「まったく・・・・何処へ行った・・?」
半ば呆れ気味の台詞は、今ここにはいない者へと告げられたもの。
いつもこうだ・・・・。
まるで野良猫のようにフラリとどこかへ行ったかと思えば、小鳥のようにさえずりながら自分のもとへと羽ばたいてくる。
しかしそれは日が高い時間帯ならさして気にはしない。
今は夜なのだ。
アイツとてもう自分で責任を負える年・・・・のはずなのに、やたらとおっちょこちょいだわ、どこか抜けてるだわで、こっちは心配のし通しだ。
時折わざとか?とも疑いたくなるが、ぽややんとしたアイツを知っているが故にそれが天然の為せる技と諦めている。
部屋の中を探してみても居ないということは外だ。
そう思い、帰ってきて早々再び玄関に逆戻り。
だが、その時通信機器の呼び出し音が鳴った。
「?」
こんな時間帯にかけてくる輩が居るのは珍しい。
それに疑問を覚えつつイザークは通信をボタン一つで開く。
音声のみのそれから聞こえてきたのは、現在の探し人だった。
『あ、イザーク?お帰りなさい』
常日頃から聞いている流暢な声が届いた。
だが聞いているのは肉声だ。
こんな通信機を通した音声ではない。
イザークは少なからずそれに眉尻を吊り上げた。
「お前・・・・何処にいる」
幾分かトーンの下がった声に野良猫はクスクスと笑った。
『そんなに怒らないでよ。今ね、星を見てるんだ・・・・とっても綺麗だよ』
通信機片手に広大な星空を眺めているのがその声の抑揚だけでわかってしまう。
俺の帰宅より星空か?
と天邪鬼な考えが浮かんでしまう。
が、次の一言はそれをしっかりどこかに飛ばしてくれて。
『イザークも来て。一緒に見ようよ』
「俺が断る、とは思わないのか?」
そう返せば・・・・。
またアイツは笑って。
『イザークは優しいもの。来てくれるって思ってる』
当然のように返された言葉に、イザークはフ・・と小さく笑みを称える。
「何処にいる?」
『ん・・ありがと。今はね、お昼寝するのに一番イイところに居るよ』
正確な場所を伝えられたわけではない。
しかしイザークにはそれが何処であるのかすぐに判るのだ。
「すぐに行く」
『待ってるね』
それで通信は終わる。
すぐさま踵を返し、キラの言うお昼寝場所へと足早に急いだ。
キラが一番好きなお昼寝の場所。
それはこの近くにある高台だ。
公園があるわけでもなく、ただ少し山になった小さなスペースだ。
休みの日には時折散策する人も見かけるが、あまり人の出入りは激しくなく、静かな場所だ。
以前に昼寝に付き合ったときに自分はここがお気に入りなのだと教えてくれた。
そこへ足を向けると、アイツは根元から少し斜めに生えた大木に背を預けて星空を見上げていた。
「来たぞ」
そう一声かけると星空のせいか、暗くてもその表情が見えた。
短い茶色の髪が本来の色ではなく少し青みがかったようになっていた。
「早かったね」
そう微笑んで言われた台詞。
「お前が夜に出歩くなんて珍しいな、キラ」
「うん。今日は七夕だから天の川見たくて」
「あぁ・・・・・・そう言えば今日だったか」
「相変わらずイベントには興味ないよね、イザークは。クスクス・・」
そうして再びキラの視線は自分から星々が輝く夜空へと向けられる。
それが何だか癪に障った。
今、キラは自分ではなく星を・・天の川を見ている。
何かを懐かしむように。
キラの思考を理解した時、この星空すらキラの視界の中に入れたくないと思った。
それをそのまま実行に移す。
とさり・・・・とキラを草叢の上に引き倒して、その視界を遮るように跨る。
「イザーク・・・・?」
キラは何故自分がこうなったのか理由すら解らないと、首を傾げている。
「・・・・お前の目に映るのは、俺だけでいい」
なんて心の狭さ。
自分ですら呆れてしまうほどに。
押し倒したキラの顔の両脇に手を置いて、今は色の解らぬ瞳を見詰める。
だが急にキラがクスクスと笑い出した。
「何が・・可笑しい・・・・」
「だって、おかしいよ。彦星もそんな想いだったのかもって思ったら」
「・・・・・・・・・・」
「彦星は織姫に夢中すぎて仕事もほっとらかしだったんだ。目に入れても痛くないくらいにね。・・・・ねぇ、イザーク」
キラの言いたいことの意図が掴めずにイザークは問い返す。
「何だ?」
「今、僕の目には何が映ってると思う?」
「は?」
「クス・・・・イザークの綺麗な髪がね、天の川に揺れてるの。少しの月明かりでシルバーグレーになってる。すごく綺麗なんだよ?きっと織姫も彦星に会いながら、そう思ったんだよ」
「・・・・・・キラ・・・・」
「ん?」
小さな呟きにも返される相槌。
それに嬉しさが広がる。
無意識の内に自分の中の靄を取り払う目の前の姫は自分だけのものなのだ。
ずっと・・・・。
「キラ・・・・」
再び名を呼んで、返事が返される前にその唇を塞ぐ。
外気に晒されて少し乾燥していた唇を濡らし、湿りを与えるとそれはすぐに滑らかさを取り戻して。
少しくすぐったいぐらいの軽いキスに留めて顔を離すと、月明かりに浮かびあがったキラの表情がほのかに赤いことが解った。
「ならばお前は織姫だな。仕事もほっぽらかしてお前だけに執着を見せる彦星の愛する者だ」
「 ・・ん〜、一つ訂正」
少し考え込んだキラが発した言葉は間の抜けた声で。
でもその子供っぽい仕草がやたらと似合っているとも思えて仕方が無くて。
「仕事を放っておいて天帝さんに怒られて二人は離ればなれにされちゃうでしょ?」
「そうだったか?」
「そうなの。でもイザークはしっかりお仕事してるから、僕たちは離れ離れにならないの。だからハッピーエンドの七夕伝説の出来上がり♪」
まるで狙っていたかのようにちょんと人差し指を自分の唇に当てて、キラは笑った。
「・・そうだな。ならばお前もしっかりやることはやれよ?まだ後一つ提出する書類が残っていただろう?」
そう皮肉って返せば。
「もうっ・・なんでそんなことチェックしてるの?」
「後で俺のところにツケが回るからに決まっているだろう?もう黙れ」
まだ文句の言い足りないであろうキラが口を開いた瞬間を狙って、口を塞ぐ。
そのまま舌を差し込んで、深いキスへと持っていく。
もちろんキラの舌を舐め上げると同時に撓った背の下に腕を差し込んで腕の中に閉じ込めてしまうのだけれど。
「・・・・ふ・・ンっ・・」
鼻から抜けるような掠れた声が上がり、温かい息が頬にかかる。
少し空気を取り入れさせてやるために僅かに隙間を作ってやると、キラは瞬時にそこから酸素を吸い込む。そして再び舌を差し込む。
それの繰り返しを何度も行うことで、キラの身体からだんだんと力が抜けて応えてくるようになるのだ。
堪能する甘やかな口内。
歯列をなぞるともっと顕著に反応してきて。
ひくりと僅かに波打った身体を閉じ篭めたままに、唇を解放すると互いに交じり合った唾液が銀糸を引いて。
それが余計にキラの艶を増すように見えた。
「反応が早いな・・・・」
その瞬間に嫌でもカッと染まる頬。
その初々しさに苦笑を洩らさずを得ない。
何度も身体を繋げていると言うのに。
まぁそこもまた可愛いと思ってしまう自分が居るくらいだから、既に末期なのだが。
「・・・・・・・・バカ・・ここじゃヤだからね?」
自分だけを求める星空の姫はそう言った。
だがぴったりとくっついている自分が解らぬとでも思っているのだろうか?
「それは聞けない注文だ」
一言でそれを往なして脇腹に手を這わせつつ首筋に顔を埋めた。
「〜〜〜〜っ!もうっ・・・・しらないっ!」
希薄な伝説に自分達の関係をなぞらえる気は更々無いが、一年に一度くらいならば、と思ったりもした。
自分達の関係が、そんな伝説に収まる訳が無いのだから。
たまには、な・・・・・・。
天に彦星と織姫がいるのなら、地にも居てもいいだろう?
The End.
written by メサージュの鳥