさを感じた。
今迄何ごともフォローしてきたつもりだったが、もうフォローしきれない。
イザークの壊した物は買い直せても、傷つけた心だけは直せないのだから。

「………俺は婚約など認めていない。最初にはっきりさせておいた方がいい。期待させるだけ残酷だろう。」

イザークの声はここまで来ても、静かだった。
それが具合が悪いせいなのか、決心が固いせいなのかはディアッカにも分からなかったが、ただ、冷静なイザークの声が逆に憎らしかった。

「あぁあぁ、そうかよ!!そんなら一生そこで寝てろ!キラで駄目なら、お前には一生相手なんてみつからねぇよ!!!可哀想なのはお前じゃねぇ!お前みたいなのを婚約者にされちまった、キラの方だよ!!!!」

未だ布団に潜ったまま顔を出そうともしないイザークに、ディアッカは吐き捨てて立ち上がった。
ドスドスと怒りを歩調に表して、あちこちのものを蹴り倒しながら部屋を出て行く。
それを見送りながら、アスランとニコルは、ようやく我に帰った。
二人顔を見合わせて、じゃあ自分達もとイザークに背を向ける。

「ニコル。」

その時、イザークが小さく、ニコルを呼び止めた。

「え?」

まさか呼ばれるなんて思ってなかったニコルはきょとんとして、イザークを振り返る。
何やらボソボソと声が聞こえてきて、それがあまりに小さかった為に、思わず耳をそばだてた。

「…………か?」
「……さぁ。僕は見てませんけど。」

アスランとニコルが廊下を出た時、ディアッカの姿も既に消え去っていた。
ディアッカがあんなに怒っていたのも初めて見た。
イザークがあんなに大人しかったのも初めて見た。
そして、キラに対して。
やはり会わせないように配慮してやるべきだったか、と未だショックの収まらない頭でそれだけ確信していた。


「イザークは何て?」

「医者はどこに行ったんだ、ですって。だから僕は見てないって。アスランは見ました?お医者さん。」

「さぁ?ここは巡回の医者しか来ないだろ。今日は来てなかったと思うが。」

「イザーク、やっぱり病気なんですねぇ。」

「俺も寝込みたいくらいだ。」

「僕も…。」


二人は疲れたようにはぁっと溜息をつく。
それからトボトボと、ディアッカとキラを探しに歩きだした。






……しずかな…この……に…を…まってるの……

今迄したこともないような全速力でキラを追いかけて。
ディアッカは渡り廊下の途中で、小さな歌声を聞いた。

……あれから…どれくらい…きせつがすぎて…

中庭の方から聞こえてくる歌声は、今にも消えてしまいそうなくらい小さくて、その先に行くのも戸惑われる。
上がった息を整えてから、覚悟を決めて池の方へ向かうと、小さくなったキラの背中が見えてきた。

キラは身体を小さく折り曲げて、池をじっと見つめている。
その背中の頼り無さが、声音が、泣いているようで。
どう声をかけていいのかわからなかった。
そうやって迷っているうち、キラの方が気配を察してディアッカを振り返る。その顔は、血色こそよくなかったものの、泣いてはいなかった。


「あ〜…と、邪魔ならどっか行くけど。」

「あ、ううん。気にしないで。」


気まずそうに頭をかいたディアッカに、キラは少し笑って首を振る。そしてまた、池の方に目をやってしまった。
彼女の側に腰を下ろして、ディアッカも一緒に池を見つめる。
何の変哲もないそれは、ただ底に石が転がっているだけのつまらないものだったが、光を反射して輝く水面はそれだけで綺麗だった。

「あの〜…さ。イザークの言ったこと、あんまり気にすんなよ。あいつ口悪いから、時々女の子泣かせてさ…。」

何とか慰めの言葉の一つでも、と口を開くと、キラがクスリと笑みを零す。
淋しそうに笑って、ぼうっと空を仰いだ。



「…僕、何だか一人で浮かれちゃってて…イザークさん、突然婚約者だなんて、迷惑だったよね…。」

「迷惑っていうか…。」

「僕、自惚れてたのかも。イザークさんに気に入ってもらおうって、TVで見たアスラン・ザラとラクス・クラインみたいになるんだって、一人ではしゃいでたんだよ。…おかしいでしょ。」


自虐的ともとれるキラの言葉に、ディアッカは眉を潜める。
そうして逆に、問いかけてみたくなった。


「じゃあ、キラは親の決めた婚約で相手を決められて、どうだったんだ?」

「……え?」

「俺と廊下でぶつかった時、初めて会ったみたいな事言ってたろ。そうゆうの、すぐ受け入れられるわけ?相手がどんな奴かもわからないのに?」

「…………。」

「イザークがもし、とんでもない乱暴者で、癇癪もちで、自己中心的な奴だったら、どうするわけ?よく知りもしない相手と婚約させられて、それでお前、受け入れられんの。」


イザークが思っていたであろうことをキラにぶつけると。
キラは黙ってそれを聞いていた。
ただ黙って空を見て、怒ってるようなディアッカの顔を見遣る。
その笑顔は眩しいほど輝いていて。
ディアッカは思わず目を細めた。


「僕は、嬉しかったよ。知ったのは半年くらい前だったけど。約束された相手がいるんだって知った時、本当に嬉しかった。…エザリアさまがね、僕の前に現れた時、夢なんじゃないかって思ったんだ。」

「現れた…?つーか、親同士が決めた許嫁とかじゃないの、お前等って。」

「うん、親同士…なのかな。よく知らない。今はもう、二人ともいないから…。」

「いないって、まさか…。」

「死んだんだ。テロで。最初はね、プラントにいたんだ。両親の仕事の都合で月に行って、それから両親が死んでオーブに。地球で1年、ヘリオポリスで1年…どこでもちっとも馴染めなかった…。」


キラは辛そうに膝を抱えて、これまでの道のりを語る。その時の目は捨てられた子猫のような淋しさを、ディアッカに感じさせた。

「何でオーブなんだ?プラントに帰ってくればよかったんじゃないのか?」
「死んだ両親っていうのがね、ナチュラルなんだ。オーブの遺伝子学の研究者で、イザークさまの………」

ふいに、キラが言葉を切る。
それに不自然なものを感じて、辛抱強く次の言葉を待っていると、キラがその視線から逃れるようにすっと立ち上がった。


「やだな、こんな暗い話。ごめん、忘れてディアッカ。訓練に戻ろう?」

「おいおい気になるじゃんか。イザークの、何だよ。」

「…忘れた。」

「はぁ?」

「忘れたって言ったんだよ!ほら、立って!アスランとニコルも探してるよ、きっと!!!」


一方的に言い放ったキラの背は、追求を拒むように遠ざかってゆく。
明るい声と表情とは裏腹に、小さく見える背中は拭い切れない淋しさを抱えているようだった。



※ ※ ※
12
※ ※ ※



ディアッカが、あそこまで自分に対して怒りを露にしたのは、初めてじゃなかっただろうか。

誰もいなくなった医務室のベッドの上、イザークはぼんやりとそんな事を考えていた。
最初は、昨日とはうってかわって(どうやら”キラ”というらしい)『婚約者』に対して擁護する立場にまわったディアッカを、腹立たしく思った。
ドンドンとやかましく扉を叩く音も、普段なら内側から蹴破って止めてやるところだ。カーテンをひかれた時も、いつもの自分なら手が出ていたかも知れないし、悪態もついたかもしれない。

しかし不思議と、それをする気にはなれなかった。
ディアッカがあれほど態度を急変させるのだから、きっと『婚約者』という女は、それほど酷いやつではなかったのだろう。
むしろ、好意的な女だったのかもしれない。
けれど、顔を見る気にはなれなかった。
会うと、相手に期待をもたせてしまうかもしれない。
婚約者だと、認める事にもなる。
相手の為にも、自分のためにも、それだけはまずいような気がして。
酷い事を言ってしまった。

足音の数で、その場に『婚約者』であろう人物が来ていたのが分かっていたから。
自分の意思をキッチリと伝えるため、いつも言い寄ってくる女に対する時のように、言った。
悪い事をしただろうと、思う。
ディアッカがあれほど怒っていたのだから、相当相手を傷つけたのだろう。
でも、あれでよかったのだと、イザークは思っていた。

気になる女がいるなんて。
アスランたちのいる前で、死んでも言えなかった。

置き去りにされた白衣は、まだイザークのベッド端にかかったまま。
それを着て、一晩中自分を看ていた女の事が気になるなんて。
何だか軟弱で軟派な男になったようで、自分で自分が不快だった。
だけど事実、イザークはまだ医務室のベッドで寝ている。
熱もひいて、体調もよくなったにも関わらず、だ。

期待、しているのか。
またあの医者が、看にくるのを。
あの手が額に触れるのを、期待して具合の悪いフリをして待っているのか。
そんな事を自問自答している間に、何だか素直にそれを認めている自分がいるのに、気付いた。

朝目覚めたらいなくなっていた医者は、まだ一度も顔を出していない。
来たら来たで、何を話していいやら分からなかったが。
兎に角イザークは、あの瞳がもう一度見たかった。
アメジストのように輝く、双眸。
それが細められる様を、もう一度見たかった。
これがどういう気持ちなのかまでは、理解できなかったが、イザークは昨晩見た女が、再び現れるのをベッドの中でずっと、待っていたかったのだ。
日が、暮れるまで。







「ディアッカ…イザークさん、まだ医務室で寝てるの?」

全てのスケジュールを終えて、各々部屋へ散って行った後。
キラは風呂上がりにタオルをひっかけた頭のまま、ディアッカに尋ねた。
おいおい、少しは人目を気にしろよ…と心の中だけでぼやいたディアッカは、深い溜息を吐く。
制服を脱いで、他の年輩兵士よろしくシャツに短半だけの姿を晒すキラは、目のやりように困るほど無防備で。そんな姿で廊下をうろつく神経を、激しく疑いたくなる。
まぁ、例え襲われたとしても、キラならばそこらの兵士の一人や二人、軽く倒してしまえそうだが。


「さぁ。部屋には戻ってねぇから、そうなんじゃないのか。つーか、んな事聞いてどうすんの。」

「え?あー、ちょっと気になったから。」


小首を傾げて探りをいれてくるキラに、ディアッカは嫌な予感を感じて素っ気なく聞いた。
するとキラは、目にみえて肩をびくりとさせ、視線を泳がせ始める。
それがまさに『看に行きます』と言っているようで、またディアッカの溜息を呼んだ。


「……………行くなよ。」

「行かないよ。」

「嘘つけ。顔に書いてあるぞ。」

「行かないって。ちょっと様子を見てくるだけ。」

「それを行くって言うんだろうが!お前、昼間イザークに言われた事、忘れたのかよ?拒否られたんだぜ?」


拗ねたように顔を逸らすキラは、可愛いけれど可愛くない。
あれほど酷い事を言われて、それでも様子を見に行こうという気になるのが、ディアッカには理解できなかった。
説教するように強く言うと、キラはくるりと背を向けてしまう。
それにどうしようもない頑固さを感じて、ディアッカは自分こそが倒れてしまいそうだと思った。


「あーもう、信じられねぇ…。ばっかじゃねぇの…。」

「寝てる間なら、問題ないでしょ?それに婚約者としては拒否されても、僕もクルーゼ隊の一員で、仲間だもん。仲間がお見舞いに行っちゃ悪いの?」

「怒鳴られて泣いてもしらねぇぞ。」

「泣かないよ。アカデミーでは怒鳴られっぱなしだったしね。」


まるっきりふっきれたような笑顔を見せるキラに、内心ディアッカは痛ましいもの感じたが。
なかなかしたたかな所もあるんだな、と逆に感心もした。


「泣かされたら言えよ。嫁に行くあては、俺の所にもあるからな。」

「やだな、僕とディアッカじゃ遺伝子が合わないよ。」


半分本気、半分冗談で言った彼の言葉を、キラは笑って切り捨てる。
それに苦笑を浮かべて、ディアッカは去り行くキラの背中を見送った。
後ろから見ても、キラの姿は際どい。まさか色仕掛けに行くのではと、娘を送りだす父親のように心配になるほど。まぁあの潔癖なイザークが、色じかけなんぞで一度出した言葉をひっこめるとは思わないが。


「…………ってか…今、遺伝子って言ったか?」

ディアッカには、分からないことがまだ、たくさん残されているようだ。



*****************



カタン…と、小さく音が鳴る。
キラはびくりとして息を潜めるが、真っ暗な医務室に、イザークが起き出している気配はない。
それに安堵して、そっと奥を覗くと、昼間と変わりなく奥のカーテンは締め切られていた。耳を澄ませばわずかに、寝息が聞こえてくる。

昨夜のように白衣を借りようとロッカーを漁ると、そこに白衣はなく。
朝、イザークのベッドの上へ置き去りにしてきてしまった事に気付いた。
もし見つかったとき、こんな姿じゃ慎みに駆けるかもしれないと、キラは白衣を探す。

そっと、そっと、奥へ歩みを進めてイザークのベッドの前で足をとめた。
そこでもう一度、キラは耳を澄まして。
イザークの寝息が聞こえてくるのを確認した。
少しだけ足元側のカーテンを開くと、今朝置いたままの形で白衣が放置されている。静かにそれを引っ張りだして、薄着の肩からさっと羽織った。

イザークの寝息は静かで、昨夜うなされていた事などなかったように安らかだった。
それを確認できただけでほっと気が済んで、また静かに部屋を出て行こうとすると。
わずかに衣擦れの音がした。
キラは、イザークが起きたのではと咄嗟に息を止めたが、カーテンは締め切られたまま。
しばらく息を殺していると、カーテンの奥からわずかに声がした。


「…水が欲しい。」


低く吐かれた声に、キラは一瞬耳を疑う。


「水。」

「は、はいっ…」


しかし、今度ははっきりとそう言われて、反射的に返事を返してしまった。
わたわたと昨晩と同じように水差しをとって、綺麗な水を注ぐ。
ドキドキと心臓が高鳴って、水差しをもった手は、わずかに震えていた。

「水です…。」

恐る恐るカーテンをひいて顔を覗かせると、開かれたアイスブルーの瞳がキラを見ていた。
それに直接心臓を打たれた気がして、キラは思わず水差しを取り落としそうになる。
どこまでも美しく澄んだその瞳は、やはりエザリアに似ていると、キラは思った。発光しているわけでもないのに、銀色の髪は暗闇の中でも光っていて、イザークの陶磁器のように白い肌が映える。
ドギマギと、ぎこちない動きで水差しを差し出したキラに、イザークは薄く唇を開いて水を受け入れた。

コクリ、コクリと嚥下するとおとなしく水差しはひかれ。
それを確認してから、イザークは近くなったキラの顔をまじまじと見た。


「お前、どこから来たんだ?」

「え…。」

「どこから?」


突然飛び出して来た質問に、キラは一瞬動きを止める。
どこからと問われても、どう答えていいのやらわからない。
出身地を聞いているのか、それとも今迄所属していた所を聞いているのか。
まさか、扉から堂々と入ってきました、なんて冗談を言える雰囲気でもなく、キラはそのまま黙り込んでしまった。

イザーク自身は、昼間ニコルに「医者なんて見てない」と言われただけに、彼女が幽霊か何かなんじゃなかいかと、そういう意味の質問だったのだが。
何ぶんいつも察しのいいディアッカと一緒にいたものだから、言葉が足りていない事に気付いていなかった。
困ってしまったキラが何もいわずに黙っていると、イザークはそっとキラに手を伸ばす。

キラは驚いて。
本当に、本当に驚いて。
そのままただ、目を見開いてじっとしている事しかできなかった。
キラがおとなしくしているのをいいことに、イザークの手はキラの頬にかかる。まるで確かめるように顔の線をなぞって、それからすぐに離れた。
頬に残ったイザークの手の感触に、キラは目眩を起すのでは、と思う。
初めて触れられた感覚は、熱くて、どうにもいたたまれなくなった。

半年間、ずっとずっと、この感じを想像していた。
あたたかで、力づよくて、何より優しいだろうと勝手に想像を巡らせて。
自分に笑ってくれる瞳だとか、仕草だとか、抱擁だとか。
そんなものに期待をよせて。
どんなにか心地良いだろうと思っていた。

でも、実際触れられた感覚は熱く、キラの心に鋭い痛みをもたらす。
拒否されるだなんて、微塵にも考えていなかった心は砕けて、昼間は不思議と麻痺してしまっていた心が、本人を前に激しく痛みを訴える。
頬に残った感触はなかなか消えてはくれなくて。
キラは胸の底から、何かがこみあげてくるような錯覚におちいった。

目頭が熱くなって、視界がゆがむ。
泣いてはいけないと、思わず後ずさりしたキラの腕を、イザークは今度はしっかりと、掴んだ。
掴んだ腕が、熱い。


「どこに行くんだ。」

「…どこって……。」

「病人が寝てるのに、放って行くのか?」


もっと言葉を選べないものかと、自分でも苛立たしく感じたが。
イザークはそのまま掴んだ手を引き寄せる。
どこにも行かせないようにそうして、また、上にある紫の瞳を見た。
戸惑いに揺れる瞳は、驚いたようにイザークを見下ろして。
立ち上がろうとしていた足は再び折られる。
それに安堵して息をつくと、紫の瞳が諦めたように細められた。


「いても、いいんですか?」

「それが仕事だろう。」

「…仕事……。」

「そうだ。昨日も看病したんだから、今日も看るべきだ。」

「…………。」

言われた事を頭の中で繰り返して、キラは一瞬、そういうものなのだろうかと首を傾ける。
婚約者を自ら否定しておいて、なのに婚約者の努めというものだけは求めるのだろうか。
そういうのは、果してありえるのだろうか。
何だか納得いかないような気がして、イザークの顔を覗き見ても、言った本人はいたって本気のようで。


「自己中心的な方ですか?」


と、思わず聞いてしまった。
別に、何でもかんでもに優しい人だとは思っていなかったけど(特に昼間の事もあって)、こういう人なのかと少し意外に思う。
エザリアから聞いたイザークという人は、『ちょっと不遜』で『ちょっと大雑把』くらいのものだったから、キラは少し我侭な程度だと思っていた。
これは『ちょっと』に入るのかどうか、キラの乏しい人付き合いの中からは判断しずらい。


「……嫌なら、行けばいいだろうが。」


小首を傾げて考え込んだキラに、イザークは少し不機嫌になって口走ってしまったが。
手だけは相変わらずキラの腕を掴んだままだった。
それが何だかおかしくて。

キラは我侭な子供を相手にしているように笑ってしまった。
婚約者としては認められなくても、人間性まで否定されたのではないと思えて。
落ち込んでしまった気持ちが、少し浮上した気になる。
婚約者でなくても、仲間としてでも一緒にいられるなら、それでもいいと思った。

「じゃあ、います。」

その言葉に安心したのか、イザークの手がすっとキラから離れた。
キラは昨晩と同じように、小さなパイプ椅子に腰掛けて、ベッドの傍らでイザークを見て。
イザークもさしてだるくもない身体をベッドに横たえたまま、キラを見ている。
その沈黙は、決してきまずいものではなく。
むしろ自然な、心地のよいものを二人に感じさせた。

「お前、出身は?」

会話がなくなって、どれくらいたっただろうか。
ふいにイザークが、キラに問いかけてきた。

「生まれはコロニーです。でも幼年学校はプラントでした。」
正直に答えると、興味がわいたようにイザークが身を起す。


「どこの幼年学校だ?」

「本国からは遠いところですよ。ラクス・クラインと一緒の学校です。」

「ラクス・クライン?」

「はい。」


別に学歴で人を判断するわけではないが。
イザークは正直、驚いた。
ラクス・クラインが通っていた学校というのは、筋金入りのお嬢様、いわば要人のための施設だ。
そこに入っていたというだけでも、一般人からすれば雲の上の存在。
イザークやディアッカもその系列に位置する学校にいた。


「お前の父母は?プラントの要人じゃないのか?」

「父と母は医学博士です。今はもういません。」

「死んだのか?」

「…月にいた時に、テロで。」

「…酷いな。それからどこにいた?」

「オーブです。父と母の親戚のところへ。地球に1年、ヘリオポリスに1年。」


何だかこれを言うのは今日で2回目だ。
ディアッカにも言った事を繰り返しているようで、キラは疲れた気分になった。
こんな事を言わなくても、イザークは知っているはずなのに。

キラはそれだけでまた、気分が滅入る。
わざわざ聞いてくるということは、エザリアが送ったという自分のデータを彼が隅々まで見ていない証拠だ。
そこまで嫌だったのかと思うと、せっかく浮上しかけていたものが、また沈んでいくようだった。
イザークはまだ、興味ありげに質問をやめようとしない。


「それで、いつからプラントへ?」

「半年位前から……もういいでしょう?」

「よくない。気になるだろうが。」

「……興味なかったんじゃないんですか…?」


それに、傷を抉られているような気になって、キラは話に区切りをつけようと立ち上がった。


「どこへ行くんだ。」

「…今夜はもう帰ります。具合もよさそうなので…。」

「まだ肝心の事を聞いていない。」


これ以上何を聞こうというのか。
訝し気に振り返ると、イザークは強い眼差しでキラを見上げている。
あまりに真剣な目をしていたから、キラは何を言われてしまうのかと緊張した。

しかし。

イザークが最後に問いかけてきたのは、拍子抜けするほど何でもない事だった。イザークにとっては、どんな質問よりも重要な事だったのだろう。
言葉を出すまでに一拍の呼吸を置いて、まるで一代決心でもするような雰囲気だったのだから。
そして、キラにとっても。
イザークの何でもない質問は、衝撃的だった。


「お前の、名前は?」


たった一言。それだけを問われて。
キラの耳は、それを脳に伝えるまでに少し時間を要し、その後キラ自身驚くくらいに妙な声が口からもれた。

「……………………はぇ?」

この時初めて。
キラは、自分が認識すらされていなかった事を悟った。



※ ※ ※
13
※ ※ ※



「あなたが、ヒビキ教授の娘ね?」

いつものように退屈な日。
両親が亡くなってから、かわることなく過ぎてゆくのだと思っていた一人ぼっちの生活に、それはやってきた。

親戚はナチュラルばかりで、まるで腫れ物にでもさわるように自分に接してくる。
コーディネイト技術の権威であった両親は、親戚からも逸脱した存在だったらしい。そんな両親が
産んだ娘など…しかも、コーディネイターなど受け入れられなかったのだろうと思う。煙たがられたり、奇異な目で見られたり。

その中で自分の居場所なんて見つかるわけもなくて、自分は何のために生まれてきたんだろうと、何度も考えた。
両親の妹夫婦であるヤマト夫妻はよくしてくれたけれど、やはり違和感は拭えなくて。ずっとずっと、自分はどこで生きていけばいいのだろうと、彷徨っていた。
ヘリオポリスで一人暮らしを始めて、何かが変わるかもしれないと思ったけど、結局自分が孤立しているのを実感するだけ。
コーディネイターとナチュラルが共存するオーブでも、やはりコーディネイターの存在はどこかしら異質だった。

今、プラントに住んでいるコーディネイターは、ほとんどが第ニ世代なのに。どうして自分だけ、世代が離れているんだろう。
それも自分に感じる違和感となって、プラントに行くのも戸惑われた。
頼る宛はあったけれど、今や有名人となってしまったラクスを尋ねていくのも、何だか気がひけて。

そうしているうちに月日だけはどんどん過ぎてゆく。
両親の残した遺産はあまり有るものだったけど、子供には大きすぎるからと、ほとんどが親戚の手に渡っていた。
コーディネイターである事を指摘される度、自分はどうしてそうされたのかと苦しくなる。

両親はどうして自分に手を加えたのか。
そこにどういう願いがあったのか。
既にいない両親に何度も問いかけて、苦しくて、淋しくて、仕方がなかった。
自分は単なる両親の実験体に過ぎなかったのだろうかと、一時期自暴自棄にもなった。

ヘリオポリスのカレッジに通っても、何だかどうしようもなく疎外感を感じる。誰も自分に危害を加えたりしていないのに、何を言うわけでもないのに。それが逆に存在を否定されているようで、辛かった。
結局1ヵ月もたたないうちにカレッジに通わなくなって、PC1台で何でも勉強した。プラントの事や、父と母が残したもの。

その中でラクスがアスラン・ザラという人と婚約をしたのだと知って、お祝のメールを出した。
覚えていてくれているか、少し不安だったけど。
結局今迄を振り返って、ラクスだけが自分の友達だったような気がして、懐かしさをこらえきれず、夢中でメールをうった。
名字が変わったことや、今ヘリオポリスに住んでいること。

………淋しい、こと。

3年ぶりのメールだというのに、何だか勝手な事ばかりを書いてしまって。
送った後に酷く後悔したのを覚えている。

でも。返ってきたのは、思いも寄らない返事。
自分を懐かしむ言葉と、お礼、お悔やみ。
そして最後には、『あなたを探しているひとがいます』と、書いてあった。
月でのテロで両親が死んでしまった後、生き残ってしまった自分をも、親戚は死んだものと処理していたらしい。

オーブの親戚をいくらあたっても、誰も口を開こうとはせず。
それが返って生きている証のような気がして、ラクスも、その人も、自分を探していたのだと。
そう、書いてあった。
『生きていてくれて嬉しい』『会いたい』と、綴られる文章はラクスらしくて、涙がでた。

そして、それから間もなく。
プラントから一人の女性がやってきたのだ。
銀色の髪に、アイスブルーの瞳。
真っ白い肌は雪のようで、どこか別の次元から来たひとのようだった。

「あなたがヒビキ教授の娘ね。コーディネイターの。」

朝一番に訪れた彼女は、開口一番そう言って。
はい、と返事を返すと優しい微笑みを浮かべた。


おとぎ話のような事、自分には関係ない事だと思っていた。
自分の世界に幸福な運命というものなど存在しなくて。
待っているのは、過酷な運命ばかり。
いつか素敵な王子様が迎えに来るだなんて、そんな夢をみられるほどいい人生を歩んで来てない。

だから、最初は信じられなかった。
おとぎの国から迎えに来て、あなたはここにいるべき人じゃないのよ、と手を引いてくれる魔法使いのような存在なんて、あるはずなんてない。
でも。
エザリア・ジュールと名乗ったその女性は笑って、迎えにきたと言った。

あなたには決められたひとがいる。
生まれたときから伴侶になるべき、ひとが。
ぜひプラントに戻って、そのひとに、
エザリアのたった一人の血筋である彼に、会って欲しいと。

そう言われた。
戸惑う自分の手を引いて、彼女は着替えをする間もなく、半ば強引にプラントへ連れていった。
そこには綺麗な服と、豪華な調度品の揃ったマンションが既に用意されていて。
キラはその時初めて、イザーク・ジュールという青年の事を知る事となった。



-----『血のバレンタイン』という悲劇が起ったのは、それから間もなくのこと。




農業プラントがナチュラルの手によって沈められた映像は、キラにも大きな衝撃を生んだ。
人工こそ少なかったものの、そこにはたくさんの命があって、それが悪意ある火に焼かれる様は、直視できるものではない。
直後から沸き起こった戦争の気運と、結成された追悼慰霊団。そして拡大されてゆく軍備。
志願兵をつのる放送がプラント全土で流され、まるで待っていたように全てが動きだした。

でもキラには。
キラにとっては、そこまで来てもどこか他人事のように思えていた。
プラントに戻ってきても、故郷という気はしない。
ラクスが追悼慰霊団代表としての地位を築き上げても、街で反ナチュラルの運動を見ても。
どこか自分には関係のない、他人事のような気がしていた。

きっと、長い間中立のオーブにいたせいかもしれない。
両親がナチュラルで、なのにナチュラルの手にかかって死んだからかもしれない。
だって、ナチュラルだとかコーディネイターだとか、そんな格差などなくても、人々は殺し合う。
裏切り合って、憎しみ合って。
それが単にナチュラルとコーディネイターという分かりやすい構図に変化しただけだと思うから。

キラはただ毎日、エザリアに与えてもらったマンションでぼうっとTVを眺めていた。
『血のバレンタイン』以降、エザリアに会っていない。
紹介されるはずだった、彼女の息子とも。
まだ彼の顔すら、声すら、どんな話し方をするのかすら知らないままに時間がすぎて。

またオーブにいたときのように放っておかれて、そのうちあちこちへ回されてしまうのではないかと、その事ばかりが心配だった。
退屈で、不安で、外に出る気にもなれなくて、ただぼうっとテレビだけを見る日々。画面の中にエザリアが映った時は、もしかして彼もいるんじゃないかと画面の隅々を探したりもした。
あの人だろうか、この人だろうかと勝手に推測しては落胆し、その繰り返し。
考えてみれば、どうして自分が…という気もしないわけではない。
それを考えると、ただの親同士の口約束だけの関係は、この情勢のおかげですっかり消えてしまうのではいかと、いてもたってもいられなかった。
待っているのが辛くて、淋しくて。
それに甘んじている自分が嫌で。

キラは単身エザリアを訪ねた。

ザフト本部にまで出向き、エザリアを探す。
受付ロビーにて呼び出してもらおうとしたけれど、話すら聞いてもらえなかった。
慌ただしく制服を纏った人々が行き交う中、キラ独り一般人の装いをして、うろうろと彷徨う。あまりに人が多く、忙しいためか、誰もそんなキラの事など目にもとめない。
ぶつかっても、叫んでも、きっと誰も気付いてくれない。
急に泣きたい気持ちになって、ロビーの中央で立ち尽くした。

戦争なんて、どうでもいい。
だから早く会わせて。
自分と一緒に生きてくれるという、その人に。
早く、早く会わせて欲しい。

うつろな視界は歪んで、膝がガクリを折れた。
人込みに酔ったのだと気付いた時には、頭が思考する事をやめていて。
倒れる………と、それだけが実感できた。
その途端、腕を掴む白い手と、わずかに冷たくて繊細な感触に、キラは身を救われた。

ぐいぐいと、人込みをわけて歩くのは、銀の髪色。
モスグリーンの上着は、TVで見たものと一緒だった。
強引なまでに腕を引く手はどこまでも進んで、あっという間にエレベーターの中へと押し込まれていた。

「どうしてここにいる!?」

扉が閉まったと同時に怒鳴られて、キラはびくりと身体を震わせた。
向かいあったエザリアは目をつりあげて、厳しい表情をしている。
それに、やはり迷惑だったのだと悟ってうつむくと、エザリアの手が頬にかかった。

「怪我でもされたら困る。まだイザークにも会わせていないというのに。」

まるで確かめるように顔を撫でて、それからキラのまわりをぐるりと回った彼女は、キラに傷ひとつないのを確かめてほっと息をついた。

「どうしてここに来た?今の情勢が分からないわけじゃないでしょう?プラントは混乱している。私も忙しい。欲しいものは全て揃えさせるように、管理人に言ってあるのだから、おとなしくしていてくれないと困るのよ。」

その言葉ひとつだけで、キラは自分が忘れられたわけではなかったのだと確認できたようで安堵した。

「ごめんなさい…あの、何だか心配で…。」
「あなたは何も心配する事はないの。そう…心配だとするなら、イザークの事だけれど。」
「………?」
「あの子、軍に志願してしまったの…他にも、議院方のご子息や国防委員長のご子息も続々と志願しているわ。私は本部の仕事を手伝って欲しいと言ったのだけど、言い出したら聞かない子だから…。」
「そこに行けば会えますか?」
「え?」

突然何を言い出すのかと、エザリアは目を丸くしてキラを見遣る。
そこには、真剣な二つの強い眼差しがあって、言葉は出てこなかった。

「軍に入れば、イザークさまにお会いできますか?」

キラは一歩前をふみだし、エザリアの言葉を今か今かと待つ。
もう、待ってなどいられなかった。
両親が死んで3年。
思い起こせばもうずっとずっと、何かを待っていたから。

「お願いです!僕も軍に入れて下さい!!」





………馬鹿みたいだ。
僕は、自分のことしか考えてなかった。




※ ※ ※
14
※ ※ ※



「……ら……キラ……っ…」

キラが目を覚ましたのは、自室のベッドの上でだった。
視界を被う闇色の髪に、キラはぱちぱちと瞬きをする。
それに安堵したように頬をゆるめる顔は、見た事があった。

「……アス…ラン……?」

掠れた声で呟くと、微笑みが返されて。
更に瞬きを繰り返した。

「よかった。うなされてたよ、キラ。」

額にひんやりとした手がかかる。
確かめるように置かれた手はすぐにのけられて、ついでに頬にかかっていた髪を払ってくれる。
どうしたのかと辺をみまわせば、そこば自分に与えられた部屋。
何故そこにいるのか、分からなくて。
キラは、まだぼんやりとする目でアスランを見つめていた。

昨日は、医務室へ行ったはず。
イザークの看病をして、少し話をした。
それから医務室を飛び出したとろこまで、覚えている。
イザークに名前を尋ねられて。
ショックだったというより、恥ずかしさが先にでた。
彼を意識していたのは自分だけで、当のイザーク自身は自分の事を何も知らないのだと思い知らされて。
勝手にはしゃいでいた自分が、とてつもなく恥ずかしかった。

イザークの声が聞こえないところへ行こうと、全速力で走って。
走って走って走って。
その先で何かにぶつかった……かもしれない。
記憶はすっかり、走っている途中で途切れていた。


「僕……何で…。」

「昨夜、俺に突撃してきたんだよ、キラ。覚えてないか?」

「おぼえてな……ごめ……。」

「いいよ。それから昏倒して。医務室はイザークが占領しているからな。部屋に運んだんだけど、気分はどう?」


本当に馬鹿だ…と、アスランの説明にまたがっくりとくる。
ここに来てから、ろくな所を人に見られてない。
それが更に恥ずかしさと、情けなさも生んで。
キラは何だか泣きたい気持ちになった。

「頭痛い…。」

泣いてるところまで見られてはたまらないと、頭から布団をかぶる。
すっかり隠れてしまったキラに、アスランは困ったように笑った。

「熱も少しあるみたいだね。まぁ、当然だよ。昨日君、どんな格好で俺に特攻してきたか分かってる?髪も濡れたままだし、あ、あんなに薄着で………」

それから少し口籠って、後はボソボソと誰にも聞こえないくらい声は小さくなる。
キラはそっと布団の中から顔を覗かせて、アスランの顔を覗き見た。


「ごめん。ずっとついててくれたの?その…ありがとう…寝てないんでしょ…。」

「寝てない…と言いたいところだけど、実は交代したところ…かな。さっきまではニコルと、その前はディアッカと交代で見てたから。」

「うわ…恥ずかしい…。」


また布団をかぶってしまったキラに笑って、アスランは側にあった椅子にこしかける。
何やら落ち着きなく視線をそわそわと彷徨わせて、思い切ったように口を開いた。

「あ、あのさ…イザークの、ことなんだけど…。」

その名前に、盛り上がった布団が大袈裟なほどに震える。
アスランは先を言おうかどうかと一瞬躊躇い、気持ちを紛らわせるように椅子に座りなおした。

「キラが…イザークの婚約者だって…本当、なのかなって……。」

途切れ途切れに、何とか最後まで言い切ると、部屋の中がし…ん、と静まり返った。
アスラン自身、昨日それを本人達を目の前に知ってしまったわけだが…どうしてもキラの口から聞いておきたかった。
てっきり、イザークに憧れて軍に入ったとか、そういう事だと思っていたのに、まさか婚約者だなんて。

その事実があまりに信じられなくて…いや、別にイザークに婚約者がいたからといって何を不思議がる事もないのだが…相手がこのキラだと思うと信じたくなくて。
あのイザークに、こんなにもおっちょこちょいで、愛らしくて、見かけを裏切る強さを兼ね備えた、婚約者がいるなんて認めたくなくて。
本人の口からキッチリ事実を再確認しておきたかったのだ。

照れているにしては、あまりに長い間。
その間に、少し期待してしまう。
もしかして、自分の婚約の時のように、強引で世相的な何かがあるのではと。
だってアスランは本当に。
あの傲慢で高飛車で暴れん坊で我侭で、どうしてあそこまで外見と中身が伴っていないのか不思議な生き物と、可憐で清く美しく、愛嬌も能力も性格もが全て可愛らしいキラが将来結婚する間柄だなんて、100歩譲ろうとも1000歩譲ろうとも信じたくなかったのだから。

「……アスランも、ラクスと婚約してるでしょ…それと同じ。僕が生まれてからずっと決められてた事だよ。」

長々と空いた間の後。布団の中からキラがボソボソと答える。
その声が、昨日までとはうってかわって沈んでいるのに、アスランは気付かなかった。


「……もしかして、イザークを追いかけて軍に入った…とか?」

「…そうだよ…。」

「………………イザークのこと、好き…なのか?」


本題に入ったところで、またキラの身体がびくりと震える。
しばらくまた沈黙が二人の間におりてきて。
それから唐突に、布団がばっとめくりあげられた。
突然姿を現したキラに、アスランはうっ…と言葉をつまらせる。
布団から勢いをつけて起き上がったキラは、それはそれは色っぽ…じゃなくて、涙をボロボロ流して泣いていたのだから。


「どうしてそんな事聞くんだよ!昨日の、アスランも聞いただろ!!僕、フラれたんだよ!!?フラれたの!拒否られたんだよ!!僕なんてどうでもいいって言われたの!!!アウト・オブ・サイトだったんだよっ!!!もう、何でそんな事聞くのさ!?ばかっ!ばかばかばかばかばかばかばかばかっっ!!!アスランのいぢわる!!!!!」


ポロポロと、涙の雫がアスランの顔に降り掛かる。
ベッドで膝立ちになって、アスランの頭をポカポカと殴りつけるキラは、まるで甘えて泣いている普通の女の子のようだった。
顔を真っ赤にして、夢中で人を傷つけるには優しすぎる拳を振り上げ、キラはアスランを叩く。
ふいをつかれて最初は驚いていたアスランも、次第に困ったようになってキラの拳を甘んじて受けた。

「ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかっっ!!」


キラは、八つ当たりじみた叫びを上げて、悲しくて悲しくて仕方のない心をアスランにぶつける。
婚約者のいるアスランならきっと、このやるせなさと受け止めてくれるんじゃないかと思って。キラはもういっそ、アスランに抱き着かんばかりの勢いで彼に飛びかかっていた。

「ばかぁっっ!!!」


最後の声は、漏れる嗚咽に消えてしまいそうな位ちいさい。
自分に被いかぶさって来た柔らかい身体に赤面して、アスランはどうするべきかと手を開いたり閉じたりした。
こんなに小さい肩で、彼女は軍人になったのだ。
婚約者である、イザークの為に。
なのにイザークはそれを拒絶して、泣かせた。
こんなにも一途な彼女の、イザークはどこが気に入らないというのか。
外見と中身のギャプが合わないように、相当マニアックな趣味をしているのだろうか。
そう思うと腹がたち、それとは逆に(キラには悪いが)嬉しくもあった。

-----欲しければ、くれてやる。

イザークの言葉が脳裏に甦る。
アスランは、自分の胸にしなだれかかって動かなくなったキラの肩を抱き、ニヤリと笑った。

ああ、もらってやろうじゃないか。
君はいつだって事を急く。
そうしていつも俺に負けるんだ。
後で後悔して、また暴れるがいい。
それがキラの失望をかい、はてまたディアッカをも道連れにする。

また眠りに落ちたキラの頭を優しく撫でながら。
アスランは裏で腹黒い考えを巡らせるのだった。
そんな彼も、外面と中身に大いなるギャップのある人間の仲間であることは、本人すら自覚していない事実。



※ ※ ※
15
※ ※ ※



「おい、ディアッカ!」

キラが寝込んだその日の午後。
トレーニングルームに鋭い声が響き渡った。
フィットネスバイクに跨がっていたニコルは、耳につけていたイヤホンを外して動きを止める。
ディアッカは、ハードベンチに横になったまま、反応を示す事なくダンベルを持ち上げていた。

「デ ィ ア ッ カ !!」

コツコツと早足な靴音が近付いて来て、ディアッカの前で止まる。
それでもディアッカはただ一点だけを見つめて、視界にちらつく銀糸を無視した。

「イザーク、もう身体の方はいいんですか?」

かわりにニコルが声をかけると、イザークの足の向きがくるりと変わる。
ズンズンと近付いて来たイザークの、あまりの元気の良さに、ニコルは思わず身を引いてしまった。

「貴様でもいい。キラというのはどこにいる?」

腰に片手をあてて、お馴染みのポーズ。
不遜さを表に出したような立ち姿は、端からみると長い足が強調されて、さぞ美しく見える事だろう。……が、ニコルにとってはただ、『2日も寝込んでた人間が偉そうに…』な態度にしか映らなかった。
そもそも、昨日キラに会わないだの、好きにしろだの、散々勝手な事を述べた人物が聞いて言い事なのか。
昨日の事情をディアッカから聞いていたニコルは、イザークを睨みつけるように一瞥して、またイヤホンをつけた。
流れるのはクラシック。最近ハマッているベートーベンの『運命』だ。
まさに今の状況にぴったりだと思いながら、目を閉じて曲に集中した。
イザークとキラが婚約者だなんて。
曲調の通りダダダダ〜〜〜〜ン!!な心境だ。

「それ聞いてどうしようっての?」

ニコルにまで無視されて、イザークが怒りを露にする前に。ディアッカが話をふった。
ハードベンチから起き上がって、備えてあったタオルで首筋の汗を拭う。
その間にイザークはまたコツコツとディアッカの方へやってきて、今度は腕を組んだ。


「会ってやる、と言ってるんだ。」

「はぁ?何言ってんの、お前。昨日まで散々会わないって言ってたじゃん。」

「気が変わった。会ってやる。案内しろ、ディアッカ。」

「やだね。」

「何?」

「やだねって言ったの。俺も気が変わった。お前とキラは絶対会わせねぇ。」


キラが医務室帰りに寝込んだと聞いた時。
ディアッカは、やはりキラを行かせるべきではなかったと、後悔した。
やはりキラは、今迄イザークに寄って来た少女たちのように、そのギャップに倒れてしまったのだと。
酷い事を言われた後で、更にショックが重なり、めげずに看病にまで行ったキラが、倒れるまでに衝撃をうけたなんて。
可哀想で、可哀想で、でもあまりに予想通りすぎて、ディアッカはキラの気持ちより何より、もうイザークの側へ寄せつけないようにしようと決心していた。

この婚約にどんな事情があるのかは、キラから聞きそびれたままだが、イザークにキラは相応しくない。イザークには、当初の想像通り、強烈な個性と迫力を醸し出す女がお似合いだ。
それを昨晩確信して。
ディアッカは酷く魘されるキラを看病しながら、キラを護ってやろうと決意した。

イザークと結婚なんかしたら、キラが不幸になる。
味噌汁が塩辛いとか、掃除がなってないとか散々詰られて、イザークが壊したものの数々を、今迄の自分のように弁償し謝り続けるキラの姿なんて、涙なしには見ていられない。
そんなものがまざまざと想像できるだけに、この婚約は即却下、だった。


「居場所を言え。自分で行く。」

「だから会わせねぇって言ってるだろ。今、アスランが一緒にいるし。例え行ってもヤツに足留めされるぜ。」


そっけなく言うと、イザークの目が意外そうに丸くなる。
ディアッカはふぅと息を吐いて、イザークに向き合った。

「言っとくけど、俺はまだ怒ってるんだからな。…キラに会って、今度は何言おうっての?」

真面目なディアッカの表情に、イザークはバツが悪いようにわずかに目を逸らして。 次にはイザークも負けないくらい真面目な顔つきで、ディアッカに向き合った。


「昨日の事を謝りに行く。」

「………ハァ?」

「そして正式に婚約破棄を要請するんだ。俺はキラとやらとは結婚できない。」

「何言ってんの。そんで更にキラを傷つけようっての。最悪。」


本当なら、イザーク自ら婚約を破棄してくれるというのなら、こんなにいい事はない。しかし、昨日の事でズタズタに凹みまくりのキラに対して、間も空けず追い討ちをかけようとはどういう事か。
ディアッカには、二重にも三重にもキラにショックを与えようというイザークの心境が、さっぱり理解できなかった。

「恨まれてもいい。できないものはできないと、言っておきたい。」


頑なイザークの言葉は、やけに落ち着き払っている。
それに、決心は固いのだと悟ったディアッカは、やれやれと溜息をついた。

「一応どこが気に食わないのかだけ、聞いておいてやるよ。あれだけの良い子をフるほどの理由がある事を期待したいもんだね。」


今後の参考迄に、ディアッカはそれだけは確認しておこうと思った。
イザークの見たキラの一面が、自分達の見たものとは違ったのかもしれない。それで、誤解しているのでは。
もしくは、イザークの女の趣味がかなりコアなものだとか。
知っておいて損な事は何一つなかった。


「……………た。」

「………へ?」


そんなディアッカの問いかけに、一拍間を置いたイザークは、いきなりしおらしくなってボソボソと何かをいう。
それは全く声にはなっていなかったが、ディアッカは聞き逃したのかと思って大きく身を乗り出した。
ニコルも妙な雰囲気を醸し出す二人に、またイヤホンを外し足を止める。
俯いて、下に下ろした手をぶるぶると震わせたイザークは、何かをふっきるかのごとく高らかに宣言した。

「他に好きな奴ができたんだ!」

丁度その時。ニコルのMDプレイヤーがカチリと鳴り、先程まで流していた曲にリピートをかけた。

ダ・ダ・ダ・ダ〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!
ダ・ダ・ダ・ダ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!

ベートーベンの『運命』。
イヤホンの中で鳴り響く音響が漏れ、静まり返ったトレーニングルームにやけに大きく響き渡った。
誰も言葉を発する事ができないまま、たっぷりと3分が経過した。
イザークはわずかに頬を赤らめて、恥ずかしいのか床に視線をおとしている。
ニコルはイヤホンから漏れる『運命』に聞き入りながら、まさに脅威を体感していた。
ディアッカについても、言うに及ばず。
突然とんでもない事を打ち明けてきたイザークに、唖然としている。

「好きな奴ってお前……。」

ようやくそれだけを発せたのは、衝撃の告白の5分後。
口を半ば開いて、自分でも間抜けだと思える声で問いかけたディアッカは、まじまじと見た事もない表情を浮かべるイザークの顔を見ていた。

「だから、俺は婚約を受け入れられない。」


眉根をよせるイザークの顔は、まさに恋に苦悩する男の顔…に見えない事もない。
ディアッカも、ニコルも、ここは笑って済ませる所なのか、サラッと聞き流す所なのか、素直に驚いてもいい所なのかと内心葛藤を繰り返した。

「………一つ言っておくが、イザーク。………同性愛は違法だぞ。」


よもや…とは思うが、一応確認してみた。
何しろ、好きな奴ができたといっても、クルーゼ隊には女ッ気がない。
キラが入ってきた事で、ようやく紅一点、というところなのに。
一体誰に恋をするというのだ。
まさかイザークは、婚約が嫌なあまり男に走ったのでは…とディアッカはとてつもなく心配になった。

ナチュラルの間ではどうだか知らないが。
少なくともプラントでは、同性愛は御法度とされている。
一時期、コーディネイターたちの間で同性愛が蔓延した事があった。
外見の整ったコーディネイターには、男と女の外見的格差の小さい者が少なくなく、そのために起った言わば美しいものを愛するという動物的心理の、自然ななりゆきではあったが。

それでは、ただでさえ人口に伸び悩むコーディネイターの繁栄にはつながらない。そこで『婚姻統制』がしかれたわけだが……
まさかイザークは、婚約そのものだけでなく、その制度自体にも喧嘩を売るつもりなのでは…と、ディアッカは深く深く、友人の今後に不安を抱いた。


「いや…確かにここは女っ気ないけどさ…イザーク。選べないからって、苦しい選択をするのはよそうぜ。ヤッちゃったんなら仕方ないけど、遊びだけにしとけよ…?」

「そうですよ、イザーク。遊びだけなら、いくらでもやってください。そんな乱れた方と同じ隊だと思うと泣きたくなりますけど、お母さまの事を考えて男に走るのだけは、ちょっと…。」

「アホか貴様等!!相手は女だっっ!!」


ニコルまで一緒になって、同情的な眼差しを向けてくるのに、イザークは足を踏みならして怒鳴った。
それにもまた、唖然として。
ディアッカとニコルは顔を見合わせた。


「……女……って、どこの?」

「どこかに女性、いましたっけ?」

「合コンでも行ったのか、イザーク?」

「わぁ、ズルイ。一人で楽しんでくるなんて。」

「忍び込んできた女でもいたのか?」

「今回の人は卒倒したりしなかったんですか?」


次々に、用意されてた台詞を読むように、平坦な言葉の攻撃が始まる。
答えも待たず、次々と投げ付けるだけ投げつけてくる言葉の数々に、イザークはまたダンッと、床にブーツの底をぶつけた。


「貴様らは俺がそんな軟弱な事をするとでも思っているのか!?相手は医者だっっ!!」

「医者……?。」


そのキーワードに、ニコルは"はた"と思い出した。


「確か昨日もそんな事言ってましたね。そのお医者様って、女性だったんですか。」

「医者ぁ?女医なんて、俺は見てねぇぜ。名前は?」


興味津々といった風に身を乗り出すディアッカに、イザークはふいっと顔を背ける。
顔色は相変わらず赤みを帯びていて。
何だかイザークじゃないみたいだった。

「……名前は知らない。髪の長い若い女だ。紫の目で…オーブ出身だと言っていた。」


ディアッカとニコルの耳が、ピクリ…と動く。
名前もわからない女医の、その見覚えのあるような特徴に。
二人の脳裏に組み合わされたパーツが、ある人物のものと重なる。

「一昨日と昨日の夜、医務室に来ていたんだ。…貴様ら、本当に見てないんだろうな?」


更に情報が加算されたところで、ニコルが堪え切れずにプッと吹き出した。

「ばっかですねぇ、イザーク。それってあなたの……もごっ……」


頭に浮かんだ、紛れもない人物像に笑って、イザークがとんでもない勘違いをしている事に気付いたニコルは、何の気なしにキラの名前を出そうとした。

……が、それはディアッカの手の平の中で揉み消され、口を塞がれてしまう。目にも止まらないほどの早さで背後に回り込んできたディアッカに、ニコルは何が起ったのかわからず、もがもがと両手両足をばたつかせてもがいた。

「見てねぇなぁ。そんな女医さんなんて。きっと臨時で夜勤してたか何かじゃねぇの。……と、もうこんな時間だ!俺達、トイレ掃除の当番だから、もう行くわ!!」

神々しいまでの笑みを浮かべ、ディアッカはフィットネスバイクからニコルを引きずり下ろす。
そうして、訝し気に顔をしかめるイザークから逃げるように、トレーニングルームを出ていてしまった。




「んん〜〜〜〜!!!!!」


ニコルは抵抗もままならず、身体を宙に浮かされて連れ去られる。そして、渡り廊下のところまで来てようやく、口と身体を解放された。


「な、何するんですかっっ!!」

「お前、余計な事言うなよな!!」


抗議を口にした途端、逆に怒鳴り返されて、ニコルはきょとんとしてしまう。ディアッカは回りをキョロキョロと見回して、イザークの姿がどこにもないのを確認した上でニコルに詰め寄った。


「余計な事って…イザークが言ってるの、キラさんの事でしょう?あんまりに馬鹿馬鹿しい勘違いをしてるんで、教えてあげようと…。」

「それが余計だって言ってんの!お前、キラをイザークにやってもいいわけ!?キラが不幸になってもいいわけ!!?」

「そ、それは…。」

「だろ!?勘違いさせときゃいいんだよ!キラをイザークに会わせないって、俺達で決めただろうが!!」

「それはそうですけど…。」


ディアッカが天を仰いで拳を握りしめる。
強い決意を秘めた瞳は、お日様の下、キラリと眩しいほどに光っていた。


「そうだ!イザークにキラをとられてたまるか!将来、『俺の妻は世界一だ』『どうだ、うらやましいだろう』なんて言われる日の事を考えてみろ!!これ以上の悪夢はないだろうが!!」

「そっ、そうですね!!!」


勝手に演説を始めるディアッカに、ニコルもようやっとついていく。
結局キラが可哀想とか何とか言いながら、イザークがあんなに可愛いお嫁さんを貰うのが許せないだけじゃないのか…と、思ってみたが。
それは自分も同じこと。
あえて口に出さずとも、通じ合うものがあった。
ニコルとディアッカはその場で固く握手を交わし合い、これまでお互いに感心を払い合わなかった事が嘘のように一致団結し、『キラを守る』という一つの目標を分かち合ったのだった。

…ただ一人、婚約者がいる為にすっかり安全圏だと思われていたダークホース、アスランの事などすっかり忘れて。

written by Break Heart/らん様

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UpData 2005/10/12
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