アスxキラ♀←シン設定のファンタジーパロ。
珍しく王子なアスラン。でもキラちゃんを前にして、やはり暴走。
ソレに引き替え漢なシン。


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King maiden
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「はあ………」

「…アスラン皇子。これで20回目となるその鬱陶しい溜息はいい加減やめてください」

深紅の瞳にこの上ない嫌悪の色を浮かべながら、彼の皇子直属の護衛で若干16歳という若さでザフト騎士団・総団長の座を射止めた天才剣士シン・アスカは自分の後ろで盛大な溜息をはき続ける主君を睨みつける。

「溜息だってつきたくなるさ。王冠は無意味に重いし、マントは長くてひきずるのも一苦労だってのに、その上退屈なんてもんじゃ済まされないようなこのパーティー…いつまで続くんだよ」

「民は皆、貴方の18歳の誕生日を心から祝福しているんです。そのうえ、明日からは貴方が皇都ディセンベルの王となる。祝賀の催しが盛大になるのも当然でしょう」

「祝い事なんてしてほしいなどと俺は言っていないし思ってもいない」

「これも立派な務めとお父上から言われていなかったのですか?」

「言われていない」

「ならばそういうものだと諦めてください」

実に鬱陶しい皇子の愚痴を、騎士団長であるとはいえただの臣下でしかないシンがこのような受け答えをするなどと、普通ならば考えられないことだ。
それに、一応は敬語というものを使ってはいるけれど、シンのアスランに対する態度はあまりにも冷たすぎる上に、どこか辛辣。

「…かわいげが無くなったな、シン。昔は俺の後ろを犬みたいにしっぽを振ってついてきてコケればワンワン泣いて縋ってきたのに…」

「10年以上も昔の話を持ち出さないでください」

そう、アスランとシンは乳兄弟なのだ。
シンの母親はアスランの乳母であり、皇子の育児の一切を取り仕切っていた大御所。
それ故、シンは生まれたその瞬間からアスランと共に過ごし、物心ついた時にはアスランを実の兄のように慕ってきた。
アスランは歴代の王の中でもトップクラスと謳われるほど聡明で賢く、そして美しい。
誰もがアスランの才を絶賛し、これならば早くに亡くなられたパトリック国王も鼻が高いだろうと今日という日をとても楽しみにしていた。
無論シンとて思いは同じ。兄のように思ってきたアスランを守るために騎士団に入り、彼の助けになれればと死にものぐるいで剣一本でここまでのし上がって来た苦労は決して軽いものではなかった。
アスランのためならば死すら厭わない。それは本心だった。

しかし。
しかし、だ。

シンにはたった一つだけ納得できないことがある。
それはシンがかねてより慕っていたもう一人の人間に大きく関係することで、アスランに対する辛辣な態度も、実はここから始まっていたりする。
シンには2つ年上の従姉がいた。丁度アスランと同じ世代であり、彼の皇子より5ヶ月早く生まれた少女は国の宝と謳われるほど人物。
生まれた年月も、奇跡と呼ばれるほど美しい瞳の色も、神に愛された娘である証ということから、その従姉はシンが8つの時に神殿に上がってしまい、以来滅多に会うことができなくなってしまった。
けれど、多くの戦いにより汚れた身を清める儀式も兼ねて、シンは従姉の元へちょくちょく会いに行っていた。

会うたびにどんどん美しくなっていく従姉。
神々しいまでのその姿に、幾度感嘆の溜息を吐いたことだろう。
それは一種の恋にも近い気持ちだった。
誰よりも大切な愛すべき従姉。
その従姉が愛する神が祀られている神殿。
その神殿を管理・守っているのがザラ王家。
だから、従姉が何の不安も無く神に仕えられるように、そしてアスランがこれから統治していく国を守っていく意味も兼ねて、騎士団長にまで上り詰めたのに。
どこまでも神が定めた運命というものは、残酷だった。

「俺はこんな馬鹿げたパーティーなんてどうでもいいんだ。早くキラに会いたいだけなのに」

「……従姉上(あねうえ) はまだ巫女という立場。儀式が終わるまでは神殿をあけるわけにはいかないんですよ皇子」

「分かっているさそのくらい。…頭では分かっていても理性が追いついてこないんだ」

「…」

従姉の名は、キラ・ヤマトという。
そのキラは、あと数時間で神殿から出てきてこのアスラン・ザラの妻となる。
それがシンを絶望的にさせた運命。

出会いは3年前、異国から取り寄せた『桜』という花が満開を迎え、春風に吹かれながらその花びらがハラハラと舞う中。
シンは南西の商業国マティウスに向かう親善大使の護衛として遠征していたのだが、その帰り道何者かの襲撃に遭い汚れた血を浴びた。
その汚れを払うためにキラを訪ねたのだが、その際に大怪我を負いそれを心配したアスランがわざわざ同行してくれたのだ。

シンも当初は皇子がわざわざ付いてこなくてもと訴えたのだが、真っ赤な血に染まった包帯を目の当たりにしたアスランは顔色を変えて最も信頼のおける当時の騎士団長を従え自らも神殿へと赴いた。

「どうしたのですかアスラン皇子?」

「シンが負傷した。それに、敵の血をこんなに浴びて居る。早く汚れを払ってやってくれ!」

ディセンベル国に限らず、プラント大陸に存在するほとんどの王国では『ハウメア』という神を信仰している。
そのハウメア教には、悪意を持った者の血を浴びると言うことはその悪の意志も浴びせられ、邪神に魂を乗っ取られてしまうという迷信にも似た教えがある。

シンはそれほどハウメア教の教えを信じている方では無かったのでさほど気にしてはいなかった。
しかし幼少期よりハウメアの教えを叩き込まれたアスランの方は、シンの前ではそれほどハウメアの力などというものを信じていないと豪語していたのだが、真っ赤な血に汚れたシンを見て幼い頃から教え込まれたハウメア教の真書の言葉が脳裏をよぎり強い不安を覚えさせてしまったのだろう。
実の弟のように可愛がってきたシンの一大事とならば尚更、早く汚れをとってやってくれと酷く慌てた様子で神官に詰め寄る姿は、普段の冷静沈着な未来の王の姿とはかけはなれたものだった。

「早く!神官長殿はおられないのか!?」

「申し訳有りません。ただいまラクス神官長様は祈りの間に入っておられます。代わりに第三巫女のキラを呼びましょう。彼女ならばアスカ様のことを誰よりもご存じですし、アスカ様の汚れを払う儀式は幾度か経験がございます故、信頼できます」

「…キラ?誰だそれは」

「………俺の従姉上(あねうえ)です」


怪訝そうな目をするアスランに、右目を包帯で巻かれたシンは苦笑いとも言うべき、曖昧な笑みを浮かべた。
自分が最も信頼するキラに対して疑心を抱くほど、皇子が心配してくれている。
それが嬉しいと思うと同時に、大好きなキラに対してそんな疑心など抱いてほしくないという哀しい気持ちが複雑に絡み合う。

「シン!」

その時だった。
使いの神官から連絡を受けた第三巫女キラが、神殿の階段を酷く慌てた様子で駆け下りてきたのは。
真っ白な巫女装束を纏い、長いローブを左手で掴み上げて子鹿のように細く大理石のように白い素足を見え隠れさせながら走り寄ってくる。
ハウメア神は大地の神。
その神を靴で踏みつけてはならないからと、ミネルバ神殿に仕える巫女は全て素足に薄手のシルクを巻き付けただけの靴、いわば本当に素足に近い状態で生活することが義務付けられている。
しかし、神殿を訪ねた信者にはそのような義務は無く、大理石で作られた敷石の上でならば靴での参拝が可能であり今アスランが踏んでいる敷石も大理石であるから、今アスランは靴を履いたままでいる。
巫女達が生活する神殿の奥深く、大理石は敷かれていない。
それ故、巫女以外の立ち入りは厳しく禁じられているのは国中の誰もが分かっている常識だ。

「…」


その常識を、アスランはシンの目の前で破ろうとしたのだ。
こちらに駆け寄ってくるキラを目を剥いて見つめ、まるで魂が神に吸い取られてしまったように呆然としながらも、その足は禁じられた緑の大地へ、強いてはキラの方へ向かっていく
いち早く事態に気付いた騎士の一人が慌ててアスランを諫めたおかげで、その場はなんとか事なきを得たのだが、アスランの目はもはやキラ以外何も見つめていないことにシンは気付いた。

「どうしたのシン?こんな…酷い怪我を…」

神に愛された証の一つであるすみれ色の瞳が哀しみに染まっていく。
汚れを知らない、純粋無垢に近いほっそりとした手がシンの傷だらけとなってしまった顔をゆっくりと撫でて、深い傷を負った額に添えられた。

「従姉上(あねうえ)…」

「ああシン……可哀想に…」

触れただけで、まるでシンの痛みを理解してしまったように涙を流すキラ。
長い睫毛が一度伏せられ、聖水のような涙が一滴、シンの頬に落ちる。冷たいその聖水が、シンの中に隠されていた苛立ちを沈め、心を清らかにしていく。
敵を撃退できたとはいえ、自らが傷を負うということはシンにとって最大の屈辱だった。
しかも、顔面を斬りつけられた挙げ句、更にはその傷をくれた相手を逃してしまったのだ。
アスランの前では吐き出さなかった憎悪。
隠し続けてきたそれは、いつか爆発しそうなほどにシンの中で膨らみ続けていた。

けれど、キラの涙がその全てを清めてくれた。
何よりもここしばらく会えなかったキラにようやっと会うことができた事、そしてそのキラが自分のことをこんなにも心配してくれているのが何よりも嬉しかった。

「お医者様は、なんと?」

シンの傷の具合を見ていたキラは、すぐ側にいたシンの付き人に話しかけた。
医者は怪我については命を奪うほどのものでは無いから大丈夫であると告げていたこと、ただ敵の返り血が異常に多いことから汚れの方が心配であると言っていたことをキラに伝える。
その様子を、アスランはただただずっと見つめていて。キラを見つめる深緑の瞳が、シンはずっと気になって。

「(皇子…?)」


こんな目をするアスランを見るのは初めてだった。
キラがほんの少し動くたびに、アスランはその動きを一瞬で逃すまいと追い続け、時折とても優しげに目が細められたり、刹那的に切なく揺らめく。
何か、嫌な予感がした。具体的に何がどう不安で何を怖ろしく感じているのか分からないけれど、直感的に今のアスランは危険なような気がした。

「分かりました。それでは、シンを浄化の間へ。他の方々は控えの間でお待ち下さい」

不安に揺れていたシンを落ち着かせるように、キラは優しくシンに微笑みかけながらそう告げて、それから一瞬アスランを見た。
すみれ色の瞳と、深緑の瞳がぶつかる。
満開の桜の花びらが風に乗ってさらさらと舞い、二人の間に降り注ぐ。
腰まで伸びきったキラの髪が風を受けてなびくのを見つめながら、シンはなんとなくこれから起こることが分かってしまったような気がした。
それは絶対に認めたくなくて、起こって欲しくなかったこと。
けれど、運命は予め決められたものであり、シンの力一つではどうすることもできなくて。
二人は出会ってしまった。
シンの汚れを払う儀式は滞り無く終了し、身も心もいつも通り清められたはずのシンであったが、その胸中はずっと暗く重いまま。

「シン。あの方は?」

キラは、ずっとアスランのことばかりを聞いてくるのだ。
いつもならばシンの身辺の心配をしてか、シンのことばかりを聞いてくるのに、今日に限ってそれは必要最低限のものでしかなく、ほとんどはアスランについての話ばかりをしている。
確かにキラはシンの遠征の話や近頃の状況の事を聞いてはくれたのだが、やはりというべきか、結局話はアスランのことへと変わってしまう。

「…パトリック・ザラ国王の第一子、アスラン・ザラ皇子だよ」

「そう…あの方が」

「従姉上(あねうえ)は見たこと無かったの?」

「うん。でも、多分見たことはあるんだろうけど、小さい頃だったから覚えてないよ」

「覚えて無くていいよ」

「どうして?だって自分が住んでいる国の皇子様なんだよ?知っていないとおかしいじゃない」

「従姉上(あねうえ)は巫女様なんだから、神殿の外の世界の事なんて気にする必要は無いよ」

「シンはラクス様と同じ事を言うんだね。ラクス様だって世の中のことをシンと同じくらいご存じでお外に出る機会も沢山あるのに、僕にはそれは必要ないっておっしゃるの」

「そりゃあ、従姉上(あねうえ)は大切な存在だから。外の汚れた空気に晒させるわけにはいかないって思うのは当然だろ?ラクス様のおっしゃることは正しいよ」

「外は汚れてなんかいないよ。だってシンが暮らしている世界だもの。閉鎖されきった神殿の方がよっぽど淀んでると思うな。それに…」


あの人が、統治する国ならば。
そう言って頬を染めたキラに、絶望した。
姉のように慕い、仄か恋心も抱いていた少女はあっというまに遠い世界の住人となってしまったのだ。
巫女として神殿に上がってしまったとき、彼女は雲の上の世界の人となってしまったのだと思ったけれど、これほどまでに距離を感じなかった。
たとえ神殿という隔離された世界に行ってしまっても、心だけはいつも共にあると彼女はいった。
そしてシンも同じ気持ちだったから、不安なんて欠片もなかったのに。
その心までもが、雲よりも遙か遠いところへ行ってしまった。
更に悔しいことに、キラが見つめているであろう相手も、キラを見ていた。
まるで、幼い頃にキラと一緒に読んだ本に書いてあった物語にある運命の赤い糸というものが二人を結びつけてしまったよう。

聖水を汲みに行ったキラの後ろ姿を、浄化の間に設置された寝具に横になりながら見つめていたシンは、いつか『その時』が来てしまうことをこの時から既に感じ取っていた。
とてもとても哀しい運命。けれど、心のどこかでは祝福していた嬉しい運命。
キラは将来的に神の妻となる。
それは、いつの日か母が語っていた哀しいキラの運命だった。
皇子の育児係りの長であった母は、上層部の情報にもそれなりのコネというものを持っている。神殿の情報についても然りであり、1000年に一人の奇跡と呼ばれるキラの噂も宮殿内で囁かれるのはさほど珍しいことではなかった。
神にこよなく愛された証を持つ娘。彼女の存在はこの国を大いに発展させることになるだろう。
それ即ち、キラが神の妻として捧げられることを意味しており、捧げるということはつまり、キラの命そのものを神の住まう国へと届けるということに繋がる。

早い話、キラは神への生け贄として近い将来殺されてしまうのだ。
神の元へ逝くということは大いなる名誉であり、神と一つになり聖女として崇められることになるのだから、喜ぶべき事。
しかし、さほどハウメア教を信じていないシンにとっては、国のご都合と偏見によりキラが殺されてしまうのだという事実だけしか見えてこなかった。
キラの意志など顧みず、キラの人生なんてまるで無視して。
元々キラが神殿に上がるのだって、神殿の都合だった。
キラの意志なんてこれっぽっちも重んじられていなかった。
親元から無理矢理引き離され、最愛の従弟と離され、外の世界と隔離されてしまったキラ。
そのキラを、今度は殺すというのか。

しかし、抗議しようにも、皇子のアスランに助けを乞おうにもこの件についてアスランは関与できない。
できるのは神官長のラクスと上級貴族が終結する円卓会議のみ。
若すぎるアスランに任されている政はまだ少なすぎ、それが国民やアスラン派の貴族や議員の反感を買っていることもまた事実。

キラを助けたいのに助けられない。そしてキラ自身、助けはいらないと言ってしまったのだ。
神様の妻となるのが己に課せられた定めであるのならば喜んで受け入れる。
恋も知らぬ少女として過ごし、それは未来永劫変わらないことを決定付けられたキラにとって、己の運命は当然であると受け取れてしまったのかも知れない。
そんなもの違うと、キラの人生はキラのものであるといくらシンが諭しても、キラは受け付けなかった。

しかし、今のキラならば。
アスランがキラの手を取ってくれるのならば、あるいは。
本当は自分の手で救いたかったキラの未来。
それをたとえ全幅の信頼を置くアスランであるとはいえ、他人の手に委ねなければならない屈辱を、シンは一生忘れないだろう。

そして、それはあまりにも早急に実行されてしまった。
18歳の誕生日。
アスランが王として即位するその時、彼には妻を迎える義務もあった。
その妻に、彼はキラを指名したのだ。
出身は男爵家というとても身分の低いキラだが、今や国中の誰もが知っている神に愛された娘。
それだけでも王妃となるには十分過ぎる肩書きである上に、巫女の管理の一切を取り仕切っている神官長ラクスは皇子の申し出を承諾したのだ。
円卓会議側としては、皇子を己の手の内におさめることができるよう、もっと扱いやすい貴族の娘を、強いては身内の娘を推薦するはずであった。

元よりラクス神官長と一部の貴族の不仲は有名であり、己の利益のみを優先させようとする貴族達のことを良しと思っていないラクスの息の掛かったキラを、誰が喜んで受け入れられようものか。
皇子にはいつまでも政治の後方にいてもらわなければならない。甘い蜜を手放すには彼らは肥えすぎていた。

しかし、アスランは彼らの言葉をばっさりと斬り捨てた。
今まで黙って彼らの所業を見てきたアスランは、上級貴族達の腐った性根を完全に見極め本腰を入れて斬り捨てる手配を始めていたばかりではなく、キラを妻に迎え入れたいと願う気持ちは何者にも負けないほどに強いものであった。

そして、いつも控えめで感情に先走る事なんて無かったはずであったあのアスランが、なんとミネルバ神殿へ忍び込み、キラに夜這いをしたらしいのだ。
結果として二人がどこまで進んだ関係となってしまったのかはシンには分からない。
事の顛末の当事者のキラの口から聞いたときには目の前が真っ白になってしまって、それこそ100万トンのハンマーか何かで殴られてしまったような衝撃はシンの精神を遙か遠くへと飛ばしてしまったのだから。




いつもならば汚れを払うためだけに神殿へと赴いていたシンだったが、その時はキラがシンに会いたいと言っている、そう使いの神官から言われて彼女の元を訪れたとき。

「あのね…皇子様に求愛されてしまったの」

どうしよう。
身に降りかかった衝撃的な事態にオロオロとしながらも、その頬はバラ色に染まり、本当に困っているというよりはかつてない事態に戸惑っているようにも取れる従姉の告白を、シンはただ黙って聞いているしかなかった。
話によると、アスランはある日突然キラの寝所に忍び込み、イロイロイロイロイロ×1000とキラと長きに渡り話をし、キラの信頼を得るや否や突如膝を折って
「貴女が好きだ。俺の妻になってほしい」
と、唐突に告白したらしいのだ。

それだけでもシンには十分すぎるほど刺激が強すぎる話であり、その後キラとアスランはどうしたのかは聞くに聞けない。
神聖な祭壇により近いキラの寝室に土足で踏み入った挙げ句、一国の皇子が求愛、強いては求婚してしまうなんて前代未聞どころの話ではない。

しかも悪いことに、皇子は神殿のすぐ側にあるキラの寝室でキラへ跪き、愛を宣言してしまっている。
身分の高い者が、強いては王族ともあろうものが神の前で異性への愛を語り求婚までしてしまったとなると、それは最も神聖な誓いとして認められ、いかなる場合であろうともその誓いは果たされなくてはならない。
神聖なハウメア神に偽りの誓いをしてはならないのだ。
宗教的事情や政治的事情に疎いシンだって、このくらいのことは知っている。
現に、前国王パトリック・ザラは息子とは違い正式な手順を踏んだ上で、アスランの母レノアと共に神殿へ入りハウメア神の前で愛の誓いを立てたのだ。
無論、多くの立会人が見守る中で、だ。

父王と全く逆であるアスランの行動は今後の王宮を大いに揺るがせるであろうこと、そしてその余波はミネルバ神殿にも及ぶであろう事も目に見えて明からだ。
立会人も無く、当事者達だけの間で交わされた秘密の睦言で済むので有れば、まだ話はどうとでも撤回させることができる。
けれど、あのアスランの目はそんな生優しいレベルのものではなかったとシンは確信していた。
伊達にアスランの幼馴染み兼弟をしてきたわけではないのだ、彼のことなど手に取るように分かる。

いつも沈着冷静で控えめで、熱に溺れるようなことは無いと思われがちなアスランではあるが、彼の魂がいかに激しい気性であるのか、どれだけの情熱を持っているのかをシンは知っている。
幼くして父を失い、いずれこのディセンベルを統治しなければならない運命にあるアスランは、その重圧に押し潰されることなくシンへこう告げているのだ。

「俺はまだ幼く若い。周りの連中も俺のことなどただのお飾り王に止まらせようとしているようだが、そんなことはさせない。父が愛し、母が愛したこの国を俺は引き継いだんだ。勝手なことはさせやしない。この国は俺が守るんだ。俺の血と誇りにかけて」

己の非力さを十分理解し、そしてその非力さを憎みながらも受け入れ、乗り越えるために強くあろうとしている。
政権を奪われ、何もできずただ見守るしか無い国の情勢に焦りを見せながらも、それだけは決して他者に気付かれぬよう耐え続けるアスランの姿は、他の誰よりも強者のように見えた。
弱い自分を認めるということは、とても勇気を要すること。
人は皆誰もが己を強いと思っているから、それ以上の進化、強さを得られずその場に止まってしまう。

けれど、アスランは違う。
己というイキモノがどの程度のものであり、本来の力がどれだけのものであるかを十分に理解し、その力の使い方を誰よりも知っている。
誰よりも賢いばかりではなく、誰よりも強く情熱的。
そんなアスランだから、シンはずっと彼に仕えてきた。
だから、そのアスランが、誰よりも神殿の掟を分かっているはずであるアスランが、キラへ夜這いをかけた挙げ句に求婚したとなると、彼の本気がいかなるものであるかなんて、もう言わずと知れたも同然。

きっと今頃、宮廷内は大騒ぎとなっている頃だろう。
今まで沈黙を守り続けてきた皇子が突如として己の要求を突きつけた挙げ句、この機を逃してなるものかと宮廷内に溜まった『膿出し』に取りかかることは明白だ。
強気なんてレベルではない、王者としての気迫と本来持ち合わせているアスランのカリスマ性は、これまで好き勝手してきた貴族達を怯ませ、跪かせるであろう。

「シン…僕、どうしたらいいの?」

魂が遠くの異国マティウスまで飛んでしまったと言っても過言ではないシンの精神を呼び戻したのは、未だ戸惑いの中にいるキラの不安そうな声だった。

「……えと…………その…」

どうしたらいいも何も、シンだってどうしたらいいのか分からない。
政治的な部分にそれとなく関与できるとはいえ、これまで無関心を貫いてきたシンは剣一筋であり戦場を駆けてきた無骨な武人。
宮廷でどんなやりとりがされているのかは具体的には分からないし、そもそも恋愛沙汰なんてそれこそ遙か遠く雲の上のものに等しい。

「シン…」

唯一頼りに出来る従弟を見上げるキラの目は、とても不安そうだった。
キラにだってアスランの行動がどれだけ国を騒がせるか分かっているし、尚かつ神殿の中にだっていろんな事情があることをシン以上に分かっている。
様々な不安要素がキラを取り巻き、小さな身体を更に小さくさせている。
シンは溜息を吐いた。自分にだってどうしたらいいのか全然分からないし、キラもどうすればいいのか分からない。

けれど、ここで何かしらのアドバイスか何かをしないと、困るのはキラだ。
その気になればシンはこれまで通りの無関係を貫くことだって出来る。何も聞かなかった、知らなかったで通し、あとは上のお偉い様達や神殿の神官達の事情とやらに任せてしまえば、ただの軍人でしかないシンへの影響は皆無に等しい。
しかしそれはキラを見捨てるということに他ならず、そんなことシンにできるはずもない。

「その……従姉上(あねうえ) は皇子の申し出には何て答えたの?」

「なにも……あまりにも突然だったから」

俯いてローブを握りしめるキラは、初めての求愛に戸惑う生娘そのものの姿であり、とても初々しい。18歳という大人とは思えないほど。

「嫌だった?それなら断れば話は早いと思うけど…」

「ううん。そんなことは…無かった。ただ……」

「ただ?」

「皇子様は悪い方ではないっていうのは分かった。とてもお話が上手で、優しくて、気品に溢れていて…素敵な人だなって思ったよ」

「…」

「好きとか愛とか、…言われても分からなくて、僕、本当にどうしたらいいのか全然分からなくて……」


分からないのなら、教えてあげる。

ノーブルな口唇がそう動いて、熱が重なったあの夜。
翻弄されるままで、ただただ流されるままであったキラにとって、あの夜は忘れられないものとなってしまった。
強いて言えば、あの日のアスランが忘れられなかった。
今も強く残るアスランの吐息、何度も耳元で囁かれた言葉がずっとつきまとって離れない。
何をされてしまっているのか分からなくて怖かった。けれど、不快感は無かったと思う。
ずっと手を握ってくれたアスラン。怖いと泣いたキラを優しく抱き締めてくれたあの時の温もりと優しさを想うたびに心がズキズキと痛み、何とも言いようのない複雑な嵐が吹き荒れるのだ。

「こんなの…分からないよ。僕は一体どうしてしまったの?」

「従姉上(あねうえ)…?」

「苦しいの。皇子様のことを考えるとココがギュって苦しくなる。寂しいっていう気持ちが強くなって…辛いよ」

「…」

「ねえシン。僕はどうしたらいい?僕はどうしてこんな気持ちになってしまっているの?」

ああそうか。
そういうことなんだ。

「…従姉上(あねうえ) 。答えは出ているよ」

同じなんだ。従姉上(あねうえ)も。アスランも。

「そんなはずない!だって僕、今も全然何も分かってないよ」

アスランの強引な押しが功を奏したのか、それとも二人の出会いから全てが始まっていたのかは分からない。

「心が答えを知ってる。今の従姉上(あねうえ) の心の動きこそが、全部物語ってる」

従姉上(あねうえ)は皇子のことが好きなんだよ。

清潔感を重視したキラの私室に、シンの声はやけに大きく響いた。
それから、アスランとキラの間でどんなやりとりがあったのか、今度こそシンは知らない。
キラからは何も聞いていない。
無論アスランからも。
それは、聞きたくないと想うが故に、ずっと避け続けてきたことだったから。

宮廷内の大きな揺れがあったことは確かで、神殿でもかなりの波紋があったことだけは母からなんとなく聞いた。
いつもキラやアスランからの使者が訪れて、時間があるときでいいから来て欲しいという申し出はとぎれることが無く、そのたびにシンは何かにつけて理由を立ててはその申し出を断り続けた。
最後にもたらされた情報は、多くの壁を乗り越えた二人がついに婚姻を結んだということだった。

「…」

「…だそうだ。どうするシン?」

二人が出会ってわずか3ヶ月。あと3ヶ月もすればアスランはディセンベルの正式な王となり、同時にキラを妻と迎える。それは丁度アスランの18歳の誕生祭と同刻。
国民にとっては喜ぶべき吉報を親友から聞かされたシンは、磨いていた愛剣デスティニーの刃腹を見つめた。

「………どうするって。俺にどうして欲しいんだよレイ」

「式場で見事花嫁をかっさらうか、あわよくば王を斬り捨てお前が王となり后を奪うか」

「本気の提案か?」

「…まさか」

「お前が言うと冗談に聞こえないからやめてくれ」

「なんだそれは」

「別に」

「………で。本当のところは?」

「……従姉上(あねうえ) が幸せならそれでいい」

鋼色に輝く愛剣に映る自分の紅い瞳は、それが本心だと語っているかどうかはシン本人にも分からないことだった。

「失礼いたします。アスカ隊長…」

ずっとアスランの側に待機していたシンのもとへ、使者の訪れを知らせる別隊の若い隊員が足場やで近づき、耳元で用件を告げてその場に膝を折る。
王の側で首部を高くあげることは禁止されている。
そのアスランの側で首部を高く上げていることが出来るシンの権力は、キラのおかげでかなり高くなる一方であった。

「…分かった」

それがまた何とも、嫌だった。
権力というものに踊らされているより、自分の剣一つで築き上げてきた地位の方がよほど魅力的である上に、それがシンの誇りであったから。

「アスラン王。キラ様がお見えになりました」

「本当か!?」

「…嘘を言ってどうするんですか」

これまで退屈で死にそうだと駄々をこねていたアスランは、まるでオモチャをプレゼントされる直前の子供のように瞳を輝かせた。
何とも分かり易い反応の仕方に、これではこの先のことが思いやられるとシンは伏せ目がちになりながら軽い溜息を吐き捨てる。

「でもまだお会いにはなれませんよ。キラ様が高貴な巫女であることに変わりはありません。そのキラ様を娶られること自体が特異なのですから」

「分かってる」

たとえ王であり夫となるアスランであろうともキラの側に神官長ラクス・クラインがいる限り、神聖なその空気を汚してはならないということから男のアスランの面会は禁じられている。
共に手を取り、ハウメア神が祀られている神殿で結婚の儀を行うのはまだまだ先のことだ。
「……でもキラはもう『巫女』ではないんだけどなぁ…」

「…アスラン!!」

皇子の不謹慎な呟きをシンは、皇子として尊敬の意を現す呼び名ではなく、幼い頃のみ使ってきた彼の名を呼び、その続きを制する。
神聖な巫女は、処女でなければならない。
また、キラを娶り妻とするのは元々はハウメア神だったのだからそれは当然の前提であるのだが、キラに夜這いをかけたその日、アスランはキラと関係を結んだらしい。
だからもう、処女ではないキラはハウメア神の妻となる資格は無く、巫女と呼ぶに相応しい身分でもなくなってしまった。

処女を奪い、巫女の座から引きずり落としたことも、もしかしたらアスランの狡猾な計略の一つだったのかもしれない。キラを得るための。
無論それは、神官長ラクスとシン、それから最後まで徹底的にこの婚姻に猛抗議をし果ては王宮から追放された貴族のぞ知ることであるが。
巫女でないキラをそこまで神聖視する必要は無いのだから、神殿の掟なんて無視していいはず、だからキラに会わせろとこの我が儘王はさっきから繰り返している。
それを宥め続けるシンの苦労は計り知れない。

「おいこらシン。俺のことは『従兄上(あにうえ) 』と呼んでいいと何回も言ったはずだぞ?」

急に上機嫌になったアスランは、キラとの婚約が正式に国民に発表され、個人的にシンを呼び出したその日にもそう告げている。

「…死んでも嫌です」

だからシンは、あの日と同じ答えを繰り返し続けている。
アスランのことは今も尊敬している。王となった彼にこれからも仕えていく決心は変わることは決して無いだろう。
けれど、キラのことはまだ。
真っ白なハトが群を成して飛んでいく。
長い階段の上にある祭壇では、神官長のラクスが新たに結ばれる一組の男女を温かい瞳で見つめていた。

「ハウメアの名において、我らの新たな王に祝福を」

高らかな声が、アスラン王の誕生を祝福する。

「そして―――――今ここに、愛し合う二人にハウメアの祝福を」

ハウメア神の前に立つ二人が結ばれたことを宣言したラクスは、側に控えていた巫女から対となる指輪を二つ受け取り、一対をアスランへ手渡した。
アスランは受け取った指輪をキラの薬指にはめて、キラも同じようにラクスから受け取ったもう一対の指輪をアスランに。

式が滞り無く進むよう、見届け人としてではなく騎士の一人として現場の守衛に回っていたシンは、その様子をぼんやりと見つめていた。
アスランの目がとても優しげに細められ、それからノーブルな口唇が愛する人の名を小さく囁いた。それを受けて、キラの目もうっとりとしたものへと変わり、同じように愛する夫の名を囁いた。
従姉上(あねうえ)が幸せならそれでいい。
紛れもない本心だ。

もしもアスランがキラを見初めなければ、キラはあのままハウメア神の妻として命を落とすところだったのだ。
アスランの誕生日と同日に。
アスランが王となるその日に、国の安泰を確固たるものとするために、キラは生け贄として捧げられる運命にあったのだから、そんな絶望的な運命と比べれば…。
俺の力では従姉上(あねうえ)の幸せはおろか、命すら救うこともできなかった。
だから、これでいい。
従姉上(あねうえ)はアスランが好き、だから幸せになれる。
アスランも従姉上(あねうえ)が好き、だから幸せにしてくれる。

俺じゃ、ダメなんだ。

壇上に上がり、花嫁の衣装を纏ったキラはこの世の者とは思えないほど美しかった。
新たな王の妻となり、王妃となるに相応しいその姿はシンをこの上なく魅了してやまない。
キラの隣にいるのが自分であったならと、何度思ったことだろう。幸せそうに微笑む彼女の手を取っているのがアスランではなく自分であったならと、幾度思い描いたことだろう。
アスランの口唇と、キラの口唇が重なる。
吐きそうなほどの切なさと憎悪に苛まれ、シンは目を伏せて顔を背けた。

「キラ」

シンの口唇が切ない嗚咽を伴わせながら最後まで言えなかった最愛の人の名を紡ぐ。
好きで好きで好きすぎて、どうしたらいいのか分からないほど愛していた血のつながりなんて限りなく薄い従姉。
好きだったから、愛していたからこそ『従姉上(あねうえ)』と呼ぶことで己の中に境界線を張り巡らせそれ以上踏み込んではならないと己自身に言い聞かせてきた。

最後の最後に、自の力で禁を破ったのは、この想いがそんな壁など張り巡らせずとも成就することのない虚しいものと化してしまったと十分過ぎるほど分かったから。
かつて神の妻と成り得るはずであり、今は王の后となった従姉を、せめて今この瞬間だけ名を呼ぶことで想いの全てを吐き出し、この気持ちごと全てハウメアの神とやらに還すためにシンは心の中で血の涙を流した。

「貴女を愛していた」

おめでとう。
そしてさようなら。

その様子を隣で見ていたレイは、今夜は仲間を集めなければならないなと、行きつけの酒場を思い浮かべた。
吐きそうならば吐くまで飲ませて、否、吐いても飲ませて失恋の鬱憤をはらさせてやろう。
それがこの国の安泰と、何よりもシンのためだ。


アスランを王としたディセンベルはその後驚くほど発展し、栄華を極めた。
かねてより深刻な問題であった下層民の貧困問題も治水対策としてアスラン自身が考案したダムの建設により解決した。
ダム建設により就職難が解決され、水が確保されたことにより農作物が毎年のように豊作となったためだ。
また、他国との親睦を深め、より多くの文化や芸術・商業術・交易もアスランは積極的に行い、ますます国を豊にさせた。

神の妻を寝取った男が統治する国など滅びるに決まっている。
己の懐を肥やし、重税で民を苦しめ続けた腐った重鎮が放った呪言は誰の耳にも届くことはなかった。
何よりも、アスラン王が統治するディセンベルを守る騎士団長の大いなる戦いぶりと圧倒的な力が、他国を圧倒していることも忘れてはならない事実。
王族にも等しいその騎士団長は、時折私事で宮廷に呼び出されることもしばしらるらしいのだが、彼が王宮に足を踏み入れることは二度となかった。

それは、王の第一子が誕生しても。第二子が誕生しても。
キラが手紙を出しても、シンが彼らの前に姿を現すことは二度と、無かった。
written by 花林堂:by秋奈さん

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Up Data 2006/03/20
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